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受験する学校選び

【7796005】
スレッド作成者: 学び (ID:HS8Yh1uRFBs)
2026年 05月 03日 13:12

 以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。

 探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
 面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。

 社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。

【7809627】 投稿者: いずれにせよ   (ID:bvYQWzMLQWY)
投稿日時:2026年 06月 03日 18:30

キミが言うような曖昧な話を強調すればするほど、政策あれば対策ありと言って、本質から外れた対策が盛り上がるだけだ。
高校入試の内申書では「主体的に学ぶ態度」を評点にしているので、解き方がわかっている問題をわざわざ教師に質問に行ってゴマを擦って評点を上げようとする生徒が列をなすのだ。
単純に問題が解けるかどうかで序列を決めれば発生しないコストを態度点の存在で発生させ、得するのはゴマを擦られて気持ちよくなる中学教師だけだ。
分かりきった授業なら寝させた方が社会全体ではプラスなのに、キラキラした瞳で熱心に聞いている態度を見せないとならないのだからな。

【7809635】 投稿者: 総合型選抜入試   (ID:2zkNA7Hvs/o)
投稿日時:2026年 06月 03日 18:49

主体的な学びについて、日本人教師が適切に評価できないことが大きな問題となっているのはそのとおり。

文部科学省の議論でも主体的な学びを評価軸を変える方向で議論している。

しかし、大学は学校推薦や総合型選抜入試を物凄い勢いで増やしている。来年は東大新学部は総合型選抜入試。英語面接、英語論文等で東大のアドミッションポリシーにできるかどうかを判断する。

東北大ゲートウエイカレッジも同様。筑波大はほとんどすべての入試に面接等を課すこととする。

現時点でも東北大は30%、東京科学大は25%が総合型選抜入試。

学校の成績は学力評価にして、足ギリラインにし、面接、論文、書類審査等でアドミッションポリシーに基づく学生像に適するか否かを判断する入試は今後ますます増えていく。

【7809638】 投稿者: なぜ国立難関大は総合型選抜や学校推薦に   (ID:2zkNA7Hvs/o)
投稿日時:2026年 06月 03日 18:53

なぜ国立難関大は総合型選抜入試や学校推薦の枠を物凄い勢いで増やしているのか、

一般選抜入試の枠を物凄い勢いで減らしているのか、考えることが重要。

これは私のコメントだけではない。ほとんどすべての大学の経営層が判断した結果、総合型選抜入試や学校推薦に移行している。

そこを考えもせずに単に批判だけしても意味がない。

【7809644】 投稿者: 主体的な学び   (ID:2zkNA7Hvs/o)
投稿日時:2026年 06月 03日 19:21

従来の教育から、主体的な学びへの移行は、自分のコメントだけではなく、文部科学省も主体的な学びとして高校に探究を教科化した。

次期学習指導要領はさらに主体的な学びを進化させる方向で議論が進んでいる。

大学は一般選抜入試の枠を減らして、総合型選抜入試や学校推薦の枠を増やし、東大も総合型選抜入試を増やしていく。

経団連は、これからは、仮説をたてて検証し、情報の統合を通じて、ビジネスモデルの変革など、新たな価値を創出する力が求められる。

としている。

【7809647】 投稿者: 経団連が求める教育改革   (ID:2zkNA7Hvs/o)
投稿日時:2026年 06月 03日 19:31

経団連が求める教育改革に、

初等中等教育において、教科学習等で得られた知識を様々な場面で活用できるよう、教育の方法や価値観を再構築する必要がある。

今後、一人一人の多様な個性と好奇心、探究心をのばす教育改革の実現により、トップ層を含む全体の能力強化を実現することを目指すべき。

産業界では、自ら課題を解決策を導き出し、行動する力を求めている。

以上

今まで自分がコメントしてきた趣旨と変わらない。産業界も大学経営層も行政も探究心や好奇心をもとにした主体的な学びを求めている。

【7809658】 投稿者: そうそう   (ID:yomwBYOJIHQ)
投稿日時:2026年 06月 03日 20:13

ここで延々と答えのない問いに取り憑かれている人達って、別に経団連の幹部でもなければ、起業家でもないんですよね。にも関わらず、探究だの思考力だの非認知能力だのを語り始める。
でも現実には、それが入試や選抜システムに組み込まれた瞬間、単に受験産業や教育産業の新しい商品になるだけです。

評価項目が偏差値から探究に変わるだけで、本質は変わらない。イーロン・マスクやサム・アルトマンが、そのシステムから生まれる訳ではないんです。

むしろ彼らみたいな人間は、既存システムの外縁や隙間から出てくることの方が多い。だったらと、海外大学へ行けば解決かというと、それも違う。

結局、学校の問題というより、日本社会そのものの問題なんだと思います。日本は異端者を育てるのが苦手なのではなく、異端者が生まれた後の受け皿が弱い。挑戦して失敗した人間が再挑戦できる市場も、コミュニティも、資金循環も薄い。だから異端者を輩出できないのではなく、正確には排出してしまう。

枠からはみ出した瞬間に居場所を失うから、皆が枠の中で最適化ゲームを始める。そして受験も就活も、その最適化競争の延長線上に置かれる。

本当に議論すべきなのは、探究を入試に入れるかどうかではなく、はみ出した人間が社会と接続され続けられる仕組みをどう作るかなんです。
そこを触らずに教育論だけ回しても、結局は評価基準を入れ替えただけの予定調和で終わる気がします。

【7809662】 投稿者: 社会が求める能力   (ID:2zkNA7Hvs/o)
投稿日時:2026年 06月 03日 20:38

君のようにいつも日本社会のせいだ、失敗した者の受け皿がないせいだ、薄いせいだとか、言っていつもソリューションの提示がいっさいない。

単なる評論家だ。

すべての人間が関心、好奇心、探究心に基づく主体的な学びをするようになれば、異端、尖った才能を認める社会ができる。許容する社会をつくることができることまで思いもいならない。

大なり小なり差はあれど探究してきた人間は、挑戦する人間を許容する。そういう人間を少しでもつくることが、今の日本社会に不可欠なんだよ。

【7809666】 投稿者: また   (ID:bmhDLd40XNo)
投稿日時:2026年 06月 03日 21:11

キミのソリューションは?

と言っても老人の世迷いごとを誰も見ていないであろうエデュで言ったところで何の意味もないのだけれど。

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