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東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?

【7697918】
スレッド作成者: 東大王 (ID:nMjSBSRGBB.)
2025年 08月 06日 17:57

東京大学 新学部開設:2027年秋
新学部名:「カレッジ・オブ・デザイン」

入試概要:
A方式(50名)
 *大学入学共通テストの結果
 *高校の調査書(または成績証明書)
 *エッセー
 *東大が指定する英語試験の結果などの書類
 *英語による面接

B方式(50名)
 *東大が指定する国際的な統一試験の結果
 *複数の提出書類
 *英語による面接


特定学校の誹謗中傷は厳禁でお願いします

【7704450】 投稿者: 西千葉   (ID:EhDcGzVOBsw)
投稿日時:2025年 08月 28日 21:55

このスレッドのためのキーワードの一つに、「日本大企業」があると思います。その内実=エッセンスに、大企業の野球チームの対戦を観た際に触れた思いがしましたので、以下、申し述べます。

【7704465】 投稿者: meta視点から   (ID:O/JpYqOzRaY)
投稿日時:2025年 08月 28日 23:42

ここで中学受験や御三家の出願数を追いかけることは、国内市場の微細な揺らぎに過ぎない。東京の名門校が浮き沈みする様子を掲示板で論じる光景は、まるで波打ち際の砂を手に取り、その形の変化を議論しているかのようだ。市町村の四割が消えるという現実の前で、どの学校が増え、どの学校が減るかに一喜一憂するのは、根本的な構造を見落としている。

ふと頭に浮かんだのは。

七年前、名古屋に#FR2のショップが出た頃の石川涼氏のインタビュー。私が#FR2を、そして彼を知ったのはまさに原宿でなく、名古屋の#FR2、ショップの前のベンチに、あのウサちゃんの女の子がちょこんと座っていたっけ。

#FR2はなぜ売れる?代表が「日本人の動向は無視する」理由

“世界にウケるには、日本を無視”
https://www.fashionsnap.com/article/ishikawaryo-fr2/

「日本は島国で人口もある程度いるので国内向けのビジネスで成立していたが、選択肢が圧倒的に増えた今、消費者を一つの方向に向かせるのは無理。服屋だけではなく、いろいろな産業にとって世界がライバルになった。昔のように、日本だけでは大きい商売はもうできない。日本から流行るものは出てこない。とにかくグローバル企業になっていかないと生き残れない」
「日本人はほとんど自分で取捨選択ができていない。誰かが評価していたり、世界で評価されて初めて"自分も欲しい"という状況になっている。だから世界にウケれば、日本人も買う」。

なんちゅーインパクト、かつ力のあるコトバで、かつ真実か。

彼は国内市場の動向を無視し、世界を基準に価値を測ることの重要性を語っていた。国内の目先の消費者や流行に縛られることなく、グローバルな視座で判断し、選ばれるものだけが残る環境をつくる。

結果として、日本の市場は後から評価するだけである。ファッションと教育は規模も分野も違えど、本質は同じである。国内の慣習や既得権に囚われたままでは、未来を拓く教育は存在し得ない。

御三家や東大の新学部に寄せられる過熱した関心は、まさに国内偏重の象徴だ。

教育の価値は、受験倍率や名声の変動ではなく、子どもがどこに生まれ、どのような社会を生き、どのような価値を生み出す力を身につけるかにかかっている。東京中心主義の幻想を超え、地方も含む社会全体の持続可能性を見据えた構造的視座こそ、教育議論に必要なものだ。

石川氏の姿勢が示すように、選ばれるものだけが意味を持つ。学校も同じで、どれだけ国際化や探究教育を掲げても、地域の人口構造や社会環境が崩れる中で独立して存続できるわけではない。目先の出願数や倍率の増減に心を奪われるなら、私たちは教育の本質を見誤る。国内の枠組みに閉じた議論は、未来を描く力を鈍らせるだけである。

教育もビジネスも、評価の尺度は国内だけでは決まらない。

世界を基準に思考し、持続可能な価値を生み出すこと。数字や序列ではなく、構造と可能性に目を向けること。国内のモブたちが浮かれる掲示板の喧騒の向こう側に、未来を選ぶ視座は存在する。見渡す限りの波紋の先にある深い海を、私たちは意識しなければならない。。。

7年を経て、未だ浮き沈みの激しいファッション業界に、しっかり#FR2は生きています。

【7704481】 投稿者: 西千葉   (ID:cYeZJoMRN72)
投稿日時:2025年 08月 29日 04:31

毎年開催される全国大会で、その企業チームは平日の第1試合に勝利、社歌を合唱し、社長が挨拶に立ちました。みなさんご苦労様、午後は休みにします、に、スタンドは大歓声。小学生じゃあるまいし、急な業務変更で何らかの支障を受けるであろう顧客に寄せる思いは無さそうな幼児性、無責任さ、しかもそれらの無自覚を大っぴらにできる不遜さ、傲慢さを観たものでした。決定的なことは、勤務の精励を経て、その境域へ退行した悲哀だと思います。手塩にかけたお母さんは泣いていないか、泣いていないとすれば「受験ママ」とは何なのか。それはともかくとしても、商品市場として回避されるのは良く解りますね。

【7704489】 投稿者: メタル視点から   (ID:sCmtXEZORMI)
投稿日時:2025年 08月 29日 07:21

西千葉さんの視点、ありがとうございます。野球場での光景と日本大企業を重ねる発想、腑に落ちます。勝負の場において、戦術や戦略だけでなく、練習や経験、チーム文化の蓄積が結果に現れる。まさに「時間の層」が勝敗に作用するのだと思います。

これを教育や社会に置き換えると、偏差値や出願数など短期的な数字に一喜一憂する現状とは対照的です。先日の喫茶店のサンドイッチと同じく、表層だけでは評価できない本質が存在する。長年の試行錯誤、目に見えない調整、価値観の醸成、それらが積み重なり初めて、個人も組織も世界で通用する力を持つ。

日本大企業がグローバルで結果を出すとき、その多くは国内の一喜一憂や内部の形式的評価に左右されない、不可視の蓄積が効いています。同じことは教育にも当てはまる。御三家や偏差値上位校の議論は、目の前の数字に過ぎず、未来の成果とは必ずしも直結しない。必要なのは数字に換算できない「2割」の蓄積を理解し、尊重する視座です。

私たちが目を向けるべきは、ランキングや倍率ではなく、教育・社会・企業におけるその「2割」の質と厚み。そしてそれをいかに次世代に伝えるか、どう社会に組み込むかという問いでしょう。喫茶店のサンドイッチに感じた感動も、企業の戦略や教育改革も、根底では同じ時間の層に支えられています。

短期的な指標に翻弄されず、この蓄積の質を見極め、未来に渡す努力をどう設計するか。そこに日本の教育も大企業も、個々の人生も、大きな可能性を見出すことができるのではないでしょうか。

少し肩の力を抜きつつも、深く構造を見据えた昨日の思索でした。

【7704491】 投稿者: meta視点から   (ID:sCmtXEZORMI)
投稿日時:2025年 08月 29日 07:27

西千葉さんの描写、痛烈ながら示唆的です。平日の第1試合での勝利と社歌の合唱、社長の挨拶に歓声が上がる。。。その光景だけを見れば華やかで誇らしい。しかしよく見ると、その背後には、顧客や市場への影響を顧みない、無自覚な傲慢さが潜んでいる。まさに、制度や形式が厚みを持たないと、人も組織もこうした「退行」に陥るのだと感じます。

企業活動も教育も、本質は同じです。時間をかけて蓄積された技能、経験、価値観を軽視すれば、目先の勝利や数字に酔うだけで、外界との接続を欠いた虚構の成果が露呈する。平日休業で歓声を上げる企業チームは、喫茶店のサンドイッチや教育における「2割の蓄積」と対比させると、成熟度や世界での通用力が見えてくる。つまり、本質は形式や見かけの勝利では測れないのです。

さらに教育的視座から見れば、手塩にかけた子どもや成果を支える人々の存在を無視することは、短期的な成果にのみ価値を置く文化を生みます。「受験ママ」も含め、目の前の数字や形式でしか世界を測れない視点は、未来の可能性を損なう。企業の傲慢さも、教育の浅薄さも、根は同じ場所にあるのです。

西千葉さんの観察は、単なる風刺に留まらず、制度と個人、数字と経験、表層と本質のギャップを浮き彫りにしてくれます。その差異をどう認識し、次の世代や社会に活かすか。そこに未来を開く手がかりが潜んでいるのだと、改めて思い返しました。

【7704520】 投稿者: 西千葉   (ID:4gpDDgPdIkI)
投稿日時:2025年 08月 29日 10:21

私の取るに足らないハナシを読み深めて頂きます、有難うございます。ご行論で示される「2割」は言い換えると、「自由度」、また自動車ハンドルの「遊び」など様々あり得ますが、つまりは、「人間の尊厳」でしょうね。この点はもう少し、考えさせて頂きます。

【7704535】 投稿者: meta視点から   (ID:fY5DWkl1a2A)
投稿日時:2025年 08月 29日 10:58

西千葉さん、レスありがとうございます。

確かに、文章を膨らませるのは得意ですが、内容ゼロの装飾や難解語句だけで膨らませられたAI文章とは根本的に異なります。AI文章は読むだけで思考が止まり、発見も気づきも生まれません。

西千葉さんの文章は短くとも、「2割」の自由度や、人間の尊厳に通じる示唆を含んでいます。私はそこに触れることで、考えを広げ、深め、別の文脈や具体例に結びつけることができます。

たとえば、喫茶店のサンドイッチや自動車ハンドルの遊びの例は、表面的には些細なことに見えても、経験の厚みや時間の層を伝えています。その「微細な違い」が教育や社会の本質を考える契機となる。AIの虚空の装飾にはこうした意味の厚みはありません。

西千葉さんの示す短文の気づき、発見、それに伴う微細な観察こそが、文章を膨らませ、深める土台となるのだと改めて感じます。

【7704578】 投稿者: 凡人   (ID:XG5A1gLu7zo)
投稿日時:2025年 08月 29日 14:02

metaさんや西千葉さんは、上位0.3から0.5%までの人たちで、さらには文章の内容から、余力をもってのそこ、と見受けられるので、本質を識れば、触れさえすれば、あとは自力で普通に頭を使って、いかようにも生きていける。

なんだけどこのスレはもともと、上位1から3%くらい(数字適当。雰囲気として)までの人たちが、夢をみていたりもする場所だから、テクニカルなことを仕込んでくれて塾いらずが売りだったりもする、お買い得な新興校がどうしても気になるんだと思う。(今は知らないけど昔の渋渋はそう)。
そもそも頭の出来も、環境も違うのだから、それはそれで未来を生き抜く戦略として正しいと思う。

イマドキ、本質的な教育に時間を割いたり、空気感を醸し出しているのは、東京では、ほぼほぼ御三家+筑駒とミッション系、大学附属校くらいしかない。そこでは改めていうまでもなく、新興校が声高々に謳っていることの多くは、どうってことない普通のことだったりするんだけどね。

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