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外面のいい母(長文になってしまいました、ごめんなさい)

【406760】
スレッド作成者: 悲しみ (IP Logged)
2006年 07月 12日 22:53

 ここにしか書けないので、相談させて下さい。

 私の母は、60代半ばの今も仕事を続け、沢山の友人に囲まれ毎日
 元気で楽しく過ごしています。

 小さい頃から、誰からも「あんなに優しいお母さんでうらやましい」「怒られたこと 
 なんてないでしょう」と言われて来ました。

  母の絶大なファン、というか取り巻きのようなお友達までいます。
 「本当にあなたのお母さまは優しくて明るくて、一緒にいて
 心が温かくなります」などというファンレター?が私にまで来たことがあります。
 
 私が小さい頃は専業主婦をしていましたが、いろいろな役員をつとめたり、
 あるいは自宅を開放してPTAの作業をやったり、ハンディキャップのある人の
 ためのボランティアをしたり、あるいは悩んでいる友人のために長時間相談に
 乗ったり・・・。

 母はいつも笑顔で、明るくてきぱきと仕事をこなし(しかも丁寧)誰の陰口もいうこと
 もありません。いつも弱い人の味方、という感じでいわゆるボスタイプでもありません。
 そういう母はある意味・・・自慢です。

 が、だけど・・昔から子供のこと「だけ」には、本当に無頓着な人なのです。

 「お母さ〜ん」「ママ〜」みたいに小さい子みたいにべたべた甘えるときは、
 とても可愛がってくれます。が、少し真面目な話、たとえばどこの高校に進学するか、
 大学の学部はどうするべきか、などという話しをするとたちまち嫌な顔をされました。

 小学生のときに、指に大きなトゲがささった時があります。「痛い」と訴えても
 「そのうち自然にぬけるわよ」と抜いてくれず消毒もしてくれず、3週間ほどたつうち
 に腫れあがって膿がたまってパンパンになりました。父親が「医者に見せないと指を
 切断するようなことになるんじゃないか」と言っても「うーん」と首を傾げている
 状態。結局、指を切る、という言葉におそれおののいた私が、大人の読むような
 医学書を見ながら針を熱湯消毒して刺し、膿をだして自分で治療しました。
 
 高校を選ぶときも、「偏差値が○○なんだから、この偏差値の学校を3校受ければ
 いいんじゃない?」(押さえ、チャンレジなど考慮なし)
 
 志望校には実力が足りないから塾に行きたい、と言っても学校の教科書をよく読みな
 さい、で終わり。

 中学にいたころは私服もほとんど買ってもらえませんでした。夏になっても、
 洋服は冬の厚手のスカートのみ。服を買いたい、と言ってもそのうちね、で終わり。
 仕方なく友達と映画を見に行くのに、初夏なのにサイズもあわない分厚いウールの
 スカートで行って大笑いされたこともあります。そのことを訴えても、 
 「服装で相手を判断する人なんて、こっちから願い下げって言いなさい」とか 
 「思春期は、とくに人が自分のことをどうみるか神経過剰になるときなのよ」
 などととんちんかんな返事。
 
 学校見学に行きたい、と行っても、忙しいからそのうちね、で終わり。しかたなく
 自分ですべて見に行き、願書も学校案内も自分で取り寄せました。
 大学の学部を選ぶときも、「英語を勉強したいなら、
 英文、法律とかなら法学部ね」と言われたのが唯一のアドバイスです。
 
 きわめつけは就職活動のとき。当時は携帯なんてありませんから、家に電話を
 かかってくるのを待つだけですよね。「もうすぐ第一志望先から内定の電話があるかも
 しれないから、電話がかかってきたらすぐ教えてね」と散々言ってあるにも
 関わらず、延々友達と2時間、3時間の長電話。しかもキャッチホンがかかってきても
 話している相手に失礼だから、ととってくれません。泣いて抗議をしても、
 「本当に必要な人材だったら会社から電話が何度でもかかってくるはず」、と
 とりあってくれません。 

 何というか、本当に大事な時、必要なときに全くとりあってくれないのです。
 
 子育て中ももちろんほっておかれました。赤ちゃんが生まれて1週間は家にいてくれた
 のですが、その後、「またすぐ来るからね」と言ったきり、2度と手伝いに戻ってくれる
 ことはありませんでした。(離れて住んでおり、電車で3時間弱ほどの距離です) 

 子供が3ヶ月の頃、「今日これから行くから!」と急に電話がありました。
 ちょうど疲れ果てていた頃だし、久しぶりに外出したい、髪の毛も切りに行きたい、と
 ワクワクしていたところ、なんと母は「自分の」友達を沢山連れてきたのです。
 
 私は疲れ果てた体でお茶をだし、赤ちゃんを見せ、やっと母の友人が帰ったのは 
 夕方。楽しみにしていた外出どころではなく、私は泣いて母に抗議したのですが、 
 「だって途中で電話が切れちゃったんだもの。皆があかちゃんが見たいって
 云うから断る理由もないし・・・。」「そんなに外出したいならそのうち
 手伝いに行くわ」と言ったきり、母は2度とこようとしませんでした。

 子供はもう小学生ですが、一事友達とうまく行かず不登校になりかけたときがあります。
 私は眠れないほど辛くて、思い余って電話をして、
 「実は○○(子供)が学校でいろいろ辛い思いをしていてね」と涙声で訴えはじめた
 ところで、母の電話にキャッチホンが入りました。

 「あ、ごめんね。多分××さんからの電話だから。じゃ、元気出してね、あ、
  もしもし××さん?」

 で電話は終わりました。
 
 私は母が大好きです。母も自分のことを大好きだと思っていました。でも実際に
 自分が子供を持ってみると、自分も含めていかに周りの母親というのは
 細やかに子供のことをするのか、ということに気がつき、そして自分が母に相手にされて いないことに初めて気がついた気がします。叩かれたこともなければ、
 罵詈雑言をはかれたこともありません。

 でも時々、悲しくてどうしようもなくなることがあるのです。

 こういうお母さんを持っている方、ほかにいらっしゃいませんか?

 本当に長文になってしまって申し訳ありませんでした。これまで漠然と感じていたことを
 初めて言葉にしてみました。読んで下さった方、ありがとうございます。
   
   


 
 
  

  
 


 

【406925】 投稿者: なるほど・・・   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 08:15

訂正します。


> でもその穴埋めに外で活動して「ろくに自分のなら」
> 子どもなんて産むなよ!
> と思っちゃいます・・・

     ↓

ろくに自分の子どもの面倒も見られないなら、


でした。
失礼いたしました。

【406931】 投稿者: そっくり    (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 08:24

 家の母にもよく似ています。期待をしなくなってから、何年も経ちます。
私自身体が弱く、受診しなければならない程度の喘息だったにも
関わらず、受診したことはなく、市販の咳止めを飲まされていました。
(呼吸が苦しく寝れない夜の事、今でも覚えています。)

 発育不全の所もあったり、色々と体に問題を抱えていても、
「あなたはおばあちゃん似の体質なのよ。」で終わりでした。
受験に関しては「先生に相談しなさい。」自分で学校案内を買い、
高校受験・大学受験に備えました。

 お陰で段取り上手になり、勉強・仕事でも人を頼らずやる癖が
つきました。母は反面教師、と割り切るまでになりました。

 母自身はとても幸せそうですよ。唯一世話を焼いていた父がなくなり、
遺産で悠々自適の生活。友達に大盤振る舞いで旅行・飲み会と毎日
出歩いています。
今となっては元気でなにより、それ以上母を責める気にもなりません。

 理想とする親子関係は自分と子供達で実現できればいいのでは?
そこのところになると自信はありませんが、自分がしてもらえなかった
ことは子供にやってあげていると思います。
体の心配とか、話をよく聞く、とか、普通の母親のすることを…

【406935】 投稿者: 母は母   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 08:38

スレ主さんの

>時々、悲しくてどうしようもなくなることがあるのです。

というお気持ち、わかりますよ。私もたまにどうしようもなく
『どうしてうちの母ってこうなんだろう?』と涙が出てきます。
実家は自営しており、兄弟も3人、祖母も亡くなっておりましたので
母は『子供のことなんかかまっちゃられない』状態でした。
子供心に『母は忙しくて大変なんだから、迷惑かけないように』という
気持ちで生きてきたように思います。
兄のお嫁さんである義姉のお母さんが、『絵に書いたような日本のお母さん』
で、お料理もうまく、何より子供のことを第一に考えてくれる寛容さに
心底うらやましくなったものです。
『こんなことがあった、あんなことがあった』と書き連ねるとスレ主さん
同様、長文になってしまいそうで書けませんが。

でも、最近ではあきらめたというか、『何だかんだいっても母は母』でしか
ない、というか、そんな母を受け入れていくしかないなって思っています。
『よくあんなに子供のことほったらかしといて、3人ともまともに育った
もんだよね』と嫌みを言ってやったりしますが…。
やはり、そんな自分の心の隙間(?)を埋めていくのは、自分の夫と子供に
自分の愛情を注いでいく、そして、夫や子供からの愛情も受け取る、それに
勝るものはないように思います。

【406947】 投稿者: 私の母も   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 08:55

私の母も、私が喘息なのに、心配をするのが面倒くさいようでした。
夜中に咳き込むと「うるさいわねー、バシバシ」と背中を叩くし、
子供のことよりも、自分の仕事を充実させることが最優先で、私のことは通いのお手伝いさん任せでした。
お手伝いさんも、優しい人もいればそうでない人もいます。
甘えたくても甘えられない寂しさもありました。
でも、そんなことは母には分かるはずがありません。
だって、子供が嫌いなんですもの…
姉を産んでから二人目ができたとき、いらないと堕胎までしてしまった母です。
で、かなり年が離れてから私が出来たとき、やはり堕胎か産むかを悩んだようで、私の母子手帳は七ヶ月目まで検診がありません。
結局産んだ子供は重症のアトピーと喘息を持ったいらない子が私です。
母はここぞとばかりに私に八つ当たりをしていました。

でも、子供の私は愛されたいんですよね。今も愛されたい気持ちは変わりありません。
それでも愛されない満たされない気持ちをどこかで補いたく、今度は夫にその代償を求めてしまいます。
ご主人が心の癒しとなってくださる方は、幼い頃の寂しい気持ちを補えると思うのですが、
うちの場合、夫は自分の趣味に没頭するあまり会話もろくにありません

自分の趣味を作れば、自分の生き方さえしっかりしていれば…と思いつつ、発狂したくなり自虐的になる自分もいます。



【407001】 投稿者: 風   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 10:57

子育てって難しいですね・・。

私は皆さんと逆で、「過干渉」の母に育てられました。
「子供は自分の言いなりになって当たり前」と思ってる人で、さびしい思いをしたことはありませんが、うっとうしかった。

で、今はほぼ絶縁状態です。

皆さん、もう大人なんですから、母親のことはあきらめましょう。そして反面教師にしましょう。
私は、「母にされていやだったこと」は子供に絶対しません。

実の母といえども、しょせんは別々の人間なのです。

【407028】 投稿者: 親子なんてそんなもの・・・   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 11:36

スレ主さんが同じような境遇の方のお話をお望みでしたら
スルーしてください


親子なんてそんなものですよ
ろくでもない親からろくでもない子ができたり
ろくでもない親から立派な子ができたり
立派な親から立派な子ができたり
そして、立派過ぎる親に育てられ、親を超えられず
悩んで、苦しんで、自立できず大人になれず・・・


子は親を選べず、親もまた子を選べず
育てたように子は育たず、
愛されたいと望んでも親は子供の望みをかなえてくれない。


親が無償の愛で子供を育んでくれるのは理想です
でも、世の中そんな人だけが親になれるしくみはないです。
誰だって親になれてしまいます。


何人かの方がおっしゃってるように
あなたがそんな親と同じにならなかった
反面教師にそんな親を持ったことを
前向きにとらえましょう。

自分で学校を選ぶ力がついた、
体の不調を自分で対処できる能力がついた
子供を産み育てるのに一人でがんばれる事がわかった


お母様のおかげで、すばらしいあなたが出来上がったんですよ。
虐待されたわけでもなく、食べ物がなかったわけでもなく
人の親になれたんですよ。
親子関係にこれほどまで深く考えられたのは
あなたの環境です
何も考えてない人は幸せでしょうが
自分の子供に何か間違いを犯しても
気づかない可能性もあります。
少なくともあなたはそれを回避する考えをお持ちです。



偉そうに書きましたが、
私は、といえば母の外面のよさに小学生の時に嫌気が差し
中学生の時に女の部分がみえて、寒気がし、
高校生のころには早く外にでて一人暮らしをすることばかり
考えてました。
でも、世間的にも父や兄にもたぶんそんな事を考えてたとは
見えてないと思うほど、普通にしてました。

今は、母も普通の人だったんだなと思うくらいで
困っていたら助けるし、お茶をのんで世間話をする
大人の関係です。
本当に偉そうにすみません。
お気にさわったらごめんなさい。

【407166】 投稿者: エニアグラム   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 15:26

うちの母も、スレ主さんや他の何人かの方と同じようなタイプでした。長年のわたしの
「満たされなさ」のようなものも、同じような感じかなーと思います。
過干渉とは、また違う辛さがありますよね。


大人になってから、母を理解しよう(いったい、どういう論理で動いている?)として、
色々な本を読んでみて、『性格のタイプ』(リソ&ハドソン著、春秋社)という本を
図書館で見つけました。かなり分厚い本です。
エニアグラムの本なのですが、普通の9つのタイプがさらに細かく段階わけしてあります。
この本のなかで、「あー、お母さんはタイプ7だわー」と、あまりによくあてはまる記述に行き当たり、
それを繰り返し読んで、しみじみ腑に落ち、それ以来、母にないものを求めるということをしなくなりました。


皆様のお母様が必ずしも、タイプ7とは限りませんが(タイプ2の方も多いかも)結構、参考になりますよ。
それに、この本は自分自身を理解するにも役立ちましたよ!
ちなみにタイプ7というのは、「自分の外側に常に楽しみを求める人」で、タイプ2は、
「人のお世話をして、感謝されることに生きがいを見出す人」です。どちらも、家族を
おろそかにしがちです。

【407182】 投稿者: 愛されたくて   (IP Logged)
投稿日時:2006年 07月 13日 15:54

同じ思いをされてきた方がこんなにいらっしゃることに驚きました。
私の母も自分が一番大切な人でした。
小さい時からまず母が美しく着飾り、次に子供の世話という順序でした。
自分の友人が遊びに来て私の玩具等を欲しがると考えもせずにあげてしまい、
口答えすると「欲張り」と言われました。
「あんたは独占欲が強いのよ」とも言われました。
母にとっての私は一言で言って「厄介者」でした。
家ではいつも怒られ罵られて育ちました。でも一歩外に出ると女優のように優しい笑顔になるのです。
ですから、他人からは「良いわね。美人で優しいお母さんで」「文句言ったら罰が当たるわよ」とか
言われました。
本当は違うのに。

私はとにかく寂しくて寂しくてしようがありませんでした。
幼児期は自家中毒になり思春期は摂食障害になり、大人になってもいつもノイローゼ気味です。
この満たされない気持ちはどうしようもありません。
母はいつも美しく沢山の友人に囲まれて幸せです。
おそらく私がこんな気持ちを抱えているとは夢にも思わないでしょう。

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