女子美の中高大連携授業
昔の四谷大塚
数年前、子供を入塾させるときに、一番心配だったのが、「入れるかどうか?」でした。
なぜなら、私が子供の頃、四谷大塚には入塾テストがあって、成績が足りないと入れなかったと記憶していたからです。
そのため、四谷に入るための孫塾があり、そこでまず四谷に入るための勉強をする(人もいる)と聞きました。
現在では、入塾テストはクラス分けのためであり、断られることは無いですよね。いつごろから、全員入れるようになったのか・・・?
自分が子供だったので、もしかしたら全くの勘違いかもしれません。昔も全員入れたのかもしれません。
でもずっと気になっていて、もしかしたらエデュをご覧の方の中には御存知の方がいらっしゃるかもしれないと思い、スレッドをたてさせていただきました。
それを調べてどうする?といわれると、う~ん・・・
自分の記憶が間違っていたかどうか知りたいのです。子供が塾に行くようになって(近所に四谷大塚がなかったので他塾ですが)、自分のときと色々違うな~~と思うことが多いので。授業は今のほうが昔より親身で解かりやすいと思います。先生も優しいし。(模試で四谷の先生に解説していただいたことが数回あります)なんか、昔は、もっと厳しかった気がします。
・・・子供だったからそう感じただけかも知れません。
みなさん、レスポンスありがとうございます。
レコード、懐かしい。あ~あ~よつやおおつか・しんがくきょうしつ~という塾歌、ソノシートでいただきました。インパクトありました。バッジや、生徒手帳も嬉しかったです。
私は準会員でした。学習院会場でした。
冬期講習などで、早稲田13時ホールなど行き、友達に「一日12時間勉強じゃワセダダイガク行けないんだよ。合格するには人より1時間多く勉強しないと・・・で13時なんだよ」って言われたのが、その冬期講習で一番の「覚えた事柄」になりました。(というか、それしか覚えていません、トホホ。落雷のようなショックでしたから。)
では、今は全員入塾できるのですね?校舎の定員数で違うのかな。
そうすると、この10年くらいで、路線変更があったということでしょうか・・・。
進学塾が多くなり塾の競争は激化しているし、受験者数の激増、入りたい子供たちを断る理由は無いですものね・・・。
年配の先生と送り迎えのついでに個人的におしゃべりすると、昔はよかった的なお話が出て面白いです。
今は時代のニーズに合わせてほぼ全入だし授業も手取り足取りだけれど、本来勉強は自力で頑張れるとこまで頑張ってテストで力試しを繰り返すのがよい・・・というスタイルを懐かしむ先生もおられます。
30年前お世話になった私が、今我が子を入れたのはそれが理由。
子どもはすごくできる子ではないけれど、もし中学受験で失敗しても得るものは大きいと思いました。
子どもをよく見極めずに何が何でも志望校に入れたい、と強く願いすぎるのは性に合いません。諦めがよすぎるのかもしれないけれど、こういう親には今も四谷は合っていると思います。
懐かしいです。
私は今から25年前、小5の時地元の進学塾に通っていたのですが、
そこのトップのクラスは四谷大塚の正会員・準会員クラスでした。
私は毎月のクラス分けテストでどんなに頑張ってもなかなかそこに入れず、
正会員の子達のいるそのクラスを、なかなかたどり着くことのできない天上界、
そこに行けばどんな夢でもかなうというガンダーラ(Byゴダイゴ)のように仰ぎ見ていました。
結局なかなかそこにあがれないことによるストレスで体調を壊し、
頭に500円玉ハゲが大量にできたとき、
母によってその塾をやめさせられ、近所の
補習塾と家庭教師にかわってしまったので、
四谷大塚は永遠の憧れのまま終わりました。
今はほぼ全入と知ったときにはちょっと、いやかなりショックでした…。
すみません 情報不足でした。
うちは、個人塾で、四谷は模試だけ受けてるものですから。
学校に九九も怪しいのに、四谷に通っている子がいて
自慢していたので、おかしいなとは思っていたのですが。
なるほど。商売ですよね。
全員入りではないですよ。やはり、下限はありますよ。
うちの子はリトルのオープンで一度、落ちましたので。(笑)
本当にできの悪い子ですが今は楽しく通っています。
いろいろ塾見学、テストなどを受けさせましたが、やはり四谷の
雰囲気が一番子供も行きたいと思ったのか、勉強して2度目の
挑戦で入ることができました。その時はギリギリの基準でした。
直営校はある一定の割合で落ちるらしいです(いわゆるαクラスレベル)。学年が上がるに従い、基準は厳しくなるらしいです。今は、サテライト塾が多いからね。組み分けテストを受ければ、一応どんな点数でも組が付きますからね。昔って、S、C、B、Aじゃなくて、○段とかじゃなかってですか?
46歳です。当時はまだ会員、準会員というものはまだなく、会員と一般に分かれていました。
テストを受けて不合格の人は全員一般生となりました。
会員になるのは結構大変でした。
一般生も会員と同じように日曜テストがあり、週報もありましたが、「四谷大塚に入る」というのはすなわち会員になることであり、一般生だった私は会員になって黒いバッヂをもらうことに大変憧れていました。
合格して会員になれた時はとても嬉しかったのを覚えています。
算数、国語は100点満点、理科、社会は50点満点でした。
週報はわら半紙のようなもので、点数、順位のほかに小学校名も出ていました。
自分の通っていた公立小学校の担任の先生が四谷大塚の講師のアルバイトをしていて、テストの解説授業を自分の学校の担任の先生から受けるという奇妙な経験をしました。
公務員の副業は禁止されているはずですが、テキトーな時代だったのでしょうか。
日進と四谷大塚を掛け持ちで通っている猛者もいましたが、四谷大塚がナンバーワンの全盛期でした。




































