在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
光市母娘殺害事件について
連日報道されていますが、光市の母子殺害事件の裁判の行方について
とても心が痛みます。
殺したのが一人だから死刑にならない、殺意がなかったと考えるから
致死罪であって殺人罪ではない。被告に付いている弁護士団はそういっています。
死刑廃止論を唱えるのは自由だけど未来がある人間二人をあんな形で死に追いやっておいて
7年そこそこで社会に出られる無期懲役ですむなんて、考えられません
弁護を請け負った人たちは本当に家族を愛したことがあるのだろうか、自分の人生の一部
であった愛するものを全くうらみもない他人に殺されたらそんな事思えるのだろうか?
テレビで弁護士の一人が言いました.「たとえ殺されなかったとしても交通事故で
なくなっていたかも知れないし、」絶句しました。
人間をいったいなんだと思っているんだろう。
法律の中にいて法律ボケして根本にある人間のあり方や愛を忘れているとしか思えません。
そのとおりだと思います。「たとえ殺されなかったとしても交通事故で・・・」って
なにを言っているのでしょうか。交通事故で亡くなるのと、通りがかりの暴行目的の
人間に家族二人をいっぺんにつれていかれるのとでは、同じに考えられるわけがない!!
弁護士も質が落ちているようです。やりきれません・・・
刑務所の中から加害者が友人に書き送った手紙、
あれは裁判で考慮されないのでしょうか?
「犬が散歩してたら、可愛いメスがいて、やっちゃった…これが罪になるか?」
といった記述をはじめ、加害者の夫を侮辱し、
刑務所を甘くみたり、出所後にまた再犯するような発言のオンパレード。
1年以上も刑務所にいながらあれを書いた人間に、
更正の可能性がまだあると思えるなら、
いったいどんな更正プログラムが考えられるのか、聞いてみたいものです。
私も、事件当時からずっと気になっておりました。
奥様と、お子さんを亡くされた若きご主人のやるせないお気持ちを事件当時から、
テレビで訴えておられましたよね。
昨日、最高裁で「死刑」もありうると裁判長が言ったと言うことで、
やっと、少し日本の司法にも望みがあると感じました。
少年は、事件当初友人に、「未成年だから、7年後には出られるから・・」と
か、反省の微塵も感じられない手紙を送っていましたよね。
可愛い奥さんを殺められ、幼い赤ちゃんが親の異変を感じ泣くと、頭から突き落としたそ
うです。それでも、ママのところに必死で行こうとし、挙句の果てに紐で首をしめられて・・。
でも、代わった被害者側の弁護士は、奥さんはたまたま死に至って、赤ちゃんを泣き止ま
そうとして、首に紐でちょうちょ結びをしただけ・・・と言っていました。
敏腕の死刑反対派の弁護士だそうです。
何が、死刑反対・・でしょう。
もし、自分の身内が同じ目に合っても・・・同じ、聞くに堪えない、非常識な弁護で
加害者を弁護するのでしょうか?
もう拳に力が入って、いい大人が、誰が聞いてもめちゃくちゃな弁護に、
これが菊のバッチを胸につけている人の言うことだろうか・・・ともう呆れてしまいました。
これで、「死刑」の判決が出なかったら、もう、日本の司法は終わりだと思います。
日本の司法さんへ
誰が聞いてもめちゃくちゃな弁護ではないと思います。
たとえば、首についていた指の締め跡のことなど
今まで知らなかったことが、色々と出てきました。
そうなると、今までの裁判がはたして正しかったのかどうか...
いや、もちろん、人殺しが良いなどと言っているのではなくて
いまの争点は、殺意があったかどうかですからね。
難しいところのようですね。
感情と司法との狭間で被害者と被害者のご家族は本当にかわいそうです。
でも、法廷は復讐の場ではないという言葉は、とても重いです。
この裁判は、被害者のご家族の感情を考える意味でも大切な裁判だと思います。
死因や首の締めあと、殺された状況など
今まで散々調べられ、弁護士とも話し合いがもたれたのに
手が滑った、泣き止ませようとちょうちょ結び、など
一度も全く出てこなかった解釈ですね。
少年も今までは殺意を認めていました。
「それが今回「傷害致死」「死体損壊」などという無理矢理な解釈が出てくるのは
どうやら少年であっても死刑が適用される可能性大。と見た弁護側が
死刑に繋がらない罪状にもっていきたいための苦し紛れ。
ある意味当然だが、これが通るとは弁護側も流石に思ってないでしょう」と、元弁護士が言っていました。
プロから見ても無理があるんですよ。
おまけにこの弁護士さん
地下鉄サリンの弁護のときは
「細菌実験をしただけで殺意はない」と妙な発言をしてるそうです。
もはやなんでもありの人なのでしょう。




































