充実した教育環境の日大付属高校
関西最難関中学のスレ
<男子>灘、東大寺、西大和、甲陽、洛南、星光、洛星
<女子>西大和、洛南、神女、四天(医志)
上記 最難関校以外でも大いに語ろうではありませんか。
洛南が関西中学受験を掻き回して、そのあと西大和が続いた。で洛南はマイルドになり進学実績が低下も最難関校の立ち位置は確保。そろそろ西大和もマイルドになり洛南の後を追うのか?その次に続くのは高槻だけど、洛南,西大和とは路線が違うのでどうなるのか?割を喰ったのは洛星・神女・四天王寺。東大寺は2日目西大和のお陰で洛南との灘次点争いに勝利し第二灘の位置を確保。
90年代は洛南も凄かったけど、洛星もまだまだ凄かった(数の洛南・率の洛星)。京大100人超に加え府立医大・市大医・滋賀医だけでひとクラスくらい進学してたかと。90年台の京都が30年後の奈良にシフトしてる感じかと。
モーレツが普通だった時代と今を同じには見れないですよね。
日本の高度経済成長期にあたる1970年、会社員たちは朝から晩まで猛烈に働いていた。オフィスの壁に「売り上げ倍増」「大躍進」などと書かれた張り紙がびっしり並ぶ時代。番組では、驚愕の「モーレツ社員」ぶりを当時の映像で紹介していた。
日本初の本格的な歩行者天国が、東京・銀座などで実施された1970年。美女のスカートが風でめくれてパンチラする石油会社のCMから「モーレツ」が流行語となり、猛烈に働く会社員たちは「モーレツ社員」と呼ばれた。
当時のタイムカードを映した映像では、「夜は連日午前様だ。そんなすごい会社がある」というナレーションとともに、退社時間が連日午前2時台から4時台になる超ハードワークを堂々と披露していた。
朝はモーレツに混みあった通勤電車地獄で、ドアが閉まりきらないほどギュウギュウに押しこめられた電車の中で、靴やボタンをちぎられる人も多数。箱にはボタンや片方だけの靴が盛られており、一体あれをどうするのだと思う。
会社に着けば、モーレツな朝礼が待っている。軍艦マーチの節で声を揃えて歌いだすのだ。
「今年4500台/同年同量頑張ろう/達成手当を目標に/海外旅行を目標に」
朝から晩までひたすら営業。午後10時半に女子社員が退社し、11時半に営業社員が社に戻ってくる。これで終わりかと思いきや、深夜1時から営業会議だ。家に帰るのは1週間に1回だけで、「まるで出征兵士の心境だ」と無情なナレーションが続く。
確かに1970年といえば、終戦時に20歳だった人が45歳で営業の最前線に立っていた時代。「出征兵士」という表現がリアリティをもって受け取られていたのだろう。
とある学年の生徒の成績を議題に体育教師を含めた全教員が参加して会議をする。全教員の前で成績の悪い教科担任が校長から詰められる。いったいどうなってるのか。どうするつもりなのか。
結果、ある教員は早朝からボランティアで補習をする。ある教員は課題を出さない生徒の親に電話をして提出を催促する。ある教員は課題提出状況を教室に掲示する。
そして学園長はメディアに語る。うちは東大の数にこだわってます。出世して校長になったのは東大合格者増加の功労者。
これが本質。長年こんなことをやってきた組織の風土が簡単に変わるとはたしかに思えない。実績が落ちるとすれば方針転換は言い訳。単なる質の低下とみるべき。
以前のモーレツ主義にはもう戻れないですよ。
もう西大和は2-3年前とも雰囲気変わってきてます。
休みが増えて授業時間も減った。定期テストの翌日も休校日になった。(たぶん先生の採点時間確保のためですね。)先生も定時にさっさと帰宅する。(以前は夜中の12時まで残っている教師も少なくなかったらしい。)
動画の卒業生の頃ともすでに違う。
昨年、校長が変わった影響が大きいと思います。創業時のメンバー全員が第一線から退きました。
一旦この流れになれば、以前のモーレツ内な校風には戻れないですよ。教師も楽に慣れるから。あなたの言い分だと今の世代の教師がブラック労働に従事するとでも? 無理ですよ。
モーレツ主義というのは成長期に莫大なエネルギー(犠牲)を費やすことで可能なんです。
まあ設立時から30年以上もよく持ったと思います。田野瀬先生が40代で学校を作って教師の尻を叩き続けたんだと思います。もう息子さんに代替わりしてる。岡田先生が引退すれば、モーレツは完全終了です。






























