在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
低学年からの通塾ってそんなに無意味なんですか?
新小3の男子の母です。
(スレたては初めてです。ご無礼がありましたらご指摘ください。)
EDUでよく言われる「定説」として、
勉強は家庭学習で充分。
低学年からの通塾は無意味、但し公文はおすすめ。
外遊びや博物館見学等に力を入れましょう。
というご意見をよく見かけます。
そんなに通塾って無意味なんですか?
学校の授業だけで、子供は(退屈すぎて)腐ってしまいませんか?
我が家では、一年生からsapixに通っています。
(徒歩圏です)
週一回で、公文よりずっと負担は少ないし、特に宿題も出されないし、
何より学校の授業にはない刺激があって
子供はsapixが大好きです。
(いまのところ)嬉々としてかよっているのですが・・・
どうしてこんなに否定的なご意見が多いのか疑問です。
曰く、そんなに早くから通塾すると、受験までに疲弊してしまうとか・・・
私は、小4まで学校の授業レベルに慣れてしまって
いきなり受験勉強を始める方が、よほどギャップが大きいのではないかとおもいますが。
ご意見をお待ちしております。
もっと言うと、地頭は持って生まれたもので変わらないと思っています。
そして、中学受験は、地頭✖中学受験範囲に関する知識。サピのカリキュラムは、中学受験範囲に関する知識は新4年からです。
うちは共働きで低学年は全く放置で通塾もなしでしたが、新4年からの入室で二桁順位までいきました。
同一人物で比較できない以上この話って水掛け論で終わりますよね。4年生からで順位二桁だけど、低学年から行ってれば一桁だったかもしれないし。低学年から行っていて校舎でトップ争いでも、4年生からの通塾でも同じ様にトップ争いしてたかもしれない。
私としては、小さい頃から知的好奇心を刺激するのはとてもいいことだと思いますので、子供が楽しく通っているのであれば、低学年からもいいと思います。仮に中学受験に対しての優位性に意味がなかったり、目に見えて地頭が良くなるようなことがなくてもですね。
一方で無理に通わすのは百害あってという感じでしょうか。低学年ですしね。
昔、6年開始の日進がデフォだったところを、5年開始の四谷が席巻し、5年開始の四谷がデフォだったところを、4年開始の日能研が席巻した。
この経験則から、4年までは早期化が有利と推認される。しかし、日能研からサピへの覇権の移動は早期化と無関係で、未だに3年開始をデフォにして、シェアを伸ばした塾が登場しないことから、4年より早くしても効果がないのではないかという推認も成り立つのではないかということ。
大手塾の中学受験の教材は、難易度や進度の差はあっても、やる範囲は大体同じです。
でも、3年生までの算数は塾によって全然違う。四谷のジュニア予習シリーズを見たことかありますが、学校の教科書の発展みたいな感じで、サピの思考力系とは全然違います。
低学年の勉強については、定評のあるメソッドはないということだと思います。
四谷から日能研への移行の理由は早期化と無縁です。四谷も全盛期から4年開始でした。ただ、当時の四谷のシステムは会員になると成績順で会場が振り分けられて、生徒は選べないものでした。私の中受時で中野→お茶の水→池袋→四谷→早稲田→飯田橋、というように完全に成績順です。準会員は希望ができますが、希望者が多いとやはり成績順で他会場に飛ばされました。組分け試験毎に会場まで変わるという今ではありえない不便な仕組みですね。また上記のように優秀層は都心部の会場に通う必要があったので、特に神奈川の中受層は非常に不便でした。それが許されたのは、まさに四谷一強時代だったからです。
他方日能研が台頭したのは、まず神奈川の中受層を取り込んだのが大きいです。特に東急沿線の中受熱の高いところに食い込み、栄光や麻布の実績を上げたのがきっかけです。そして四谷のような会場を選べないシステムを採用せず、今となっては普通である生徒が通いたい校舎にずっと通い続けられる、という利便性も相俟って東京の中受層も取り込んでいきます。四角いアタマを丸くする、といったキャッチーなコピーによる広告戦略も功を奏しました。
四谷も日能研の躍進を見て危機感を抱いたのでしょう、会場は成績順ではなく、自分で選べるシステムに移行しましたし、手薄だった神奈川にも校舎を配置するようになりましたが、日能研の勢いは止められませんでした。ただ日能研一強と言えるまでには至らなかったと思います。四谷との覇権争い、と行ったところでしょう。
ここに割って入ったのがサピックスになりますが、サピックスの戦略は一言「優秀層のみをターゲットにし、その層に最適化したカリキュラムを提供することで、難関校の実績を上げる」ということです。日能研も四谷も当然能力別クラス編成をしていましたし、クラスによって算数の難易度を変えるなどは行っていましたが、生徒の裾野が広く、全てのカリキュラムを難関校志望生対象とするわけにはいきませんでした。実際にサピックスが実績を上げていくとともに、難関校志望生は須らくサピに行くという現在の状況に至ったわけです。また校舎配置も生徒の通いやすさを重視し、比較的郊外にも重点を置いたのも躍進の要因の一つだったと思います。
現在はサピックスと、近年比較的中堅層に力を入れている日能研はマーケットがあまり競合していないように見受けられます。他方、四谷はどっちつかずな感じで、今後どう戦略を立てていくのかは興味深いですね。
また比較的新興勢力である早稲アカのポイントは、塾に丸投げOKなところです。共働きが増加し、サピに入るだけの能力があるけど親の方が面倒見切れない、という状況はこれからどんどん増えていくでしょう。もちろんサピもプリバートがありますが、費用面の問題もあります。このままいくと今後早稲アカは伸ばしてくると思います。
以上のとおり、日進から四谷の覇権の移行には開始年齢の低年齢化は寄与したと思いますが、その後はシステムや立地を時代の流れに合わせられるかなど、その他の要因が重要だったのではないかと思います。
ここで3年生から準備することでより効果があるというメソッドが開発されれば、そこが覇権をとる可能性はありますが、いわゆる10歳の壁があるので、小4より下の学年一般に適用可能なメソッドは難しい気がします。




































