インターエデュPICKUP
50 コメント 最終更新:

学校の必要性

【268673】
スレッド作成者: キキイ (ID:kXEjnCigw4E)
2006年 01月 19日 21:51

最近の学校にまつわるニュースや話題を聞いていると、子供を学校にやるのが恐ろしくなります。というか、学校に通わせるメリットってどれくらいあるのでしょうか?もし家で親が十分子どもの勉強を見てあげられるならそのほうがよっぽどいいと思いませんか?いい教材も最近は出ているみたいだし、あとは地域のスポーツクラブに入れるとか、習い事で子どもに必要な教育って足りると思いませんか?荒れた学校に入って悪いこと覚えてくるくらいなら親が責任もって育てるのもいいなあと思います。まもなく子どもを小学校に入れる予定の親ですが最近学校に行かせるのやめようかと迷っています。

【270178】 投稿者: ちゃこ   (ID:GfayT2kdv0w)
投稿日時:2006年 01月 21日 13:25

おかしなことですか?ときかれると、おかしなことです。
とお答えします。

よほど、不安が大きいのでしょうか?
よほど何かいやなことが幼稚園であったんでしょうか。

勉強に限って言えば、親でもある程度は教えられます。
その部分は、学校に委託しているといえます。
でもその部分は学校のほんの一部分です。
集団生活は、親は教えられませんよね?
お友達と遊ぶ楽しさは、与えられませんよね?
親が想像もしないさまざまな楽しいことを、子供は学校で経験してきます。
たとえ、親が友達を見つけて家に連れてきても、
それとはまた違うと思います。

うちの夫もよく就学前にテレビのネガティブなニュース(ゆとり教育の話とか)を見て
「学校なんかいかなくっていいってことだな」
なんて冗談にいってたもんですが。
学校にいって色んなことを学んでくるいきいきした子供の姿を見たことない人の発言ですね。

【270180】 投稿者: おかぁ   (ID:wUEjyFo3ips)
投稿日時:2006年 01月 21日 13:29

私もキキイさんと同じでしたよ。
幼稚園と違って小学校は学区内の学校に就学するしかないのですから。


実際に入学して半年ほどは本当に驚きの連続でした。
同じ年に生まれ、同じ土地で育ってきたのに
こんなにも違うものかと思うことも度々。
おそらく別の保護者の方には私達親子がそう見られていたのでしょうね。


でも子どもって案外逞しいものです。
わが子もまもなく高学年。
授業参観などでクラスをのぞけば
昨年までは何となく幼さが抜けず落ち着きのなかった子供達が
45分の間しっかりと集中することができています。
校外学習のお手伝いに行けば
しっかりと助け合い、まとまり合おうと努力をする姿が見られます。


子どもの数が減っている今、同年代の子どもと関わりを持つのは難しくはありませんか?
学校に行けばその環境は用意されているのです。
そしてそこにいる子供達は本当にさまざまです。
その中でお子さんはたくさんのことを学ばれると思います。




【270188】 投稿者: 年配母   (ID:xo.UZbnZWuU)
投稿日時:2006年 01月 21日 13:41

でも、いい子ばかりが集まっているところでは、学ぶことが少ないと思います。

問題があるから、それを解決するために考える。
大勢いるから、知恵を出し合う。

間違った考えもある。
それを、考える。


まだ、行ってもいないのに、天秤になんかかけないでください。
どうぞ、お子さんに、広い原っぱ走らせてあげてください。


そして、どうぞ、ご自分のしつけだけを正しいと思わないで頂きたい。

【270221】 投稿者: カトレア   (ID:EZ7AB2RTQO6)
投稿日時:2006年 01月 21日 14:18

いじめや悪いことを体験させたくない、と強くお思いのようですが、自分たちの子供のころを振り返ってもいじめられたり、いじめたり、悪いことをして叱られたり、悲しい体験から学ぶことも多いのではないでしょうか。
そしてそういう悪いことをしてしまうのも「子供だから許される」=「子供のうちに学ぶこと」だと思います。
良いこと、美しいもの、正しいことばかりの中で人間は育つのでしょうか。純粋培養の面白みのないひ弱な人間になってしまうような気がするのですが。あまりにも抗菌、抗菌といって、かえって弱い体質になってしまうように。

【270226】 投稿者: カトレア   (ID:EZ7AB2RTQO6)
投稿日時:2006年 01月 21日 14:22

それから小学校中学校は義務教育ですよね。親に通わせる義務がある。その点については、どうクリアするお考えですか?

【270252】 投稿者: 公の教育を真面目に考える人   (ID:ATe3gam2CLs)
投稿日時:2006年 01月 21日 14:53

小さい子が石につまずかないように、
親が子の歩く先にいちいち先回りして石をどかしてあげるのが
果たしてその子にとって本当に為になることなのか。

その子は何度か転んでしまうでしょうが、何度目かには
石に注意を払うようになったり、つまずかないように
回り道をするようにしてみたり、ジャンプして飛び越え
たりすることを体得していくことでしょう。
それは、教えてもらってできる事柄ではなく、
自分で学習した、というかけがえのない経験。
一つ一つの経験の積み重ねは学習された行動パターンとなり、
難なく乗り越えられることができる強さとなります。


公立のよさはこんなところかなあ、と思います。


<キキイさんのご質問に対する答え>
学校という集団生活の中での子供同士の触れ合い。
学校はまさに生活の場とも言えます。長時間ですから。
同じ釜の飯の仲間でもありますね。
子供の気持ちを考えてみましょう。


友達と・・・一緒に授業を受ける、一緒に掃除をする、
一緒に給食の支度をする、一緒に給食を食べる、
一緒に図工などの作品を創る、一緒に声を合わせて歌を歌う、
一緒に楽器を演奏してひとつになる、一緒に遠足などに出かける、
一緒にやることのひとつひとつにそれぞれの思いがぶつかり合う。
考え方の違いに毎分毎秒うちのめされる。
同調してもらえるヨロコビも毎分毎秒感じる。
だれかがはずれた行動をすると、自分も一緒になってやっちゃう
かもしれない、それで叱られたり。
だれかがいいことをしてほめられて、自分もそれを真似して見習って
褒められたり。友達は良い手本にも悪い見本にもなる。影響される。
そして自分も友達に同じように影響を与えていることにも気付く。


朝学校へ行ったらいつもの顔ぶれがある安心感。
あれ?今日は○○さんが欠席?どうしたんだろう?
かぜでも引いたのかな、大丈夫かな。
今日は嫌なあいつがいない。ほっとする。
親に言えないようなことも友達なら言える、
くじけそうなことも友達に相談しているうちに心が軽くなる、
友達となら乗り越えられる。
うっかり友達に話したら、いいふらされてしまった、
迂闊ではいけないな、と反省。
同年代同士が1年間クラスが変わるまで毎日同じ顔ぶれ。
いい面も悪い面もよく知った関係、
それでも意外な面に気付いたり、
ダメなヤツだと思っていたら見直したり。
こんな濃い関係=人間観察は学校という集団に属さずに与えてやることが
できるか?私は難しい気がします。
週に何度かのお稽古事の比ではないと思います。
子供は子供同士の中でお互いによくも悪くも影響しあいながら
成長していくのが望ましいと私は思っています。

長々とすみませんでした。



【270379】 投稿者: キキイ   (ID:8Vn/O9b.Ybk)
投稿日時:2006年 01月 21日 17:24

公の教育を真面目に考える人 さんへ:
-------------------------------------------------------
貴重なご意見ありがとうございました。わかったことですが、これだけ世間で学校や教育制度に対する批判が出ていても学校の存在に否定的な方はいないということ。それから、気になったのは、もはや学校(少なくとも公立小)は勉強するところ(学力をつけるという意味で)とは期待していないということですね。迷いはいろいろありますが、ためになる話が聞けてよかったです。ありがとうございました。

【270473】 投稿者: ゆきだるま   (ID:2v6eA.E21gw)
投稿日時:2006年 01月 21日 19:47

キキイ さんへ:
> それから、気になったのは、もはや学校(少なくとも公立小)は勉強するところ(学力をつけるという意味で)とは期待していないということですね。

そんなこと、言ったっけ?

まあ、義務教育は受けないとまずいから、だまされたと思って入学させてみてください。
子供が楽しい、明るい笑顔で過ごしていれば、良かったと気づくでしょう。
でも、キキイさんがその姿に気づかずに、親だけの判断で行動を起こせば、子供はいつか親に反発します。
幼稚園辞めさせたということですが、本当に子供にとって良かったことだったんでしょうか?最初から楽しい場所はどこにもありません。生活していって、時間がたってから気づくことはたくさんあります。幼子だから親のいうことを聞くのかもしれませんが、お子さんは巣立っていくんですよ。
不安は確かにあります。
親として、子供が傷つかないように、嫌なことがないようにと願うものです。
だけど、自分の痛みを知らなければ、相手の痛みを知ることはできないでしょう。
そういう人間が、とんでもないことをしでかす大人になるといわれていますよね。
学校はお勉強するところでしょうけど、それだけではない魅力もあります。
友達もできます。友達とのコミュニケーションによって得るものはたくさんあります。
やりたくないものをやらなければならない時、我慢することを覚えます。
できないことを克服するための努力も、やがて自分の力になることでしょう。
喧嘩をすることによって、やっていいこと悪いことも知り、理不尽なことがあった時に、
自分なりに考えることもできるようになるでしょう。
そういうことは、家庭でもできそうな気もしますが、親がやる時は厳しすぎるか、甘やかしてしまうかのどちらかでしょう。
家庭では勉強は教えることができても、人間関係は決してできないことだと思います。
ただ、その勉強に関しても、正しく教えられると思っているつもりでも、教えられない場合もあります。親が間違わずに教えられるのは小4くらいまでのレベルだと思います。
我が子の同級生のお母さんが、テストで間違えた箇所を「間違いではない」と先生に厳しく指摘したことがありましたが、完全に間違いでした。
親がすべて教えられるわけではないと思います。
キキイさんが高学歴で子供に教えられる自信がおありだから、仰るのかもしれませんが、
とにかく嫌なことがあっても、お子さんにとって経験させることは、成長する上で大切だと思います。

スペシャル連載

すべて見る

サイトメニュー