在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
1/2成人式
皆さんのところでも、3学期になると二分の一成人式ありませんか?
あれって、いつから始まったのでしょうか? 総合学習が始まってからですか?
実は今年の2月にうちの子の二分の一成人式があって出席したんですけど、率直に言って、違和感をおぼえました。
舞台上で子供たちがあれこれせりふを言ったり、歌ったりするんですけど、どれもこれも自然じゃないというか、
子供がこんなこといわない!ていう感じを受けました。
特に、「産んでくれてありがとう¥」、「育ててくれてありがとう」にはドン引きしました。
親として、そんな言葉は欲しくないですし、子供が自発的にそんなことを言うはずもない。
親子の言葉ではいわく言いがたい言わずもがなの感謝の気持ちとか、その表現方法があるじゃないですか?
そんなものとはまったく異質ななんて言うんでしょう、人工的というのかわざとらしいというのか。
ありていに言えば、教師がつくって子供たちに言わせている、子供たちはただ言わされているって印象を受けました。
なかには涙流して感動している親もいましたけど、私は「こんなのなんで必要なの?」という印象しかありません。
2年後には下の子のそれに出なければならないのですが、正直言ってイヤです。
学校の先生方も大変だとは思うんですけど、「産んでくれてありがとう」なんて、ご自分のご両親に面と向かって言われたことあるんでしょうか? 普通、ないんじゃないですか? 言葉に出してしまってはかえって・・・ということありますよね? そこらあたりの人間関係のリアリティーというものが、先生方というか教育現場には欠けているのでは?だから、学校の先生は世間知らずとか言われてしまうのではないでしょうか?
私は、1/2、あえて必要な行事だとは思いませんけど、皆さんいかがですか?
やるなら、いかにも「大人が作って子供にやらせている」っていうのは、カンベンして欲しいです。「産んでくれて」、「育ててくれて」は要らないです!
生い立ちって、すごくプライベートなことでしょ、
それを子供が教師から強制的に人前で発表させられるのに
違和感を感じるな。
親への気持ちだって人それぞれなのに、
教師から教えられて一律に「産んでくれてありがとう」も変。
でも見に行ってあげないのは
何の罪もなく一生懸命やってる子供がかわいそう。
違和感を感じつつも、見に行くつもり。
学校の先生がここを見てくれるといいね。
わが子の学校は、幸い教室で
クラスの人だけにしか聞かれません
でした。
内容も、これまで親からしてもら
って、嬉しかったこととか、思い出
と、将来の夢でした。
うちの子は人前で、将来の夢を言
うのが、だいっ嫌いなので、言いま
せんでした。
「お金持ちになって、いい暮らしをする」
と言っているこも居て、子どもは
「僕があんな事言ったら、ママおこるよね」と帰宅してから言いました。
親への感謝なんて、まだ出来る歳じゃありませんし、学校に仕向けられるのは、余計なお世話です。
授業ではなくPTA発のイベントでした。
子どもは親に手紙を書いていました。
家でこっそり読んで下さい、って言われました。
内容は、当たり障りのないもので(笑)。
そして親から子供へのメッセージも書かされました。
これも、こっそり読んで下さい、でした。
改めて親子で手紙を書くなんてなかったから、それなりに面白かったですよ。
確かに、みんなの前で発表、だったら、嫌だったのかもしれません。
何か、一連の書き込みを見ていると、「学校では主要教科の勉強だけ教えてくれれば良い、ほかの事はしないで」
運動が苦手な子がいて、「運動会でなぜ順位を決めないといけないの、子供がビリになるのを見たくありません、必要な行事だと思えません」と言うのと同じような気がします。
無駄と思えること、恥ずかしいと思うこと、やりたくないこと、苦手なこと、多くはこれからの人生で役に立つことだと思います。
10歳と言うと氏は、ちょうど子供たちが思春期に差し掛かる時期だと思います。女の子だとこれぐらいから友人関係でもめたり大人への反抗が出てきたりします。難しい時期ですね。
ですから、こういう時期に今までの自分というものを振り返るという試みは悪いことではないと思います。
でもやり方次第ですね。
昔子供が海外の日本人学校にいた時、そういう授業がありました。子供たちは今までの人生を振り返った時の想いを親への手紙のような形で書き、親は子どもの生まれた時からのエピソードなどを思い出して子供に手紙を書くという事が事前にありました。
そして、授業参観のとき、あらかじめ了承を得ていた親の作文が二人本人によって子供たちの前で読まれました。
そのなかで事故でずっと学校を休んでいた子供のお母さんのものがあり、大変感動するものでした。
子供の作文よりもそのお母さんの書いた文章にそこにいた皆が静かになりました。
子供に対する親の愛というものの深さが伝わったのです。
その先生はとてもいい先生で、用意周到な準備をなさる方でした。
良い授業というものは、やはり先生の準備が必要ですね。
剣さんの御解釈、
どうしたらそうなるのか、さっぱりわかりません。
どなたもあなたがおっしゃるような意味では二分の一成人式について書いておらっしゃらないと思うのですか?
勉強だけ教えれば良いなんてどなたもおっしゃってない。
二分の一成人式という行事の内容、あり方についてでは?
運動会云々なんて、まったく論理の飛躍では?
一人相撲にもみえますよ。
「皆さん、ご両親はあなたたちを産んでくれて
育ててくれたのです。感謝しましょう」
と教えるのではなく、
学校生活や日常生活を通して自然に親の努力に気づけるような
教育をしてほしい。
例えば4年生になるとキャンプで炊事をしますね、
それには食事を作る大変さを学ぶ要素もあるわけじゃないですか、
そして炊事をした子供は「いつも食事を作ってくれてありがとう」
となるのだと思うんですよ。
親が子供を育てるのは当たり前の義務。
極論すれば、子供は親に感謝しろと教え込まれる必要なんてないんですよ。
世の中にはひどい親だっているじゃないですか、
子供自身が、ゆくゆく大人になってからも含めて、
親の努力に気づけるように、
あるいは虐待をされていたなどで無理に感謝する必要はないと、
「気づける、判断できる」そういう力を養う教育をしてほしい。
皆さんの学校の様子を聞いて総合すると、
「自分の生い立ちを振り返り、両親に感謝する」
というのが2/1成人式の趣旨のようですね。
始めに両親に感謝ありき、
そういう式なら私は不要だと思います。
自分の生い立ちを振り返る、それは意味があると思います。
ただし、強制的に公衆の面前で発表させるのには反対です。
桃太郎さん、
ある学校行事が単にイベントとしての盛り上がりを追求したものや、
写真映えばかりを意識したもの等々、学校教育としての意味に疑問を感じる内容だった場合、
こうしてその行事の意義について保護者が意見を出し合うことは大切だと、
私は思います。皆あなたと同じように、子供のために一生懸命考えていますよ。
アレは、度胸試し(生徒、親の前で大きな声を出す)のイベントでしょう。
プロ野球・サッカー選手になりたい→大体、中学の部活で終る
女優・歌手になりたい→女子でダンスとか習ってる程度
医者になりたい→ちょっと塾に行ってる程度
パン屋さんになりたい→自分の好物を言ってるだけ
親の仕事と同じ→上記の夢が思いつかない子
育ててくれて・・・→上記の夢が思いつかず、親の仕事も知らない子
上の子が高校生なので、近所の子を見てるとこんな感じ。
幼稚園児の「プリキュアになりたい」とさほど変わりません。
上の子の時は、小さい教室でしたが、
体育館でやるようになりましたから、イベントとして
微笑ましく見守っていれば良いんです。




































