女子美の中高大連携授業
2024 東大推薦合格
2024年 東大推薦合格者
3名:開成、渋渋、灘
2名:秋田、福島、渋幕、筑附、桜修館、日比谷、藤島、長田、西大和、附設
1名(首都圏のみ);市立浦和、品女、東洋英和、武蔵、神奈川大附、洗足、大宮、晃華、相模原、青山東洋英和、富士見、穎明館、芝浦工大柏、大泉、白鴎、広尾、聖光、東大附、都立武蔵、海城、横浜サイフロ、桐光、小石川、安田、巣鴨
東大選抜は、一般が6つの類で共通テストと二次試験2:8の割合で専攻するのに対して、推薦入試は学部ごとに基準が違い、学部で選抜するところが大きく違います。
10いくつの学部で選抜なので、一つの高校から本来なら各学部一人ずつ試験受けても関係ないとは思いますが。
あとは、共通テスト何点以上、高校成績が全体の上位5%とか10%などの条件もあるし、論述求める、面接で突っ込まれることもありさまざまです。
おそらく、各学部では院試の長い経験もあるし、自信もって選抜し、顔の見える選抜として評価していると思います。
なかなか定数に達しないのは、それだけ厳しいのかなと思います。
能力評価に徹することが、本来あるべき姿だと思います。
学校枠とか学力とは違う要素で選考するからおかしくなるのです。「教育」に、政治家要素を追加したのは世紀の愚策。
そんなことで「地方創設」に寄与するわけもないし、多様性も確保出来るわけない。多様性って地方の学校に合格させるチャンスを増やすことではなく、様々な分野において活躍出来る優秀な人材を集めることです。
総理も変わり、当時の派閥も幅を利かせられなくなったから、この際学校枠は廃止したらいいと思う。
大学の研究力を高めるのが目的ですよね。
研究には学力や能力だけでなく意欲も必要です。
意欲は一般入試のペーパーテストでは測れません。
それで意欲も判断できる選考方式を導入したのではないでしょうか。
学力がイマイチでも研究意欲がすごく高い人は研究成果を出せる可能性があるので、面接で意欲を確認するのは意味があると思います。
学校枠を設けたのも、政治的要素ではなく、研究力を高めるためだと思います。
研究はチームで協力して行うことが多いので、性別、出身、経歴が似通った学生ばかりとるより、様々な学生をとった方がいいですよ。
様々なタイプの研究者がいた方がチームワークの効果が高まります。
東大の入試企画部門の教授がこう言っています。
――偏りが生まれるのは、ある面では仕方がないことのようにも思えますが、なぜ多様化が重要なのでしょうか。
東京大学がこれまで担ってきた学術的役割は強調されるべきものですが、そのうえで申し上げれば、優れた学問や研究は、多様なメンバーが関わってこそ実現するという側面があります。さまざまなものの見方や価値観、知識を持ち寄ってこそ、知は発展します。
そして、この「多様性が大事」というのは、何も教員だけがそうであればいいという話ではありません。学生たちも、そこに多様性があれば、お互い刺激し合えることになるわけです。教員と学生との間の相互作用も活発になり、多様性が確保されることによって「わくわくする環境」が生まれるんですね。
ところが、近年、東京大学では学生の画一化がみられます。具体的に言えば、首都圏出身者が半分、私立高校卒が3分の2、男子が8割という状況で、この3つの偏りが課題になっています。東大としてもこの偏りをなくし、多様化を進めるための試みの1つが、推薦入試導入ということになります。
出典
東京大学が推薦入試を導入した狙いと、その魅力をじっくり聞いてみた―よくわかる東大推薦入試(1)
https://kimino.ct.u-tokyo.ac.jp/2143/
属性の多様性なんて意味がない。能力の多様性が本来求められていたもの。
政治家は、出身地と性に対して多様性を求めるけれど、教育とは能力主義がまずあってそれを超えるような平等主義ではあってならないというのが、教育と政治の分離の基本であった。
某政権になって、本来専門家を集めて文科委員会が検討した上で決定すべきものを、ど素人の政治の息のかかった人の集まりの内閣委員会で決定してしまうようになったのが、最大の改悪。
時の政権の意向で、何でも好きに出来るが、そこにはエビデンスがなくなった。
いい例が、地方創生で首都圏大学の定員抑制もしたこと。結果、地方の何がどうなって創設と言えるようになったのか、検証さえされていない。定員抑制は必要であったが、少子化と教育の観点で行われるべきものだった。
東大の学校枠って何のために必要なの?
これに、ちゃんと答えられる人っているのか?




































