在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
2020年6月28日 全国統一小学生テスト 6年生
2020年6月28日 全国統一小学生テスト 6年生 スレ
今回の褒賞がsurfaceだったのがそもそもの原因かと個人的に思う。
常連さんはもう何台もiPad持ってるし、決勝進出するようなお子を持つ家庭はsurfaceのハイスペックさは知っているから欲しかった。
次回の決勝褒賞はiPadに戻せばいい。
モヤモヤするとか勇気ある決断だったのにとか周りへの配慮なのに可哀想とか全部感情論ですよね。
企業の決定にそういった感情が入るケースもありますが、それは求めてはいけないと思います。
決勝大会は行われる予定だった。
優秀者表彰は決勝大会参加者が対象だった。
どんな事情であれ辞退した子がいた。
辞退した子は権利を失った。
その後主催者判断で退会を中止した。
優秀者となる可能性のあった子はその権利を得た。
ただそれだけですよ。
中止決定のタイミングが参加の意思を聞く前だったか後だったかの話です。
決勝は賞品のためにあるのでも目指すのでもなく、全国屈指の能力を持つ同学年のライバルたちと戦うためのものですよ。あくまで例えですが、surfaceと決勝大会どっちか片方を選べと言われた時に迷わず決勝大会!と答える子達だと思ってましたが違うんでしょうか。
ほぼ同意見ですが、あえて追加するならば、
> その後主催者判断で
都が警戒レベルを引き上げ、都をまたぐ移動の自粛を求めたのが追い打ちをかけたと思っています。中止の決断が遅れたのも悪いことではないと思っています。予選をやっている時や、決勝の意思確認を行っている時には、感染が夜の街で留まるのか、市中感染まで広がるかは確認しようがありません(むしろ政府は都道府県をまたぐ移動を解禁していた)。甲子園だって交流試合を強行します。それは、宣伝とか感染予防の意識の低さゆえの決断ではなく、一生懸命頑張った子達の舞台を準備してあげたいという気持ちから来ているのだと理解しています。決勝ができるように模索した結果決断が遅れただけで、それは批判の対象ではないとも思います。もしかしたら感染が広がらず、通常通り開催できた可能性もかなりあったはずなのですから。
褒賞は買えば手に入ります。賞品をもらえる、もらえないでなく辞退した子供の気持ちを考えられない企業の対応にモヤモヤしているのではないでしょうか。
締め切り前に辞退する際に、東京開催を変更することはないのか確認したら「ないです」との返答を受け、それならばと苦渋の決断で辞退しました。
結果その数日後に、辞退者が東京に子供たちを連れて行くべきではないと判断したのと同様の決断を企業もされ中止となったと思います。
辞退したことは褒賞をもらえるための決断としては間違えたことになりますが、自分のすごく参加したい気持ちよりも、学校を休校にしてしまったり、無自覚に県内に持ち帰らないようにということを優先させた子供たちに、褒賞が渡ることをとても嫌がる方たちのお気持ちが私にはよくわかりません。状況を鑑みて自粛スルよりも、どんな状況でも絶対に参加するということの方を評価する企業の判断には違和感を覚えます。
優秀者名簿から消された子供たちの気持ちを
考えると胸が痛みます。
辞退した子供たちが、自分の決断を間違えたもの
だったと感じるような対応はして欲しくなかったです
褒賞がどうこうより、企業の姿勢です。
名前まで消したのですか、全く蚊帳の外の平凡な成績組なのでホームページなど見ていないので、初めて知りました。酷い扱いですね、四谷にあきれてしまいます。
でも、第三者からみていたら「辞退したんだから」「褒賞もらえないのを抗議しようなんてさもしい」とまるで「敵前逃亡なんだから、当然でしょう」ともとれるような否定的なコメントをされる保護者の方々、冷静に「あ」さんの投稿を読んでみられたら、」と思います。まさに「あ」さんのおっしゃる通りではないですか?
「勝負なのだから当然でしょう」という発言、某漫画の「母親の狂気」ってこういうことか、となんだかうっすら怖くなってしまいます。
大人の発言としていかがなものでしょう、と言いたくなります。
「感情論の話」かもしれませんが、まだ12歳、11歳の子供達のことを思えば、その心情を思いやる姿勢こそ、今の時期に忘れてはいけないことだと思います。テストの点数でばっさり評価されるだけでもシビアなのに、こんなことまで大人の都合(四谷大塚の都合)で切られるなんて、なんだかなあ、って思います。
地方組としては、同塾の決勝進出組に東京に行ってくれるな、と思っていたぐらいなので、辞退された方達の方が切られる、というのは部外者ながらも、腹立たしいです。
でも、結局この論議、平行線になりそうな雰囲気ですね。。。
民間とはいえ、子どもを育てていこうという企業で、この扱いはやはり残念に思います。
優秀な成績をおさめ、本人が一番挑みたかった決勝を、周囲の人の健康や命、そして迷惑をかけないために辞退した思いは立派だと思います。間違いではなかったと、お子さんを褒めてあげてほしいです。
企業というか、みんなが競って褒賞を与える主催者は、感情論ではなく、客観性・公平性を持って褒賞を配分することが求められていると言っているのだと思います。どういう褒賞の配分の仕方が良いかは人それぞれに価値観があり、その全てを満たす方法なんか存在しません。そういう状況で皆を納得させる唯一の方法が客観性・公平性を担保することで、一度辞退した人にその個々の事情を主観的に勘案して(かつその事情の客観的な証明をもらわずに)褒賞を与えてしまうとそれが崩れるからよろしくない、そういう主張だって十分に理解できます。
辞退せざるを得なかったことも、辞退したお子さんがショックを受けることもわかります。しかし、一度辞退した人が褒賞をもらえないのは仕方ないことだとわからせるのは親の仕事だと思っています。企業の姿勢だなんだと糾弾したって何の解決にもなりません。すべての人間の感情を満たす解決なんか存在ません。




































