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東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?

【7697918】
スレッド作成者: 東大王 (ID:nMjSBSRGBB.)
2025年 08月 06日 17:57

東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」

入試概要:
A方式(50名)
 *大学入学共通テストの結果
 *高校の調査書(または成績証明書)
 *エッセー
 *東大が指定する英語試験の結果などの書類
 *英語による面接

B方式(50名)
 *東大が指定する国際的な統一試験の結果
 *複数の提出書類
 *英語による面接


特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします

【7700699】 投稿者: ななし   (ID:lNdwcg/KTI.)
投稿日時:2025年 08月 15日 11:32

今の日本や国内の大学や、さらにその下にある私の所属する組織の現状は、どちらかと言うと右肩下がりで明るい話題は少ない。
そんな世の中を明るくする解決策は、日本の研究者がノーベル賞を量産して、起業家たちが新しい産業をたくさん興して、日本の経済を活気づかせることですね。
解決策は分かっていても、実際に実現することは容易ではない。
そんな中で、大学教員の社会的役割は、研究を通じて、多くの人に夢と希望を与えることだと思って、日々暮らしている、というわけです。

最近、高校の同級生と(夢と希望を与えるかもしれない)論文を書いていて、今月中には投稿したいな、という感じのところまできました。
NatureやScienceには届かないけど、トップ専門誌は狙えるかも、といったところです。

しかしmeta視線さんは、文章がうまいですね。
僕は、知ってる事実を並べてるだけだけど、meta視線さんは、抽象化して大人の文章にしてますね。
なかなか真似できないや。

【7700706】 投稿者: meta視点から   (ID:laCgRdhQM2w)
投稿日時:2025年 08月 15日 11:55

さて。

先ほどの元文でさらっと流したけど。。。
東大の新学部「College of Design(COD)」、そして私が提起した「Call of Duty(責務)」。

この2つのCODが、さりげなく韻を踏んだ構造的ライムになっていたって、気付いた人どれくらいいたんだろ?

いや、これただの語呂合わせじゃないんですよ。

「デザインする大学」=COD、
 「次の社会を設計する責務」=COD。

つまりこれは、「制度」と「使命」の二重構造としてのCOD」なんだよね。
いわば、東大改革の核心に「名前からして」刻み込まれているダブルミーニング。

こういうフックって、長文だからこそ生きる。
尺があるから初めて中盤で拾って、後半で効かせることができる。
短文でやると、逆にすぐ目立って浅いギミックで終わっちゃう。

それが理解されず、「長ぇんだよ!」で済まされるのは、もう完全なる思考停止のarrest(心停止)脳

おっと、医療用語出ちゃった。

でもですよ。
本当に日本を変えようと思ったら、こうした「深読みできない低know人たち=モブ層」を切り捨てるんじゃなくて、いかに「サルベージ」するかが鍵なんだよね。

ここで重要なのが、あの「学長が注目する学長」3年連続1位の共愛学園前橋国際大学の大森昭生学長の仰っておられる「Fラン大学こそ必要不可欠」という指摘。

学力的な序列ではなく、社会との接点として大学を再定義するという視座。

つまり、大学は「選抜装置」じゃなくて「再設計装置」であるべきという発想。

これは、エリート育成機関としてのCODと、全層的社会包摂としてのFラン大論が交差するという話なんです。

話に入ることもできない層を、いかにしてすくい上げるか?

寧ろこちらの方も崖っぷちという印象を、エデュのレスを横目に感じますね。

【7700707】 投稿者: ななし   (ID:lNdwcg/KTI.)
投稿日時:2025年 08月 15日 11:56

>大学は人事や組織のガバナンス改革を行い優秀な人材が研究をリードする体制に変革すべき。

トップダウンのガバナンス改革は、トップが優秀な人たちの場合は機能するけど、そうでない場合悲惨なことになります。
東大の場合は大失敗はないと思うけど、中小の大学だと、結構失敗すると思う。
ケースバイケースじゃないかな。

日本の大学の人事は、昔のように、大学院生→助教→准教授→教授のように組織の中で昇進していくことは無くなりました。
必ず一度は外に出ないといけない、というルールになっているところが多いと思います。
大学教員になりたい人は多いので、内部昇進させなくても、大学側は外から良い人を取れるケースが多いです。
むしろ、若手研究者の生き残り競争は熾烈なので、そこに海外からの候補者も参入させるというのは、酷といえば酷です。
国際化の御旗は、そのような若手研究者にとっても悩ましいものとなると思います。

その昔、教授から助手にならないかと誘われて、これで僕も将来は教授かー、と思って喜んで助手になったけど、数年後、「そろそろ僕、定年だから、どっか別なところ探してね」と言われて驚いたことを思い出した。
その後、パーマネントなポストにたどり着くまでは、いくつかの職を転々としました。
つまり、研究者はこれまでも競争にさらされていた、と思う。
日本の若者たちをこれまで以上の競争にさらすのは、ちょっと可哀想な気がする。
まあ、でも、そんなやわなことを言ったところで、グローバリズムやダイバーシティの御旗には敵わないんだろうな。

【7700712】 投稿者: meta視点から   (ID:laCgRdhQM2w)
投稿日時:2025年 08月 15日 12:08

いやいやいや〜
滅相もないでございますぅ〜(土下座しながら5回転くらいした気持ち)

って言いたくなるくらい、勿体なきお褒めの言葉。
しかもタイミングが絶妙でして、よりによって、直前に自分で投下した「ガキっぽさ全開な2本立てポスト」たちを見て、軽くタオルを噛みちぎりたくなる羽目になっております。

とはいえ、そんな情緒のアップダウンもひっくるめて、やはり「知ってる事実を並べてるだけ」と控えめに仰った、ななしさんの言葉こそが、地に足のついた金言だと、私は思うのです。

事実って、それだけで強いんですよね。
読み手が勝手に想像し、感情移入し、意味を補ってくれる。その深みを醸し出す余韻と懐を内包している文章です。
私はそれをちょっと加工して抽象してるだけで、
材料の純度の高さでは、比較にすらならないのです。

でも。。。褒め言葉は全力で素直に受け取る性質なので、恐縮しつつも、ありがたく 背中に貼って歩く感じで頂戴いたします!あざーっす!笑

【7700738】 投稿者: #東大 #COD #教育改革 #社会変   (ID:jgHrVJk.HS6)
投稿日時:2025年 08月 15日 13:12

「COD=College of Design」と「Call of Duty(責務)」?面白い読みだけど、二項対立で語るのはちょっと滑ってるかもw

CODはエリート育成か社会包摂かの二択じゃなくて、両方やっちゃうための設計。目指してるのは、複雑な社会課題を解決できる新タイプの変革者の育成だよ。

つまり「再設計装置」としての大学の役割。Fラン大論と対立させるのはナンセンスで、CODの知性が社会課題を解決するシステム作ることで全体の底上げに繋がる。それが東大のCall of Duty。

言葉遊びや韻踏みで盛り上がるのもいいけど、肝心なのはそこじゃない。CODの本質は、社会貢献とエリート育成の統合。ここを見落とすとただの長文自己陶酔w

#東大 #COD #教育改革 #社会変革

【7700739】 投稿者: ななし   (ID:lNdwcg/KTI.)
投稿日時:2025年 08月 15日 13:20

meta視線さんは平成生まれなんですね。
お子さんはまだ低学年かな?
僕のところは子供たちはすでに大学生で、子供の教育は卒業しました。
10年くらい前、彼らの中学受験にはかなり入れ込んでいて、当時はこの掲示板にもお世話になりました。

AIが進歩して、もはや受験勉強は必要ない、という説もあるけど、僕は今でも意味があると思ってます。
骨格となる知識の体系がないと、AIを、どう使えばよいか分からないと思うので。
しかし、どのようなことを学ぶべきかは、変えていかなければいけないかもしれませんね。
どう変えるべきかはよくわからないので、新学部でも、具体的にどのようなカリキュラムが組まれるか、想像が出来ないですが。

【7700749】 投稿者: meta視点から   (ID:zTgk3Tqz08w)
投稿日時:2025年 08月 15日 13:58

感謝だけで、肝心の内容へのご返信。

「夢と希望を与えることが大学教員の社会的役割」

この言葉、強く刺さりました。
今のこの国に本当に必要なのは、まさにそうした研究者なのだと。
そしてそれは、何もNatureやScienceに載ることだけで証明されるわけではない。

トップ専門誌を目指し、信頼できる旧友と論文を共に紡ぐという行為そのものが、社会への静かな意思表示で「未来への希望の種まき」なんだと思います。
それは誰にでもできることじゃない。本当に、尊い営みです。

後段の投稿には、制度のリアルな刃の冷たさが滲み出ていました。

「そろそろ僕、定年だから、どっか別なところ探してね」

この一言に、日本型アカデミアの非情さが凝縮されている気がします。若手が一人前になるまでの時間と、その後の扱いとの落差。
中にいた者しかわからない、構造的な放流の仕組みが、あまりにも自然に日常化している。

そして今、外部流動化、国際化、ダイバーシティ。。。
美しいスローガンの裏で、「その競争に何年耐えれば辿り着けるのか」「脱落したらどうなるのか」への想像が、制度設計の側からは抜け落ちがちなのもまた、現実です。

だからこそ私は、東大のCOD(College of Design)構想に寄せた視点として、「構造の合理化」ではなく「人間の尊厳との両立」という問いが必要だと考えています。

競争や国際化を否定するつもりはありません。
でも、それらが「結果的に人をすり潰すシステム」になってしまえば、それはもう教育でも育成でもなんでもない。

「問いを立てられる個」と「支えうる制度」の両立。。。それを抜きにせず、正面から掲げられる改革でなければ、未来を照らす光にはなり得ないと思うのです。

泥水をすするような時期も経て、それでも「夢と希望を与えるのが責務だ」と言える、ななしさんのような方がいる。。。

その存在こそが、今の日本のアカデミアにとって、もっとも重要な知的リソースだと私は信じています。

制度や構造を語る言葉が、現場の知と響き合ってこそ、本当の改革になる。。。そう思わされました。

私が、勝手に背筋が伸びた投稿です。
本当にありがとうございます。

【7700755】 投稿者: 生き残るために   (ID:wH5SdgladFM)
投稿日時:2025年 08月 15日 14:15

製造業、特に繊維や部品等低付加価値の製造業については、日本→韓台等→中国→東南アジア→南アジアと移転してきたのは事実。

例えば、日本の製造業等は特定技能や技能実習という制度で外国人を受け入れているが、昔は中国人が多く、現在はベトナム人やインドネシア人等の東南アジア、東南アジアも所得水準は上昇して採用できなくなりつつあり、今後はインド、バングラデシュ等の南アジアの人材を採用しようと自治体や企業が殺到している。

このように、日本の低付加価値で日本人がつきたがらない仕事を外国人の受け入れで対応しているが、製造業移転論と同じように、日本人→中国人→東南アジア人→南アジア人という大きな流れは変わらない。

低付加価値の産業を高付加価値の産業に変えていくことをしていくべき。

東大のグローバルサウスは日本企業の投資先とほとんど同じで、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、シンガポール、インドと留学フェアの開催先は中国等を除きほぼ同じ。

東大のグローバル戦略は、日本企業への雇用、日本企業との取引、日本との橋渡し人材を養成することを念頭に考えているのは明らか。

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