在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
子育てって本能的なものでしょうか?(母への愚痴入り)
関西在住の40代で現在5年生の子どもがいる母です。
過去に、子どもがまだ幼児期だった頃に、子育て友達に話してみたことがあるのですが
その時にはあまり共感してもらえなかったようなのですが投稿させて頂きます。
ズバリ一言で言うと「子育てって本能的」なものではないでしょうか?
子どもが幼児期の頃には思い出そうと思っているわけではないのに
不思議と、自分の幼児期のことが思い出されました。
そういえば、あの時に親がこうしていた、ああしていたなど、とりとめのないことです。
子どもが学童期になれば、自分が育てられていたように
自分がそのようにしたくなくても無意識に同じような子育てをしている私がいます。
親に言われて嫌だった事を言わないようにと、頭では分かっていても
感情的になった時等、知らず知らずのうちに同じ事を言っていたりやっていたり・・・。
これについては、虐待なども含めてよく取り沙汰されることですが。
それ以外にも、当時の事を(特に嫌な事や不安なこと)無性に思い出して悲しくなったり
不安で、いてもたってもいられなくなったり
何と表現していいのか分からないのですが、罪悪感のような気持ちが湧きあがったりすることもあります。
過去の話になりますが、
私の場合は母親に金銭的にケチられたという気持ちがとても強くあるのです。
また、弟と比べると私には厳しくあまり可愛がられずに育ったようにも感じます。
もちろん、愛情はあったのでしょうが、例えば欲しい物があっても
「あんたみたいに欲しがられると買う気がなくなる。黙っていれば買ってあげるのに」
(言わなければ、決して先に気付いて買うような母ではありません。)
「そんな余裕はないから買えない」等、かなり惨めな思いをしました。
当時、、両親は共働きでしたので、そこそこの収入はあったと思います。
父親はゴルフに行ったり趣味を満喫していましたし、母も何かと時間のある時に
習い事に行ったり高級な服を買っていました。
それは通勤にも必要だったのだと思いますが、その時に何で私には買ってくれないのかと尋ねると
「学校は制服があるからいらないでしょ。欲しければ将来自分で稼いで買いなさい。」と言われてやるせない思いをしました。
日常の服もほとんど持っていなかったです。
進学時も「○○(弟)の出来が良くないからあんたは必ず公立に行きなさい。
二人も私立には行かせられないから。」と大変なプレッシャーをかけられて
すごく負担に感じて受験(高校)前日は一睡も出来ずにとても辛い受験でした。
誕生日でさえも、小学生の頃は母は家におりましたので祝ってくれていたのだと思いますが
それ以降(仕事に行くようになってから)は、忘れられたり覚えていても
忙しかったのでしょうが、帰ってこられないことも多く
それならそれで、他の日に家族で祝うとか方法はいくらでもあったと思うのですが
私が自分で「今日は誕生日やで・・・」と言わなければ何もしてくれない母だったのです。
逆に父はプレゼントを買って帰ってくれたりしていましたので、父の優しさに救われた思いはあります。
前にも他スレで同じような内容を少し書いた事があるのですが、言葉でプレッシャーを与えたり
過干渉で攻撃する割りには、普段は放ったらかしの親でした。
子どもや、子どもの教育に関心がなかったのだと思います。
これらが未だにトラウマで、自分の子育てを通じてそれらの事が思い出されて、
子どもは思いっきり可愛がり、大事なイベントは忘れずに祝ってやりetc.
決して金銭的な事でプレッシャーをかけないように心がけたいと思っているのですが
その反面、つい「高いお金をかけて塾に行ってるんだから頑張りなさい」等と
余計な言葉が口をついて出てきます。そして大変後悔します。
また、可愛がろうと思っていても、どこかで放任だったり逆に過干渉だったりするのです。
このような過去の不満を思い出したのも、子どもが生まれて子育てをしている時に不思議と思い出されたのです。
それまでは、心の中に封印されていたのでしょうか、思い出すことはほとんどありませんでした。
「子育ては本能的なもの?」というスレにしたかったのですが
色々と思い出してしまい愚痴っぽくなってしまいました。
すみません。
愚痴は無視して下さって結構です。
自分の過去の事が、子育てを通して不思議と思い出されるとか、
そのせいで気持ちが乱れたり、あの時の親の気持ちはこういうことだったのだと気付いたり
知らぬ間に親と同じ事を言ったり、したりしている自分に嫌悪感を感じたりするということは
やはり野生動物同様に、人間も動物でありどこか本脳的に子育てをしているんだなあと
感じてしまうのです。
皆さんは、このように感じたりすることがありますか?
沢山の御意見どうもありがとうございます。
読むのに時間がかかり、お一人ずつには返信できませんが全てが心に響きました。
なかなか身近な人で内面的な内容の話を出来る人が少ないので嬉しく思います。
それに、ここを利用されている方々は子育てや教育を真剣にお考えの方が多くとても参考になります。
前置きが長くなりましたが、
皆さんも私と同じように、自分の意思とは関係なく過去を思い出す経験があるとの事で少し安心しました。
今までに、軽い感じの乗りで友人に話したことはあったのですが
「へ〜そう?」というような感じで、あまり共感を得られなかったようので
もしかしたら自分だけなのかな?と少し心配になっていました。
子どもは5年生の女子ですが、最近過去の自分に妙に似てきた気がしています。
赤ちゃんの頃から自分なりに手をかけて大事に育ててきたつもりなのですが
さいきんは反抗期にも入り難しくなってきて、お互いにストレスを与え合っているという感じが辛く、
そんな今の時期にまた以前のように辛かった過去を思い出した次第です。
もしかしたら、親子関係が平和で良好な時には思い出さないのかもしれませんね。
「感じます」さんの「生き直し」という言葉にはうなずかされました。
まさにその通りという感じです。
子どもと共に、自分の子ども時代をもう一度生きなおしていると言えるのかもしれません。
次に、地味子さんの経験談を拝見して、自分の甘さを痛感しました。
ろくに家事をしない所はウチの母と同じです。(‥;)
あまり家庭的ではなかったのです。
「家事や育児の煩わしさから解放されたかった」と以前聞いた事がありますから。
「家の事を少々真面目にやらなくても父からうるさく言われないので働きに出る方が楽だった」とも・・・。
「出来ない」さんの仰る事も分かります。
>ですが、スレ主さんと違うのは嫌だったことは子供に言わない、しない…のが私の信条です。
私も同じ信条です。(気持ち的には・・・)
「出来ない」さんの次のレスで「サルの子育て」さんが代弁して下さったのですが、
いけない!と思っていても、感情的な場面になると「心の底に巣食っている過去に母から刷り込まれた負の子育ての方法」が
つい出てしまうので自己嫌悪に陥ってしまうのですよね。
子どもが生まれた時に、母を反面教師にして「決して同じようには育てない、逆のやり方で育てる」と決意していたのですが。
それでも感情に負けてしまって出来ないのは意思が弱いのでしょうか。
おそらく、虐待を繰り返す人も同じなのだと思います。
「わたしもみじめ」さんの仰っている事も今の私にピッタリ当てはまるようです。
私の場合も、例えば子どもが熱を出したりすると驚き、可哀想で仕方がなく、
なのに何故か怒りがこみ上げてくるのです。
それで、熱の原因を「親のいうことを素直に聞いて早く寝ないからだ」とか
「好き嫌いをして食べ物を残すからだ」など子どもを責めてしまいます。
そのように一通り思い当たる原因を論い、ようやく怒り口調で「ずっと寝ておくこと」と
娘に命令してしまいます。(その後は一応優しくフォローしますが、口から出た言葉は戻らない)
本来なら優しく穏やかに子どもを安心させてやらなければならないのに・・・。
>「自分がされて嫌だったことは、子供にはしない」ということが
>当たり前のように語られてしまうと
>少々、つらくなります。
同感です。できる方が心から羨ましく思います。
子どもを潰してしまわないか心配です。
「お内裏様」のような親子関係なら理想的ですね。
是非コツを教えてください。
最近ふと、子どもをもう一人産んでおいたほうが良かったのかと感じるようになりました。
二人目を考えた時に、自分のなかで上の子(今の娘)を過去の自分のように
邪険に扱ってしまわないかという不安がとても大きく、体調があまりよくなかったせいもあり
どうしても二人目を決心することが出来ませんでした。
しかし時、既に遅し・・・。
月のものも規則的でなくなりパワーもなく、おそらくもう二人目は産めないことと思います。
「産まない」と思っていたのですが、「産めない」となると残念な気がします。
今日はここまでで一旦終りにさせていただきます。
明日出かけなければならないので、そろそろ寝なくては・・・。
引き続き楽しみに皆さんのご意見をゆっくりと拝見させて頂きたいと思います。
ありがとうございます。
になる、ということは、育てていく中での学びから意識するもの、その度合いも経験や、感じ方で違いますよね。。その意識は個人差もあるし、環境的なものや、個々に抱えているストレスなど、、大きく左右されるものでしょうね。
私たちも親になりましたが、またその親、というのも、客観的に一人の人間、特に母親の場合、ただただ女性と考えてみると、答えが見えてくる場合があるように思います。父親の女性関係だったり、姑との確執など、様々な問題が背景にあったかもしれません。それも今現在よりも閉鎖的な時代です。こうして、ネットなど、思いを吐き出せる場も少なく、心の奥底に大きなストレスを抱えていたかもしれません。私たちの親の親を考えてみれば、戦争も体験していて、国に踊らされ、子育ても食べていくのにただ必死、ということもあったでしょう。感性や、気持ちを育てる、というところでは、何かが抜けている時代だったかもしれませんね。。戦争によって、文化も、美意識も、和の心もなくしてしまった時代に育ち、それを思うと、どこか欠けていても仕方ないのかもしれません。自分の買い物に走ってしまうい、我が子よりも自分が大事、それも仕方ない背景があったのかもしれない。父親にしても、今も国会で女性蔑視などの問題が浮上していますが、私たちの意識とはまったく違いますよね。。
父親にしても、またその父親のことを冷静に考えれば、戦争のために男を大切にしてきた世の流れが大きく、その中で、女性は生きてきたわけで、かなりストレスは大きかったと思いますよ。。同じ女性、と考えると可哀相な時代に生きてきたのかな、、とも思います。
実家の母の姑、という見方で祖母を振り返っても、祖母も大変だったし、また母も大変だったように思いますから。私たちの時代とは、もともと意識が違う。子育て、もやっぱりもともと意識が違うのかもしれません。それにプラスで、女性としての意識が強い人なのか、親としての意識が勝るのか、個人差があるのですから、様々ですね。
同じようなことがあったとしても、やはり違う、と思います。私たちは、物には恵まれているこの時代で、先代の母達よりももっと、精神的に、魂的に大切なことに気付き、子供たちを育てていけたらいいですね。
色々なこと、悲しい経験も糧に。。自分を責めすぎることなく、日々の反省は大事にしながら少しでも前向きに子育てしていくのが、大事かな。。
わたしもみじめ さんへ:
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> たとえば、子供が転んだときに
> 「痛くない、痛くない」
> 「そんなことで泣かないの!」と言われて育った私は
> 咄嗟に、その言葉がでそうになります。
> 「大丈夫?痛かったね」と言った方が良いというのは
> 育児書で学習していますから、
> もちろん、そういった言葉を子供にかけるよう心がけてきました。
>
> でも、「大丈夫?」という言葉が自然に口から出る人もいるんですよね。
> 私は、子供が泣いた時に、子供を心配するのではなくて
> まず、自分が不愉快になってしまいます。
> なので、そういった自分の感情をコントロールして、自分の感情を抑えこんでから、
> 子供には、自分が子供時代に言われなかった優しい言葉をかけてやっていました。
> 普通なら、自然にできることが、
> 私には、努力しなくてはできないわけですから
> そのストレスはたいへんなものでした。
> それを何年も続ければ、「優しいお母さん」が身につくようになるかというと
> そういうわけでもありません。
> いまだに、「優しいお母さん」になることはストレスです。
>
>
ご自分のことがわかっていて、たいへんな努力をされていることに敬服します。
私は両親に愛されて育ったので、まさに自然に子どもを愛せました。
子どもが転んだときは、「痛くないよ」と言いながら、やさしくひざをさすって
「はい、治った」と言うと、子どもはすぐに泣き止みました。
子どもが生まれたとき、斎藤学さんの本を読みました。
子どもを愛せない親に関するもので、すでにここでも語られている虐待の連鎖を
扱ったものです。
幸い、私には縁のない話なのですが、辛い思いをしておられる方がおおぜい
いらっしゃることを知りました。
どこかで止めなければ連鎖は永遠に続いてしまいます。カウンセリングなどを
利用するなど人の力を借りて、あるいはこういう場で経験を話すことを通じて、
少しでも良い方向に向かっていけたらと思います。
私は自然に様。
これは、、みじめな思いをしたことがある人間でないと、難しい問題かと思います。
敬服されても嬉しくないんですよね、、実際。。私は愛情をもらったから自然に出来る、とか幸い私には縁がない話、など、、その言葉でみじめさんが傷付かれるかもしれない、そういう想像力が少しばかり大切かと思いました。
みじめな思いを持つことはかなり辛いものです。
私は、同じように、辛い思いを抱えていたことがありますが、私は、成人後、母親にやはり今までのことを謝って欲しい、ただそれだけで全て許せる、と思い、それまでの辛い思いを伝えたことがありました。
吐き出した、というほうが正しいです。
常に、どんなに慕っても足蹴にされるばかりの子供時代でした。
女に生まれてきた私に、男が欲しかったのに、とか、どうしようもない子、といつも言われていました。泣き虫だったし、臆病な子でしたから、母とは正反対で、本心で嫌いだったのでしょう。好き嫌いもはっきりしていて、常に物質的なものの考えが強く、母であることよりも、女性であり続けたい人です。
悲しかった、辛かったみじめな全ての思いを告げた時、母は、結局自分を保守することに徹し、生まれてきて悪いのも私、で終わり、その時は強いショックを受けました。
ですが。。
実際に、親に吐露したことで、スッキリしました。克服できたと思います。
私は親とは違う、まったく違う人間なんだと。。価値観が違う、人生観が違う、似ているところも親子ですからありますが、でも、一番大切に思う信念が違う、ということに気が付くことが出来ましたよ。
きっぱり、サッパリと、親から心が巣立っていけたように思います。
それまで思っていた、いつまでもしがみついていたいとか、親の愛情をもっと欲しいなど思わなくなりました。もっと違う世界に目を向け、前向きになれたと思います。
親と似ているから出来ない、愛情をもらっていないから出来ない、というトラウマも克服です。
私も、分からない、出来ないなりでも自分の中で一番の愛情を子に注いでいますが、子はわかってくれているように思います。逆に子供から教わることも多いですね。今では、あの頃辛かったからこそ、幸せが分かる、とも思っています。
まずは、ごめんね。。と一言ももらえないかもしれないけれど、それが無理でも、思いを一度ドーンと(笑)吐露することで、克服できるかもしれません。
江原啓之さんの本では、親であっても、子よりも魂の年齢が少ない場合がある、(人間として、生まれている回数が違う)ということですよ。親、であっても、いつまでも子供のような人もいるし、生まれながらに落ち着いている人もいますから、そこはそうかもな、とおもうわけです。わざわざ辛い修行をするために、人間に生まれてくるのも、親を時代を選んでくるのも全て、自分自身の魂だそうです。
課題、と考え、克服できる道を探すことが大事ですね。。
催眠退行療法というのもあります。
ああされた、こうされたと覚えていること以外でも、自分でも気付かないところでトラウマを持っていることもあります。あまりにもひどいとそのこと自体、忘れようと防御する場合がありますから。退行して、その感情を吐き出すことで、克服できる例が数多くあります。
悩んで悩んでいてもどうしようもないこともあります。
慰めてもらうのではなくて、同情してもらうなどもなくて、自分でその壁を乗り越えることが出来る方法がある、ということを考えてほしいと思いました。
私も以前、まったく違う会話から母に対して憎悪が湧き出してきて、思いっきり母に今まで思っていたことを吐き出してしまいました。
それを聞いた母は謝ることもなく、この歳になって子供にこんなふうに思われていたなんて。。。とショックだったようです。
が、私は母に悪いことを言ってしまったという後悔よりもとてもスッキリした感覚に自分でも驚きました。
それからは、ポジティブに物事を考えられるようになり、母に対しても生きていてくれるだけで幸せと考えられるようになりました。
親さんのお話、とても感動しました。
親とは違う人間だと思えることで、親さんは、もう一度生まれなおしたというか良いほうに
覚醒されてすばらしいです。
最近こうした親子の確執は、「風林火山」「華麗なる一族」でも、永遠のテーマのようになんども
繰り返しドラマになほどですね。
アメリカの大統領も親子の確執で苦しまれた方もいるようです。
思えば、親を乗り越えてきたからこそ人類は進歩してきたのですし。
親を乗り越えることは、楽にできることではありません。
今の学校教育でもこうした面での教育があれば救われる子供もたくさんいると思います。
今、近くに養護施設があり、子供がそこに入所されてるお子さんと仲がよいのですが、
「お母さんが大嫌いだから、家に帰りたくない、でも、ここも高校卒業くらいには出なくてはならないし、不安。」と言っていたようで、本当に胸が痛みます。
どうか負けないで心からそう思います。
同じような思いにとらわれている方がおられることを知り、びっくりしました。
私の場合、私には母が厳しく、妹や弟にはそうでもないと感じていました。はっきり
嫌いだとか、言われてつらかったです。ご飯を食べるときに毒を入れられていたらどうしようかと不安でした。これは、白雪姫等の継母の影響が強いと思いますが。。
ここ数年、私がうつ病になってからですが、母から言われた言葉があります。
あんた、反抗期のない子だったから、今になって反抗してる。。と
私は、子供に厳しくしてきました。いま、病のおかげもあり、だめ母になってよかったかもしれないです。あのまま私が子供たちに良い子を要求してたらまずかったでしょう。
今、子供たちは、お母さんみたいになりたくなーいとがんばってるようです。それはそれで不安もあり、つらいですが負の連鎖って考えすぎてもできないこともあるよね。。




































