在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
茂木健一郎「中学受験を擁護する人は思考が狭い」無意味な学力競争文化が子供を不幸にしている
<茂木健一郎「中学受験を擁護する人は思考が狭い」無意味な学力競争文化が子供を不幸にしている…偽物の「教育者」が跋扈する日本>の記事を抜粋しました。
中学受験で出される問題は、誰もが知っているような名門中学の、「考え抜かれた良問」とされているものでも、所詮は「小賢しい」問題に過ぎない。本来、知性はオープンエンドで限界などないのに、敢えてちっぽけな範囲にしぼって、その中で足踏みをさせるような問題なのだ。
中学受験で有名中学に合格したからと言って、学問全体の無限の広がりから見れば意味がない程度の能力である。国際的に「盆栽」のすぐれた文化で知られている日本だが、中学入試を通して人間の知性まで「盆栽」を大量生産してどうするつもりなのだろうか?
私も茂木氏の見解は正しいと思います。
ただし、「ではどうやって選抜するのか?」という疑問があります。
皆さんならば、どう考えるか?お聞かせください。
本当に中学受験をする子たちが3年間、大学受験並みに勉強するわけでもないですし、心配無用では。
もちろん、やらせたくない家庭はやらなければ良いし、最難関目指してハードモードで受験してもよし、ゆる受験で中堅目指すのもよしだと思います。
住んでる地域によっても違うし、どれが正解かなんてわからんですよね。
私は小学校高学年にあたる年になったら、勉強でなくても何かに必死で取り組むと言う経験はとても大切だと思ってます。
中学受験はスポーツや習い事に比べると中学受験の方がお手軽に感じたし(我が家の場合)、塾や学び方も選択肢が多いので労力や時間に対してのパフォーマンスは良いと思います。
あとは、地元の公立にアッパークラスがないから嫌だとはうちは考えませんでした。それだけの問題なら塾で補完できますしね。
たとえば1人でも問題児がいた場合、あるいは問題教師がいた場合、公立では対処のしようがないと言うことが一番嫌でしたね。
いやいや、本スレは茂木氏発言のスレッドですよ。
>私も茂木氏の見解は正しいと思います。
というスレ主に対して、そもそも論として、茂木発言はおかしいというのが私の主張です。
だから、氏が中受を殊更に槍玉にあげていることへの違和感を述べ、
小受や高受にも問題ありと書きました。
小受や高受に言及するのはスレ違いではありません。
スレテーマの茂木氏の記事は、中学受験の出題は、所詮は「小賢しい」問題に過ぎず、知性はオープンエンドで限界などないのに、敢えてちっぽけな範囲にしぼって、その中で足踏みをさせている、中学入試を通して人間の知性まで「盆栽」を大量生産してどうする、無意味な学力競争といった部分にフォーカスしたものであり、
あなた様が指摘する、受験勉強に膨大な時間を費やされることや日本の子供たちの小学生時代の過ごし方には触れていないので、あなた様こそ趣旨と違います。
ご自身で、茂木氏とは違う視点で、中学受験の問題点というスレッドを新たに建てることをお薦めいたします。
中受が人間の知性を「盆栽」にするなら高受だって同じこと。
無意味な学力競争文化が子供を不幸にしているのは中受だけでなく、日本の受験システムの話。
私は中受をしなかったので昔の中受がどうだったかよく知らないのですが、小6の毎日の勉強量は1~2時間程度だったでしょうか、それとも2~3時間以上?
いずれにしても、昔は小6の一年間の受験勉強で地頭の良い子供はたとえば開成などのレベルの高い学校に入れたわけですよね。
当時であればそのぐらいの勉強量で開成に入れたであろう地頭を持つ子供が、現在では3年間も塾に通い、小5,6では膨大な時間を受験勉強に捧げないと開成レベルの学校には入れないわけですよね。
それどころか、当時と同程度の勉強量では、上の下ぐらいのレベルの学校にしか入れないかも。
今は、地頭に合うレベルの学校に入るには、昔よりも膨大な量の勉強をこなす必要がある。
しかもその勉強する内容が大して価値のあるものではない。
昔の方が、適度な勉強量で地頭に合うレベルの学校に入れて良かったのではと感じます。
適度な勉強量で地頭に合わない低いレベルの学校に入るか、過度な勉強量で地頭に合う高いレベルの学校に入るか、選択しなければならない。
低いレベルの学校で6年間を過ごすのは時間がもったいないので、過度な勉強をするのが3年間だけなら後者を選んだ方がいい、と考えて後者を選ぶ人が多そうですね。
過度な勉強量だと思っていない人もいるみたいだし。
そうなんですよね。
4年生なら通塾は週2、5年で週3。
ここまでは、通塾日以外は普通に小学生らしく5時まで遊べる。
6年生も前半はまだ遊べる。
夏休みだって、3、4日程度の家族旅行くらい行けます。
後半は遊んでいる時間はありませんでしたが。
殊更に中受の過酷さや勉強の長さを強調する方は、よほど我が子に勉強を強制したか、お勉強が苦手なお子さんだったのかと勘ぐってしまいます。
すでに書いたけど結局社会に出てからの事を考えると
社会を凝縮している学校、地域を凝縮している学校で
生きていける人が社会に出てからもその社会で生きる人を
相手に頑張れるんだと思います。
どの会社にもどの地域にも問題児とされる人のいない場所は
ありません。そしてその中で生きていくことになります。
マネージメントをする立場になればそういった人を含めて
部署をまとめ、成果を上げ全体を引っ張っていかなくては
いけなくなります。
最近は課長に昇進しますといわれても辞退したり、
基幹社員に昇格ですといわれても辞退したり。
ま、色々ですね。
あまり純粋培養をしすぎると社会に出てからのショックが大きくなるかもしれませんね。(最近の大手企業は新人研修こそあれ、あとは在宅などもあるので
本人次第な所が大きいです。積極的に先輩に話かけ、分らないことを聞ける
性格や同期と密に情報をやり取りできる性格なら良いですが
そうじゃないと「今まで何やってたの?」といきなり愛想をつかされたり。
また先輩がガッチリ教育する企業だと嫌な先輩とでも合わせて教えてもらう事を
教えてもらいながら上手に距離間を調整する能力も必要になります。
これもどの部署に配属になるのか、誰が先輩になるのか次第です。)
郷を選ぶ事が必要な時と郷にいれば郷にしたがう事ができる能力もまた
必要な時があります。1つの郷でしか生きれないのは一番弱いかもしれませんね。
ま、色々です。
そうですね。中学受験が大変なのは6年後半で、そこまでは普通に楽しみながら学習してる子が多いと思います。
我が家は親子ともに中学受験しました。私の頃も受験戦争と言われていて4年から進学塾に行きました。現在の方が低学年から行く傾向はありますが、昔の方がスパルタ度とか理不尽さでは酷かったですね。我が子は5年からの通塾で難関校に行けました。地頭は同級生たちの中で並程度の様ですから、低学年からの通塾は必須ではないと感じています。しかし学生が勉強をするのは良いことですから、低学年からの通塾も全く否定しません。その子次第ではないかと思います。




































