女子美の中高大連携授業
子供の黄金時代を奪ったのは誰か?
あと3日で親子板も終わる。
それにしても中学受験にかける母親の一生懸命さには
びっくりしました。少学3年よりも低学年から塾や
才能開発?を心配している親のなんと多いことか。
これはどう見ても異常だ。
子供の幸福は大学名、学歴で決まると考えている人が
いまだに大多数なのに驚くとともに子供の人生に母親が
かかわりすぎる。
子供の数が少ないため親が金をかけて子供のレールを
敷こうとしすぎる。子供はあれこれ体験したり何かに感動したり
生命を育てたりすることで様々なことを学ぶのに。
最初からブロイラーのように同質の価値観、経済力を持った
群れのなかで子育てするのは(私立小学校)子供から社会性を
育てる機会を奪っている。これでは世の中に出て世間知らずの
コミュニケーションできない人間を大量生産する。
受験勉強しかやらなかった難関中高一貫出身者は偏差値至上主義の
要領優先主義者(和田秀樹)になり、とてもじゃないがじっくり考え
何かを創造するマインドは育たない。
東大理3にそういう連中がひしめいているようだが、これでは
今後も東大医学部からノーベル賞が出ることはないと断言できる。
子供のころから受験勉強ばかりで遊んでいない連中は感性が
摩滅し、何かに感動するより模試結果に一喜一憂する子供時代を
過ごしてきている。
現状を変えるには公立が復活するしかない。
都立の復活。中学受験という3〜4年にわたる苦役からの解放。
中学受験を多くの家庭がやめるような状況になるまで都立は
合格実績をどんどん伸ばしてほしい。
それが子供に黄金時代を取り戻させ親にも経済的ゆとりが
できひいては少子化対策につながるだろう。
日比谷、西、戸山、などの関係者は是非がんばって1960年代の
都立に戻してほしい。湘南、千葉の復活も切に期待している。
一刻も早く首都圏の受験狂想曲を終わらせよう。
それがあらゆる面で日本の再生につながるだろう。
ほいさっさ さんへ:
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>
> 一生懸命受験勉強をしている子どもは「偉い!」と思うし、
> 勉強をすることによって充足感を得ていたら「良かったね」
> と思うし、
> 長い目で見て人生の糧にもなると思うけれど、
> それはどちらかというと「得」という意味での「糧」であって、
> 例えば自在にピアノが弾けるようになることによって
> 得られるような、人生の喜びになったり、心の支えと
> なったりする「糧」とは違うと思うのです。
>
そういう解釈もあるでしょうが、
「長い目で見て人生の糧にもなると思」われるなら、
それはそれで良いのではないでしょうか?
あと、ほいさっささんにのみ疑問を投げかけるわけではありませんが、
小学生時代に勉強に一生懸命だと、
スレタイにあるような「子供の黄金時代を奪った」ということになるのでしょうか?
いくらなんでも勉強だけしているわけではありません。
>長い目で見て人生の糧にもなると思うけれど、
それはどちらかというと「得」という意味での「糧」であって、
例えば自在にピアノが弾けるようになることによって
得られるような、人生の喜びになったり、心の支えと
なったりする「糧」とは違うと思うのです。
それはあなたが子供時代に音楽家を目指していなかったから安易に言える言葉。
子供時代から切磋琢磨して音楽の勉強をした人にとっては、それこそ子供時代を振り返って必要悪だったと思えるほどの練習量かもしれません。
バレリーナの卵だって同じではないでしょうか?
私には、決して勉強だけが例外とは思えません。
ほいさっさ さんへ:
> しょせん手段でしかないものを美化するのは
> いただけないなあ。
芸術もスポーツも、好きな人がやれば糧。
苦手な人にとっては苦痛。
勉強もそうなんじゃないかな?
楽しんで出来る人もいるし、
そういう人はその中から糧を得られるとおもいます。
中受しなかったら、こんなこと一生じっくり
取り組まなかったかも、という問題も多いのです。
膨大な暗記項目も、一生使うことがないものが
たくさんあります。
それが苦痛に感じるから、単なる手段と割り切って
乗り越えるのですが、中には、それを楽しめる子も
います。
そして、せっかくやるなら楽しめる子の方が得だな、と思う。
悲しいかな、苦痛に感じる子が大多数、ということだと
思うのですが、どうでしょう?
中学受験の試験問題自体が下らないとは言っていない。
特に算数の問題は、子どもを篩い分けをするための問題としては意味がある。
あれはできる子(素質のある子)とできない子(素質のない子)を篩い分けるためのものであって、あの問題を一生懸命訓練して解いても、できない子ができるようになるわけではない。
努力の時期と方向が間違っていると思う。
ずっと前の方に
月曜日に発売したプレジデントの「晩飯は水かモズクだけ、預貯金ゼロで
挑む中学受験」の見出しの内容が知りたいとおっしゃってた方いましたよね?
今日、買って読んだのですが
この方の場合は特殊な例といえそうです。
Nさん45歳。年収550万。
埼玉県内の一戸建てにお住まいでローン返済あと10年。
貯金は国内新興市場の株に投資して大損。預貯金ゼロ。
6年になって娘が中学受験したいと言い出したので
「家が貧乏だからダメと言えず」受験を決意。
家庭教師代25000円(週一回)かけて勉強中だが、なにぶん駆け込みのため
もっと回数を増やすことになりそう。
奥さんも月50000円のパートを始めたが、なにせお金が足りない。
それで食費を切り詰めて、Nさんの夜ご飯はもずくか水になったそうです。
一家の稼ぎ頭の夜ご飯が水かもずくなんて考えられない。
遅かれ早かれ、ご主人は病気になって受験は中止になりそう。
無理は禁物だとわたしは思います。
スレ主様。横にそれて申し訳ありません。
-それは-さんに深く同意いたします
ほいさっささんの考え方はかなり偏ってると私も思います。
「勉強以外のスポーツや音楽になると、子供のみが一生懸命頑張ってる、、と想像してる方が多いと思いますが、小さい時に基礎をやってなければならない芸術や、スポーツの場合、それこそ、本当に子供にはものすごい我慢を強いるものがありますよ。」
↑それはさんの言う通り!だと思います
ほんと、、ほいさっささんは、勉強以外のトップクラスの運動の選手コースの子供達や本気で音大組みを知らないから、こういう意見が出るんだと思います。
それ以外の事は子供がいつでもどんな時でも、自発的に生き生きと頑張ってるのみ。。。だと思ってらっしゃるんでしょうね。
本格的になれば、運動も、芸術もそんな甘いもんじゃありません。
そして、ほいさっさ さんがおっしゃるような
【だから、目指すは最小の労力で志望校への合格を勝ち取ること。 それしかないでしょ? しょせん手段でしかないものを】
と思って皆がみな、勉強をしていると思わないで欲しいと思います。
純粋に知識欲のある子供はいますよ。
そして、なんだか【勉強が得な人生を得るためのチケット】と、決め付けてらっしゃいますよね。
みんながみんな、【手段】として勉強をしていると思わないでもらいたいです。
みんながみんなそんな下衆な考え方で勉強をしていると思わないで貰いたいです。
うちの娘はバレエの方が勉強よりつらくなりそうなので、受験を選びました。
(ピアノは本人が強く拒否し、習うことすらしませんでした。)
どちらも特別な才能はありません。
母の私は、習い事に時間と労力とお金を掛けた方が
いいと考えていましたが、
本人の意志を尊重しました。
何もせずだらだらは選択肢として与えませんでした。
今、受験勉強でも伸びませんが、
たぶんバレエでは、
一定の能力がないと肩身が狭い、
プレッシャーが大きいと思います。
ステージでは実力の差が、誰の目にも触れるのです。
努力だけを評価はされないことが、しっかりと自覚されます。
それでも踊っていれば幸せと感じるお子さんも、一種の才能です。
一方、受験勉強では、成績の序列はありますが、
中学受験しなければ、入れない学校に行くことができます。
程度の差はあれ、ほとんどのお子さんが結果を手にします。
御三家でなくても、上位校でなくても
希望に満ちたスタートが切れます。
お稽古ごとより過酷とは感じられません。
私の母は教育ママでした。
人間を学力、成績で判断する人でした。
テレビや漫画を嫌い、見せてくれませんでした。
「勉強しろ」としか、言わない人でした。
成績が下がると、とても怒られました。
そういう母だったので、私は自分の子どもには、絶対そうしたくないと、小学生の頃から、心に誓っていました。
子どもも友達も、性格のよいところだけ探し、褒めました。
テレビも漫画も自由に楽しませました。
(ゲームだけは、条件つきでしたが、)
勉強しろと一言も言いませんでした。
(というか、トラウマとなって言えませんでした。)
成績が下がったときは、原因だけ話し合いました。
ふたりの息子は、中の上の高校に通い、兄は、芸術系大学に進学のため、勉強。
弟は高校が楽しくてしょうがなく、遊び呆けています。
子どもたちには、他の人生もあったかと思いますが、私はこれで良かったと思います。
母は私の反面教師だったわけです。
こんな親(私)もいます。




































