女子美の中高大連携授業
茂木健一郎「中学受験を擁護する人は思考が狭い」無意味な学力競争文化が子供を不幸にしている
<茂木健一郎「中学受験を擁護する人は思考が狭い」無意味な学力競争文化が子供を不幸にしている…偽物の「教育者」が跋扈する日本>の記事を抜粋しました。
中学受験で出される問題は、誰もが知っているような名門中学の、「考え抜かれた良問」とされているものでも、所詮は「小賢しい」問題に過ぎない。本来、知性はオープンエンドで限界などないのに、敢えてちっぽけな範囲にしぼって、その中で足踏みをさせるような問題なのだ。
中学受験で有名中学に合格したからと言って、学問全体の無限の広がりから見れば意味がない程度の能力である。国際的に「盆栽」のすぐれた文化で知られている日本だが、中学入試を通して人間の知性まで「盆栽」を大量生産してどうするつもりなのだろうか?
私も茂木氏の見解は正しいと思います。
ただし、「ではどうやって選抜するのか?」という疑問があります。
皆さんならば、どう考えるか?お聞かせください。
茂木さんから見た印象ってだけでしょう。
そりゃ偏差値を上げること、東大に入ることだけを目的に勉強する事は皆疑問を持つでしょう。でも実際個々をよく見るとその過程の中でも興味関心を見つけてその道に没頭する子や、茂木さんの印象通りに盆栽に仕上がる子、各々ですよ。
盆栽にすらなれない人間がこの世の中に五万と存在するんだよな…
学校だけで仕上がるわけでもないですしね。
中学受験が悪いとは決して思わないが、小学3年生の終わりから3年間続く塾通いは明らかにクレージー。塾業界とそれと結託した一部の私立校がこんなおかしな状態にしたのだろう。中学受験の塾通いは6年生の1年間だけに限る、5年生以下は禁止する、なんてことができればいいとも思うが、そうなると、5年生以下の隠れ塾、隠れ家庭教師が繁盛するだけだろう。御三家クラスの有名校が定員の1割を学力テストではなく、準備しようのない知能テスト的な問題で選抜したら面白いかもしれない、問題はすぐに回収し非公表とする。これくらいやらないと中学受験のクレージーは治らないよ。
ペーパーテストでの選抜を最重要視するのは、私も反対だし、それが小粒な人間を作ってしまうという主張は、共感できる。ただより良い選抜方法が考えつかない中で、ペーパーテストでの入試及びそれに向けての受験勉強は必要悪だと思う。
どの年齢でその必要悪に晒されるのが良いかは、人それぞれだろうが中学受験で一貫校に入れば、6年後まで入試はないから、自分の好きなことを追求する時間はたっぷりある。それが小学生時代か、中学生時代かの違いにしか感じない。優秀な同級生に囲まれて刺激を受けながら、そういうものを見つけてもらいたくて中学受験という必要悪をさせてる
問題なのは、過度にペーパーテストに重きを置いて、小3からサピックス、中学受験で成功しながら中1から鉄緑会で、ずっと受験勉強漬け、ペーパーテストの成績こそ最重要みたいな価値観になってしまった場合でしょう。
そういう環境に日本の最優秀層を閉じ込めるのは、優秀な人たちを小粒にしてしまうし、ひいては日本を衰退させてる原因の一つだと思ってる。
まあ、美容整形外科医にでもなり、お金持ちになって幸せな人生を送ってもらいたいという親心は理解できるけど
普通の公立中学校にアッパークラスを作ればこれほど
中学受験は加熱しないのだと思います。
外国では当たり前の光景です。
でも日本は普通の公立中学校にアッパークラスを作ると
差別が生まれる、いじめが生まれるなど言い始めますから
私立が受験で入学できる学校を作った。
そうすると今度は小学校から塾に通いクレージーだからやめるべきと
騒ぎ出す。
日本は尖っている所を叩く傾向にあるのかなと思います。
下に尖っている集団に対しては補習は無料寺子屋などが用意されても
誰も批判もしません、反対に称賛されます。
上に尖っている集団に対しては有償でも何かをしようとすると
不公平だ、格差だと騒ぐ。では上に尖っている人材は飼い殺しにするのか?
(そういった人材に頑張って経済を良くして他外国と対峙して世界で
生き残っていかなくてはいけないのでは?)
普通の公立にアッパークラスを作ると中学受験は今ほど加熱しなく、そして
誰でも学力が伸びてくればそのに入れる制度で良いではありませんか。
それを不公平という人はそのレベルです。受け流すだけの政治家がいないのが
残念なだけです。一番の問題はここにあると思います。
やりたい人は勉強をすれば良い。やりたくない人はしなければ良い。
でも通う学校は同じ。クラスが違うだけ。制服も給食も校舎も一緒。
大切な精神は「相手を引きずり落とす」のではなく「自分を磨く事に
努力している人の邪魔をしない」精神です。
また教員も。教員自身が子供にレッテルは貼っている所も問題かと。小学校1年生の問題児も3年生になって目覚ましく成長しているケースもあります。小さな子供の1ヶ月、2ヶ月の内の成長に敏感に偏見なくクラス全体を見る目が養われている事も学力別クラスを運営する上では大切な要素になりますね。
親主導中受後、本人ガチ組です。
入塾後、仲のよい友達と競い合うように中受ライフを謳歌した子ども達でした。
とても敵わない友人や抜きつ抜かれつのライバル等、子どもなりに頑張ったようです。
そこには、親の見栄や行きすぎた強制はありませんでした。
志望校を決める際、もう少し上の学校も受ければいいのに、と思い伝えたところ、
「名こそ惜しけれ、どこの中学でもやるのは自分だから」
と言われ、面食らいました。
学校のシステムや国の教育制度がどのようなものであっても、その発言がすっと出る子なら、
もう親の手を離れつつあるのかな、
と正直寂しかったです。
親の手綱さばきは難しいですね。
公立中学は学区でアッパーとその他に分かれてます。
東京はデカすぎてよくわからないかもしれませんが、そこそこコンパクトな地方都市ではめちゃくちゃ顕著です。1/3くらい県立トップに進学する学区もあれば、大学進学者が少数の学区もあります。大抵は前者がモデル校・実験校になっていて、中身も違います。
たしかに、普通の公立中学校でレベルの高い教育が受けられれば、中学受験は過熱しないでしょうね。
ですが、アッパークラスを作るという方法ではうまくいかない気がします。
アッパークラスを作らないのは、差別だ不公平だと言う人がいるからではないのでは?
差別だ不公平だと言う人はそんなにいないのではないかな?
アッパークラスを作ると、一般クラスの子がアッパークラスの子に見下されていると感じたり僻んだりして、アッパークラスと一般クラスは分断されそうですよね。
学年全体の一体感が無くなったり、アッパークラスの子の交友範囲が狭くなったり、アッパークラスの子が部活で疎外感を感じたり、といったデメリットがありそうです。
そういうデメリットがありそうだから、アッパークラスを作ろうという話にならないのでは。
上位層はそういうデメリットがありそうな公立中のアッパークラスでは満足せず国私立中を志望するだろうから、上位層(上半分ぐらい?)の過度な競争は大して解消されないのでは。
ではどうすればいいのかというと良い案があるわけではないのですけどね。




































