在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
受験学力以外のもの
受験学力を上げるためにせっせと予備校通いして青春時代の貴重な時間を費やすことに意味があるんだろうか?
共通テストレベルで基準点が取れればもう受験勉強点取りレースはやめて、部活や運動、読書、趣味などに時間を使った方が将来有望な大人が出来るのではありませんか?
アメリカのようにAO入試で本人のやる気や将来性、適性見て入学させる方が良い人材選べるのでは・・・と思います。
海外のトップ大等は、英語授業は英検1級でも厳しいのが現状。英検準1級ではほとんど理解できない。でも日本の場合は教師が英検準1級程度で講義してくれるだろうから、ある程度ついていくこともできよう。
早稲田国際教養等の私学上位校はすでに英語授業となっている。早稲田国際教養学部では外国人留学生3割、帰国生4 割、一般生3割程度。
東大は外国人留学生が半数程度としており、日本人では帰国生が多くなるだろう。一般生は国際系私学等の上位校だろう。
東北大も外国人留学生が半数、日本人は4月入学で半年は英語授業が中心で外国人と秋から供修できるようにするだろう。
外国人留学生や帰国生と共修できるレベルまで最低限あげないといけない。日本人は自分の意見をいえないと良くいわれるが英語の問題だけでなく、自分がどう考えるのかの思考をしてこなかったことが大きい。留学してはじめて便実を知る。
探求的学習が必要なのは言うまでもなく、これには大賛成なんです。でも、基礎的能力の低下を見過ごすと、ゆとり教育のようになる。
≫日本の大学が研究力や大学発スタートアップ等の産業創出力等で米国トップ大との差が大きいのは、答のある問題を解くことができるだけの人間を選抜するためだ。
これは原因と結果の因果関係が不明と思います。そういう要素もあるかも知れないが、物量の差が大きすぎる。
≫日本の中等教育はそれが徹底的に欠けている。その理由は大学入試が答のある問題を解くことができるだけの人間を選抜するからだ。
これ、トップクラスの高校では、そうでもない。私や子どもの例は前に書きましたが、国立や都立のトップ校は昔から高度にアクティブラーニング的な教育です。
ただ、合わない生徒には徹底的に合わない、基礎学力が足りない生徒は落ちるところまで落ちる、という危険を無視されていたようには思います。
他の例では、開成は、東大合格トップになる前は、ねじり鉢巻臥薪嘗胆で東大目指す、という感じがありました。今はそんな教育がトップクラスの生徒に受け入れられず、探求的、かつ、趣味人の集まりになっています。灘高で、現代国語では中勘助の「銀の匙」を1年かけて読むじゅぎょうが有名でした。
どんな意見を持つのも自由だか、事実の歪曲はやめようよ。
≫米国が筆記試験のみの入試としないのは、過去の調査で筆記試験は富裕層ほど有利になるデータがあるからだ。
さすがにアメリカの各大学がそんなガイディングプリンシプルに従ってAO型入試を過去からやっていたし現在もやっている、なんてことはないでしょう。
アメリカの推薦状文化を全く理解していない。
探究的学習の重要性には私も賛成です。ただ、大学の研究力や産業創出力の差を「大学入試が答えのある問題だから」と結びつけるのは、因果がやや飛躍しているように思います。研究力は研究費や研究者数など、物量の影響が圧倒的に大きいからです。
また、「日本の中等教育には探究が欠けている」というご指摘も、トップ校の実態とは少し違います。国立・都立の上位校や進学校では、昔から議論中心の授業や高度な読解・批評が行われており、探究的な学びはむしろ伝統的です。もちろん、基礎学力が足りない生徒には厳しい面もありますが、それは探究の有無とは別の問題です。
開成についても、「昔はスパルタで、今は探究的になった」という理解には違和感があります。開成は戦前から自治と自由を重んじる校風で、現在の探究的な雰囲気はその延長線上にあります。ねじり鉢巻で東大を目指すような文化は、昭和の受験一般のイメージであって、開成固有の歴史ではありません。灘の「銀の匙を一年かけて読む」授業が象徴するように、トップ校は昔から「自由で深い学び」を重視してきました。
探究と基礎学力は対立するものではなく、むしろ両方が揃って初めて成立するものだと考えています。
探求学習は基本的な知識があって初めて成り立つプロセスですよね.基礎知識がない人が無理にやろうとしても,はっきり言って時間の無駄です.むりやり探求学習をやるくらいなら,基礎勉強をきっちりした方が良い.
進学校・・・上位に行けば行くほど,学校(や塾)で勉強をがっちりやる傾向になりますが,日々の会話レベルで,探求的なことを生徒同士が(無意識で)やっていますよ.基礎学力があるから自然とそういう会話になれるのでしょう.
今の探求学習ブームは,ゆとり学習の様なことにならないことを祈ります.
なんだか、本当になりそうな気がしますね。気、ですが。
今の子は試行錯誤できるけど、そもそもの知識の引き出しがないなんて先輩方が10年後に言ってそう。
答えのない学習で選抜していくのが大切だと言っても、どうやって教員が採点するのかわからないし。
昔のフィギュアスケートの芸術点みたいに極めて曖昧になり、疑義がでるんじゃない?
そうなんですよね。
東大工学部の交換留学プログラム(学部3-4年)は、足切りをTOEFL79またはIELTS6.0としています。
英検にすると一級と準一級のちょうど間くらい。
東大工学部が海外一流大学に推薦して恥をかかない最低レベル、ということでしょう。
東大の裏書なしにアンダーグラデュエイトから入学し卒業しようと思ったらTOEFL79じゃ足りない。
東大ですら、満足な母集団を確保するためにはここにボーダーを設定せざるを得ないのでしょう。
だから英検準一級を最低の最低ラインと書きました。
このラインを、学内トップクラスではなく学部のマジョリティが満たすのは、今の日本の多くの大学では絶望的に大変と思います。




































