女子美の中高大連携授業
翼の翼
先月上梓された中学受験をテーマとする朝比奈あすかさんの小説「翼の翼」についてのスレッドです。
私も小6受験生の親ですが、身につまされることが多すぎて読んでいて苦しくなるほどでした。「母親の狂気」という言葉を広めたのはマンガ「二月の勝者」ですが、この小説こそ子供に期待するあまり暴走する母親そして父親の狂気を圧倒的なリアルさで描写した壮絶なお話だと思いました。
共感できるところや、ここはちょっと違うと思うところなど感想を語りませんか。
>テスト前に、とりあえず点数が稼げる理社を優先してしまう円佳の気持ちも痛いほどわかりました。
具体的過ぎますが、これめっちゃ分かる感覚。絶対、サピのマンスリーテスト。細部のリアリティの積み重ねがすごい。
>あなたも「塾の関係者と思しき方がやってきて」と書かれているので、そこの認識は同じかと思ったのですが、違うのでしょうか。
この冒頭の「あなた」とは私ではないですよ。
びっくりしました。
>後にレスをつけている方に同意で、地頭+環境+努力だと思います。
私も全く同意します。
ただ「努力」については、その質は「地頭」の差によってかなり違ってくると私自身は思っています。
「こんなに長く勉強しているのに」「こんなに努力しているのに」と嘆くのは習得の質が違うからです。
>結局地頭と主張するのは、中学受験失敗組か、先立つものが無くて環境を与えられなかった人ということになりますが良いですよね?
こういう仰り方をするのは・・
先立つものがあれば失敗しないというわけでもないのが中学受験でありましょう。
リアルですよさんの書き込み見てなんとなく理解。
いましたね、そういう子。
親の期待に応えようとなんでもかんでも全力で頑張ってた良い子。どうしてるんだろう?
親もやたらに人のことを気にして探りを入れてきたり、見下してきたり、嫌な感じになっていった。幼稚園の時は綺麗で若くて素敵なママだったのに。
うちはボケーっとして5年まで宿題もやらず親も放置してましたのでアルファで始まりましたが速攻落ちてサピど真ん中をふーらふら。
幼稚園から優等生だったとある子に小学校で
「しつこくコースを聞かれてなんか変な悪意感じた!!悪い人だ!」
と怒ってました(笑)が、特にそれでやる気をだすわけでもなく。ゆるーい感じで塾も学校も。
そんななか我が子は、6年から怒涛のように上がっていって御三家入りましたが
その子は抑えで有名な某男子校へ。
たぶん算数と国語の出来だったんじゃないかなと推察。理社は怒涛の追い上げがあるので。
その子の親が書いたような小説なんだろうなぁ。
それは失礼しました。
>「こんなに長く勉強しているのに」「こんなに努力しているのに」と嘆くのは習得の質が違うからです。
私が定義する努力とはそういう事じゃないんです。
サッカー下手っぴなのに、一生懸命努力する子がいる。良い指導者に出会い(環境)、上手くなりたいと必死に練習すれば(努力)、同じ素質でも、普通の指導者の下で努力しない子よりサッカー上手くなるって話。
もちろん、素質があって良い指導者の下で努力する子には叶わないけど、そういう話でもないです。
>こういう仰り方をするのは・・
「塾の関係者と思しき」と書かれたので同じ目線で書きました。ご了承ください。
後から追い上げて御三家合格すごいですね。本は読んでないらということですが、読んでいただきたいなあ。なぜならあなたのお子さんのような子も登場していましたから。ずっとトランポリンをしていたけど、四年生の途中からサピに入り、その後で主人公の子のを追い抜いていくお友達。その子のママは性格良さそうでしたよ。性格良い賢いママの子は賢い。
親を喜ばせたいというタイプでも、難関校を狙える程の成績では無かったという意味では、この小説と
>うちの子は違う
と思いますが
>我が家はもっと健全だった
とは思えないです。
私自身もかなり中学受験にのめり込んで、本人の熱望校の合格のために、生活全てをつぎ込んで親塾&サポートし、父親のお小遣いの何倍ものお金を塾(個別含む)参考書にかけ、親は近くの持ち偏差値に余裕がある学校(第2希望)で十分と思っているのに、偏差値の足りていない学校を自分で熱望していながら、勉強が進まない子どもにしょっちゅう切れたりと、結構な修羅場でしたから。
実際、2月の勝者のCMでの「父親の経済力と母親の狂気」のセリフを聞いていたウチの子が、「あ〜、分かる、ほんとそう!」と言い、夫がそれに大きく頷いていたくらいです(笑)
生活と経済面以外、完全に子ども任せでない限り、中学受験ではどこのご家庭でも、大なり小なり親の狂気はあるし、仰るように、何かのきっかけや歯車の噛み合わせで、小説の様な状況になり得る(要素がある)、という意味で、リアルだと思います。
結局、中学受験に親の狂気は付き物だけれど、狂気の方向性やその程度はそれぞれで、子供の本質的な部分を追い詰めることになっていないかどうかが、その後にどう影響するかの分かれ目なのかなと、狂気から正気に戻った今、思います。




































