女子美の中高大連携授業
光市母娘殺害事件について
連日報道されていますが、光市の母子殺害事件の裁判の行方について
とても心が痛みます。
殺したのが一人だから死刑にならない、殺意がなかったと考えるから
致死罪であって殺人罪ではない。被告に付いている弁護士団はそういっています。
死刑廃止論を唱えるのは自由だけど未来がある人間二人をあんな形で死に追いやっておいて
7年そこそこで社会に出られる無期懲役ですむなんて、考えられません
弁護を請け負った人たちは本当に家族を愛したことがあるのだろうか、自分の人生の一部
であった愛するものを全くうらみもない他人に殺されたらそんな事思えるのだろうか?
テレビで弁護士の一人が言いました.「たとえ殺されなかったとしても交通事故で
なくなっていたかも知れないし、」絶句しました。
人間をいったいなんだと思っているんだろう。
法律の中にいて法律ボケして根本にある人間のあり方や愛を忘れているとしか思えません。
本当に何度見ても腹が立ちますね。
どうしてこんなに長い時間かかるのか、しかも極刑は下されないかもしれない。
こんなシステムでは日本はこれからもっともっと酷い社会になってしまうでしょう。
許されて良いはずのない人間が軽い刑になるなんて!
弁護士のご家族が、偉い人のご家族が同じような事件に巻き込まれたとしてもこうしてノロノロ進行するでしょうか。たぶん違うと思います。
何の罪もない人が被害者となり、その人のための裁判のはずなのに、裁判をすることで更に屈辱的な思いをされているなんて、気の毒で涙が出ます。
イギリスで、小学生2人が、2歳の男の子を殺害した事件で、事件があまりにも凶悪だった
為、異例で小学生2人の顔写真がテレビで放映される処置が取られました。(イギリス国内で)
日本は、本当に少年法が改正され始めたのが、ほんの数年前からで、それもどんな凶悪犯罪
の犯人が十代の未成年であれば、加害者側のプライバシーは全て法で守られます。
こんな日本だから、いつまでも十代の凶悪犯罪が減らないのです。
彼らはみんな知っているのです。
何をやっても、法律で自分は守られることを。
本村さんの亡くなられた奥様はとても苦労された方だったそうです。
そして、やっと幸せをつかみ、愛娘も授かった。
本村さんと毎日、交換していた日記に、「幸せすぎて、この幸せがいつか壊れてしまいそ
うで、怖い。」と綴った日もあるそうです。
この事件は、あまりにも惨すぎます。
国民が納得する刑が裁判所から下るよう、心の底から祈って止みません。
赤ちゃんが、生きていれば、もう、小学2年生なんですよね。
本当に、可哀相です。
そして、何故、こんなにも日本の裁判は進行が遅いのでしょう。
このまま、裁判が、高裁に差し戻されたりしたら、
日本の司法制度の欠点と言わざるをえませんね。
現在の法務大臣が死刑反対者であることも、何かしら影響しているのではないでしょうか?
大臣に就任した時の就任会見で、「死刑執行の書類に印鑑を押すつもりはない」、
と発言し、問題になりましたよね。
法律で死刑が認められているのに、何故、死刑制度廃止論者などを法務大臣に選ぶのでしょうか。
先日、死刑執行に至るまでの過程のレポートが、読売新聞に特集されていて、
とても興味深く読みました。
死刑が執行されるには、通常、何年もかかりますが、
その間、(確か)裁判所の係員が、もう一度、死刑囚が犯した犯罪を、調べ直すのだそうです。
死刑囚の小さい時からの生い立ち、被告となるまでの過程、事件記録、裁判記録、など、
すべてをもう一度、調べ直し、
生まれた場所、育った場所、事件を起こした現場、
などなど、すべて、もう一度調べるそうです。
冤罪の可能性も含めて、だそうです。
それは、「本当に、この死刑囚を死刑に処してもよいのか?」を判断する為だそうです。
そして、すべてを考慮しても死刑に処すべきである、と、判断されて初めて、
何千ページにも渡るような分厚い書類と一緒に、死刑執行の書類が法務大臣に届けられる、のだそうです。
たとえば、再審請求が起こされていたり、反省の情が深かったり、
その場合は、死刑執行の書類は作られないそうです。
ですから、死刑囚の中でも、実際に死刑に処される人数は、毎年ごくわずかですよね?
何年も、何十年も、執行されないままで拘置所にいますよね。その理由がわかりました。
でも、裁判で死刑が確定しても、もう一度、調べ直すなんて、変ですよね。
実際に死刑を執行する場には、
裁判所からも、立会い人が行くことになっているそうですが、
誰も行きたがらないそうで、その時の最も新人の立場にいる者が行くそうです。
犯罪被害者が「やられ損」のような社会があっていいはずがない。
ほんとうに酷い事件だと思います。
この国は被害にあった側よりも罪を犯した側の人権が擁護されているような気がします。
これほどの犯罪を犯した者の更正・・・この国でそんなことが本当に可能なのだろうか。
だいたい事件を犯すような犯人には、必ずなんらかの原因があり、やっぱり幼少の頃に
親子の絆が希薄だったり、と言うことがあるんですよ。
まともに親から愛情を注がれて、人の痛みとかちゃんと親から学んでいる者には、理性
が育って、犯罪を犯すケースが少ない。
そんなこと言ったら、きりが無いですよね。
みんな、生い立ちに原因があるからと軽減ですか?
だったら、本当にこの国はやられ損の国で、加害者大国ですね。
ゆるせない!!
-----------------------------(引用)----------------------------
先月、上告審弁論をドタキャンした安田好弘弁護士、
今回は出廷したのですが、その主張に目が点ですよ。
・騒ぐ弥生さんを黙らせようと口を
押さえたつもりの右手がたまたま喉にいった殺意はなかった
・性行為も弥生さんが死んだ後に行われたため
強姦には当たらない
・赤ん坊については泣き止ますために首を
紐で蝶々結びしようとしただけ
・「(検察は)被告を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている」
・よって1審、2審の無期懲役は厳しすぎる減刑すべき
引用先(TV画像貼付けあり)
http://www.enpitu.ne.jp/usr4/45126/diary.html
法治国家である以上、加害者の人権は保護されるべきである。ただしそれは、被害者側の人権がその何十倍も尊重され、擁護されていることが前提である。今は全く逆で、加害者は「当時18歳」として名前すら出されず、一方、被害者の方はプライバシーもあったものか、と言わんばかりに執拗に好奇の目に晒される。その精神的苦痛を思うと胸が痛むが、にもかかわらず、それを撥ねのけて敢然と正義を訴える本村さんの姿は鬼気迫るものがある。
法治国家である以上、加害者も正当に弁護されるべきである。しかし、弁護士も法曹の一翼なのであって、単に悪人の代弁者、言い逃れの教唆者であるべきではなく、究極的には判事、検察官と主に「真理の発見と正義の実現」に尽くすことが使命のはず。安田弁護士は死刑反対の個人的主張の余り、麻原弁護においてひたすら裁判の遅延と証言の抑止を画策し、その結果として現在では真実を解明する手立てすら無くさせてしまった、と言われており、実に腹立たしく思う。
被害者と被告弁護士は裁判の直接対象者ではなく、また法廷外での記者会見など裁判とは何の関係もないことだが、きちんとした姿で前を向いて明確かつ毅然として主張する本村さんと、だらしなく人を見下したような態度で横柄に応対する安田弁護士を見れば、この事件の「正義」が何処にあるか、誰の目にも自ずと明らかだと言えよう。




































