入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
韓国が世界標準、日本がガラパゴス。というのもあながち誤りではないが、日本の大学や教育を世界標準にしていくことが、最低限必要。
バカロレア、ケンブリッジ等、日本の中等教育でも世界標準の教育を採用している学校もいくつかあるが、従来の体系的な知識を講義型で教師が教える教育がいまだに主流。
大学も東大が新学部を創設し、世界標準の大学づくりを目指しはじめている。
おそらく今起きているのは、日本vs海外という単純な話ではなく、知識を受け取る教育から、編集し、接続し、発信する教育への転換だと思います。
従来型の日本教育は、体系的知識を高密度に叩き込む点では非常に強かった。実際、その土台があったからこそ高度経済成長期の工業力や研究力を支えられた側面も大きいです。ただ、そのモデルは「正解が比較的安定していた時代」に最適化されていた。
一方で今は、AIの登場で知識を知っていること自体の希少価値が急速に低下している。すると重要になるのは、異分野を横断して問いを立てる力や、自分の言葉で再構築する力になります。ここで国際バカロレアやケンブリッジ系が重視してきた探究・議論・記述型の教育が強みを持ち始める。
ただ面白いのは、日本が完全に遅れているとも言い切れない点ですね。寧ろ日本は基礎学力の均質性が非常に高いので、そこに探究型や国際型を接続できれば、潜在力はかなり大きい。基礎の弱い国が探究だけ導入しても、単なる雰囲気ディスカッションになりやすいですが、日本の場合は土台そのものはまだ強い。
その意味で、東京大学の新学部構想は単なる英語化ではなく、日本型教育の上にどう国際標準を接続するかという実験として見た方が本質に近い気がします。単に海外制度を輸入するだけなら後追いで終わる。寧ろ、日本の強みだった緻密さや基礎力を維持したまま、世界の知のネットワークにどう接続するか。そこが本当の勝負なのでしょうね。
君の東大生活で探究はできたのかね。仮面浪人でそれどころではなかっただろう。名では名大医学部で探究はできたのか?
東大新学部がPBL型で、世界、日本社会、大学知等と接続することで、従来の東大教育より期待できるのではないか。
逆でしょう。
東大も医学部も、旧来型の詰め込みだけで到達できるほど甘い世界ではない。
むしろ、高密度な知識を使いながら、自分で戦略を組み、情報を整理し、長期間セルフマネジメントできる人間しか残れない。
あと、PBLを妙に神格化している人がいますが、基礎学力のないPBLは、単なる雑談型グループワークになりやすい。
世界トップ大学ほど、数学・統計・言語運用の訓練はむしろ重い。
探究と学力を対立概念として語っている時点で、教育論としてかなり古いですよ。
AIが人に代わって業務をする方が効率が良い時代。米国ではコンサル等の人材が大量解雇され、AIにとって代わられている。
東大入試では理3最高得点者より、はるかに高得点をとるAIがすでにある。
答のある問題を早く正確に解くことにどれだけ意味があるのか?基礎学力は必要だがAIにできない能力を培う教育や入試にしていく必要がある。
変化が激しい時代、予測困難な時代には、決まった正解がないため、これまでにはない視点で物事を考え、新たな価値を創造する力が求められている。
教育はグローバル化し、難関校では中国系の学生はすでに約20%程度は在籍しつつある。教育はボーダーレス化しており、より良い教育を求めて国境を跨いでいる。
日本人も富裕層や海外赴任経験者等の子どもは、海外のボーディングスクールやインターナショナルスクール等、日本の教育を受けない人たちが増えている。
日本の教育や第も世界の優秀層から選ばれる教育をしていく必要がある。






























