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学校の必要性

【268673】
スレッド作成者: キキイ (ID:kXEjnCigw4E)
2006年 01月 19日 21:51

最近の学校にまつわるニュースや話題を聞いていると、子供を学校にやるのが恐ろしくなります。というか、学校に通わせるメリットってどれくらいあるのでしょうか?もし家で親が十分子どもの勉強を見てあげられるならそのほうがよっぽどいいと思いませんか?いい教材も最近は出ているみたいだし、あとは地域のスポーツクラブに入れるとか、習い事で子どもに必要な教育って足りると思いませんか?荒れた学校に入って悪いこと覚えてくるくらいなら親が責任もって育てるのもいいなあと思います。まもなく子どもを小学校に入れる予定の親ですが最近学校に行かせるのやめようかと迷っています。

【270510】 投稿者: P   (ID:ksztF7qjeZQ)
投稿日時:2006年 01月 21日 20:15

幼稚園をやめられる時、お子さん、泣きませんでした?


幼稚園を途中で退園させて、
学校も行かせずにすむなら、行かせないでおこうって、
本当に考えていらっしゃるの?


確かに、今の学校って、いろいろ問題をはらんではいるけど…。
極端すぎませんか?


お子さんの人生の責任って、お母さんが取ることってできませんよ。
キキイさんのお子さんは、キキイさん本人じゃないんですから。


やっぱり、
キキイさん、それ、お子さんへの愛じゃないですよ。
「私、いろいろ心配するの、いやなの。だから、お外に出ないでね」って
そういうことのように思えるんですけど。



【270837】 投稿者: 暇人   (ID:1ObX791sjrw)
投稿日時:2006年 01月 22日 02:40

私は、キキイさんのおっしゃりたいこと良く分かるよ。
こどもに「集団生活させたくない」と主張しているわけではなく、
?「集団生活させる公立学校は何故義務教育なの?」
?「学校以外で学びの場があればそれを利用したらいけないの?」
と主張しているんですよね。
?意見に対する反論は、「<憲法><学校教育法><教育基本法>に明示しているから」
でもこれって…。日本国憲法が60歳還暦記念で改正されようとしていることは知っていますよね。もしも、義務教育が廃止されたら、皆さんの根拠なくなりますよ。そうなったら、皆さんもろ手を挙げて賛成されるんですか?
?意見に対する反論は見当たりませんが、受験のために塾を利用しまくっているから、やはり当然賛成なんでしょうね。
個人的意見としては、学校は不登校でも小中ともに卒業証書出してくれるのが現状。
その現状は良くないし、改正しなければならないと思う。
が、現状は現状なので、キキイさんはお住まいの地区でより良い学校を探して、越境入学させるしかないと思いますよ。

【270937】 投稿者: P   (ID:tudtI3mjWRI)
投稿日時:2006年 01月 22日 09:40

おはようございます。


キキイさんには、かなりキツイ言葉で書いてしまったので、反省していますが、
私も、現状に「満足」しているわけではありません。


夕べ書いてから、何となく「子どもが子どもの集団の中で生活する意義ってなんだろう」と、拙い頭で考えていました。
で、起きてみると、暇人さんが、「視点」をまとめていて下さったので、視界がかなりはっきりしました。(でも、まだ拙いですけど)

?についてですが、これについては、例え「義務」ではなくなったとしても、
多くの親は「権利」として、「公立学校の設置」を希望すると思います。


私は、動物が好きで、動物についての本を、けっこう読みます。
トラとライオンを思い浮かべて下さい。
トラは、母親だけで仔を育てます。まさに、「虎の子」。生き方のほとんど全てを、「一子相伝」という形で、母から仔へ、伝えます。で、トラは、繁殖期の僅かな期間をのぞいて、
一生のほとんどを単独で過ごします。そういう、「生態」が、「一子相伝的な教育」を生み、「一子相伝的な教育」がそういう「生態」を生んだと言えると思います。


ライオンは、「群れの中のメス群」が、ダレの子どもだろうが、「保育園的に」育てます。
「仔」は「仔」で、集団で暮らす中で「群れ内のパワーバランス」を学び合います。
時期が来たら、群れから離れなくてはならない、一部のオスを除いて、「血縁的集団」という社会の中で一生を過ごします。
集団で暮らし、集団で狩をする、という「生態」が、「保育園的・学校的な教育」を生み、
「そういう教育」が、「生態」を生み、支えていると言えると思います。


人間の「社会」は、トラに近いですか、ライオンに近いですか。
住んでいる環境の違いを考慮しても、ライオンに近い、と思うんです。
集団で、社会を作り、生活していく動物である以上、「集団を学ぶ」ことが必要です。
そして、それは、「子ども」のうちが適期であることは、オトナの方が、よく知っていると思うんです。
だから、「義務」でなくなったとしても、多くのオトナは「権利」として、「子どもが集団を学ぶ場」として、「学校」を求めると思います。
「学校」の形態は違ったとしても。

?についてですが、それは「適正規模」の問題があると思います。
「学びの場」として、学校以外も、「あり」だと思います。
でも、子どもが「学ばねばならない」のは、いわゆる「学問」や「特定の技術」だけではなく、「個人の生活以外の生活全般」ではないでしょうか。
それを、総合的に、かつ効率よく体得するするには、「ある程度の規模」が必要ですし、
「ある程度の固定性と流動性」も望まれます。
「学校以外の学びの場」も、それが「適当」ならば利用してもいいと思います。
しかし、現在、「学校」以外の「適当な場」って、どのくらいあるのでしょうか。
各種教室・フリースクール・お稽古の場などを組み合わせたとしても、総合得点では「やはり学校」ではないでしょうか。
将来、「もっとよい学びの場」として、「新しい学校」ができてくれることを願ってはいますが、現状では「今の学校」が「ベストではないけれど、まあ、ベターってことにしとこう」のではないでしょうか。


しかし、「よりレベルの高い内容」や「より個人にあった方法」を求めてのダブルスクールを「利用しまくって」いるから「当然賛成」とは、違うと思います。多くの親は「塾で勉強するから学校なんてテキトーでいい」とは考えてないと思いますよ。


キキイさんの「心配」も理解できますが、
「学校以外の方法で…」という試みは、「時期尚早」ではないでしょうか。
もう少し冷静な目で「学校」を、「学校に通う子ども達」を、「通わせている親たち」の、「全体像」を見て、考えられませんか。


「子どものことが心配じゃない親」なんていないと思います。
みんな、はらはらしながらも、子どもが自分から離れて、(決していいとは言い難い現在の)社会へと「ひとり立ち」するのを見守るしかできないんです。見守るのって、けっこう辛いですよ。
でも、みんなガマンして「ここはできるだけ独りでがんばれ!」って、心で応援しながら見守っているんです。

【271045】 投稿者: Y   (ID:l2nmLLMUfp2)
投稿日時:2006年 01月 22日 12:16

キキイさんのお子さんは幼稚園をやめて、今、毎日お家で何をして過ごしているんですか?
お母さんがパソコンでネットやってるそばでテレビなど見ながら過ごしていたりするんで
しょうか?
私、なんだか心配になってきました。
 
小学校入学は一つの転機でもありきっかけでもあると思います。
暇人さんがおっしゃっていたように、越境入学という方法もよいのでは?

【271285】 投稿者: 横から失礼   (ID:C7mvzvcdC46)
投稿日時:2006年 01月 22日 17:13

キキイ さんへ:
-------------------------------------------------------
>
> そこがききたい所の核心です。小さいとき集団で一定の時間を過ごさないと、大人になって本当に人間関係作るが難しいのですか?困難に立ち向かえない人間になるのでしょうか?もちろん親だけと24時間一緒にいるというのではなく、お稽古事とか、さがせば友達を作るところはありますね。暴力的な子供、しつけされていないジコチューな子供と我慢して付き合うことが必要でしょうか?ある程度年齢がいけば、世の中には色んな人がいるからそういう人とうまく付き合うことも学びなさい、自分の考えとみんなが同じではないと知りなさい、といえるかもしれませんが。なんか否定的なイメージばかり先行してすみません。多くの子供たちはまともな子供だと思っていますが、人は良い影響より悪い影響の方が受けやすいと思うので心配なのです。
>
>

 
私もこういう問題を考えるのが好きですので、キキイさんのご質問、考えかたを否定する気にはなれません。
現に外国では、「ホームスクール」と言って自宅で母親が教えてますという形態で教育を受けさせる人も少ないようですが知っています。
でもそれは私にとってはできない大変な事だなと思いますが。
 
エジソンは学校があわなくて、母親が教えて、結果として偉大な人になったという話は有名ですよね。
上流階級の子弟ほど家庭教師だけでやっていたようですよね。
日本の学校というものも、いろいろな意味で過渡期になっている気がします。
 
ただ、外国で暮らし、言葉のハンディもあり、友達がなかなかいなかった幼稚園時代の息子のせいで、私はいろいろ勉強したのですが、
「子どもの友達は質より量」という話(佐々木真氏の「子どもへのまなざし」福音館書店より)を読んだとき、本当にそうだなあと思いました。
逆に出会う大人は「量より質」かもしれません。
「量と質」が両方あればいいですけれどね。
 
同じ子どもで違う人生を体験できませんから本当のところはわかりませんが、
小学校低学年ぐらいまでは質が少々悪くても(?)たくさんの子ども同士でごちゃごちゃやりあう事が必要だと思っています。
それがなかった息子はいまだに同年齢の子どもとの付き合いが下手です。
大人と、年下とはいいのですが。
 
また一人遊びが一切なかった子どももよくないと聞いたことがあります。
子どもは友達と遊び、一人でじっくり遊び、という経験が両方必要のようです。
学校は、家やひとりでは体験できない社会性を身につける場というのが私の考えです。
 
幼稚園時代より、小学校に入って親の目が届きにくくなってから、息子は成長しました。
近くの公立中から遠くの私立校に通うようになってますます成長しました。
としの差もあるでしょうが、
親の眼がいつもある場所で子どもを健全に育てるのは不可能でないにしても、かなり大変なことで、
自ら選んでその道を選択するほどの実りはないのではないかと思います。
特別な状況なら、そこからの選択としていいと思いますけれどね。

【271286】 投稿者: 単なる釣りだと、思うけど。   (ID:4HJ2hY2DKN.)
投稿日時:2006年 01月 22日 17:14

戦前の義務教育では、別に学校に行かせなくても
時々地元の学校の校長に 学力のチェックを受ければ、
こんなもんなら良いでしょうと 家庭内学習も認定してもらえたみたいだけど。
いまどき、公務員教員の既得権益を守るために、そんな事は許されないみたいだし?。
その割りに、不登校だろうが九九やローマ字が不自由だろうが、在籍さえしていれば
中学卒業証書を発行する辺りが。
おざなりで形ばかりの公立義務教育より、日能研や四谷大塚準拠塾の方が
よほど基礎教育の本質を捉えて居ると思ったり。
でもね〜!。
キキイさんのやり方じゃ、保護者公認不登校児を作るだけ。
だって、代替手段をサーチ&トライしていないんだもの。

【271288】 投稿者: 訂正↑   (ID:yVwqPFoZKJk)
投稿日時:2006年 01月 22日 17:14

私立校→私立高
失礼しました。

【280178】 投稿者: スレ主さんへ   (ID:rw/zOfGmKmU)
投稿日時:2006年 01月 31日 11:25

キキイさん、どちらへ行かれてしまわれたのでしょうか。
やりとりをずっと拝見しておりましたが途中で途絶えてしまい気になっております。
是非貴女のお答えをお聞かせねがえればと思い書き込みさせていただきました。


いつのことだかさだかではありませんが、クリスチャンである私が実生活を送る上で、あくまでもキリスト教の教義は教義として日々の生活のきまりごとと分けて考えていること、社会生活のなかでは比較的柔軟な解釈もする(郷に入れば郷に従えの例えのごとく)というようなことを書いたことがありました。
そのときに貴女に「もっともお付き合いしたくない人間」と文面上のこととはいえ手痛く非難されたことがあります。
私の乏しい人生経験から言えば、あのようなことを他所様から言われたことはなかったのでとても衝撃を受けたことは事実でした。


一方で貴女の篤い信仰心には頭が下がる思いもいたしますが、お子様を学校に行かせたくない理由のひとつにやはり「信仰の問題」がおありではないでしょうか?
もし今もご覧になっていらしたら、そのあたりのこともお話していただけないでしょうか。

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