女子美の中高大連携授業
アルツハイマー要介護4で生きてる意味ありますか
二世帯隣居の義母がタイトルの状態です。内臓は強いのでまだ長生きしそうです。
10分前の事も忘れ、しもも始末できず、生きている意味ありますか。
老人より現役世代や若者の暮らしの方が大事です。
申し訳ないけど、早くxxばいいのに、っていつも思います。
日本は高齢者に殺されますね。
私は人様に迷惑はかけたくないです。
でもボケたものがち、ボケるとストレスなさそう。
今、レス読み直してみたら、やっぱりアルツハイマーで安楽死できるじゃないですか。
おかしいと思ったんですよね、不可能なら橋田寿賀子さんの発言があんなに話題になるはずないなって。
人のこと『もう少し調べたら』と言っていたくせに、あなたの方こそ知ったかぶりだったんですね。
いやいやさん49歳とのことですが、あなたこそ大丈夫ですか?
相当攻撃的だし、記憶力も危ないし、一度認知症外来かメンタルクリニックを受診されては?
調べてみたら昭和38年には本格的な紙オムツ(輸入)が家庭にも入ってきたみたいですね。ただし10枚で380円〔38年大卒国家公務員上級職の初任給が19100円)と高価。ライナーはその前からあったようですけど、当時の世帯年収からいったら高価だったのと、使い捨てを嫌う風潮もあったのであまり普及しなかったとか。
でもエデュには都会住まいのお金持ちの家庭の方が多いことを忘れていました。我が家限定のこととして書くべきでしたね。失礼しました。
元気な街中のご老人も、いつかは要介護になります。
その時、どうするのでしょう。
それぞれ4人の親を介護する。
お金があって
介護を外注したくても、圧倒的に介護士不足。
介護士の争奪戦が繰り広げられるのでしょうか。
平成に子どもを産みましたが
一人目だけは布おむつ併用していました。
一回に二枚。一日30~50枚だったかな。
その頃はライナーと言うのがあって、
汚れを落としたら漬け置き、洗濯機でした。
昭和40年代に子育てした親が言うには
下洗いは水洗トイレで流し洗い。
洗濯機を使ったと。
かわかなければアイロンかけ。
昔は貸しおむつと言うのもあった。
平成に入っても貸しおむつを使ってる病院が多かったのでは?
でもね、みんながそうしてたら
何とかやって行けるのが人間で、
別に普通に思ったわけですよ。
大変な仕事をしているとは思われてなかった。
家事育児はどんなに大変でも
「だれでもできる、価値のないこと」と思われてた。
その頃より楽になったからと今も価値を認めない人も多いけど。
2歳の夏でおむつを外す。おむつは大変だからね。
3歳になってもおむつの子なんかいなかった。
衛生観念も暮らしも違った。
おもらしやおねしょの始末も適当だった。
「赤ちゃんのおしっこはきれいだから」
と聞いた覚えもあります。




































