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686 コメント 最終更新:

哲学について語りませんか?

【655621】
スレッド作成者: 胡乱 (ID:S93o/W7FJDk)
2007年 06月 09日 17:40

国家の品格について語り合ってから早一年が経ちました。
その節は大変有意義な時間をありがとうございました。
ご意見を寄せてくださった皆さんの博識に感嘆し、
私自身も学びや気付きが多く、スレを立ててみて良かったと
思ったものでした。


その後、品格に関連する本を読んだり施設を訪ねたりしておりました。
首都圏に住んでおられる方、白州次郎邸が神奈川県にあるのを
ご存知でしょうか?品格のある人物として様々な書籍でも
取り上げられているので行ってみましたが、生活用品にも
残された資料から垣間見える言動にも確かに品格が漂っていました。
そこでよく目にした言葉、Principleは主義や主張といった意味ですが、
そこに哲学を感じました。
人が持つ主義や思想を理解しようとひもとき、それにロジックをはめて文章化すると
哲学の範疇に入ってくるように思います。
私はなんの変哲もない文学部英文科の出身なのですが、
人文系学部には哲学科を擁しているところもいくつかありますよね。
この期に及んで大変自分勝手なのですが、哲学を修められた方や
興味のある方、考えることが好きな方とまた語り合いたいなあ・・・
なんて思いまして、学際的スレとして立ててみました。
よろしかったらお付き合いください。


哲学といってもあまりに難しいことは考えていません。
今個人的に考えているのは、人はなぜ易きに流れるのか、です。
勉強から逃げて遊び呆けている子供たちをみて、心乱れています。
これに関しては、親としてのなんらかの達観が必要な私です。
私自身は昔からどちらかというと敢えて成り難い方を選ぶ性格です。
わからないことやできないことを放置できない性格、というだけのことですが、
世の中を見回すとそういった易き流れる例(タイムリーな事例では年金問題)
にはよく遭遇しますので、人の行動パターンとして哲学的に言えるのでは
ないかと。最近注目し始めた土屋賢ニ氏なら、なんと表現するだろうか、と。


【672709】 投稿者: ふむふむ   (ID:fFNHvi5FAd.)
投稿日時:2007年 07月 01日 15:28

大分考えが出尽くしたのか休憩する方が増えてきたのかな・・。
哲学堂さん、総まとめと励ましをしてくださってありがとうございます。
 
そしてから騒ぎさんのミームについてのストーリーにまた刺激されました。
 
自分の好きな商品なり『何か』を他人に宣伝したくなる心理と言うのは
確かにありますね。
わたしもそういう傾向がありますが
つねづね自分の価値観を認めてもらいたいためにこれは言っているのだなあと思っていました。
 
『ここのミートローフは美味しいのよ!』などという話も
『そう?私はそうは思わないけど・・・』などという人がいたらそれまでですが
「ホンと、ホンと、あれ食べたら家で作れないわよね』などという人がいてくれると
そしてその賛同者が皆に一目置かれている人だったりすると
私の価値まで高まるという具合です。

 
各界の著名人の実際愛用しての推薦の言葉で構成されている通販誌がありますが
何をかくそう、私はこの愛用者です。
すっかり「通販○○」ミームにはまってしまってます。
でも実際買って自分で試してそれほどでもないというものもあるわけで
その場合、私の中のミーム度は少し低下します。
 
コマーシャルにその時の好感度の高いタレントを起用すると本当に商品が売れるというのも
そういう効果なんでしょうね。
でも好き好きはあるわけで、
それにあまりいろいろでていると節操がないというイメージダウンにもなるわけで
バランスが難しいでしょうね。

 
私はどんなに有名で上等なブランドであっても
身につけるものに関しては
あまりにそれを持っている人が多いと
それだけでそのものの私の中の価値が下がるというアマノジャクですので
何でみんな同じような格好をするのかと思いますが
それはきっとその『物』の価値というよりも
それをいいと思う『感覚』の独自性に重きをおきたいと思っているからだと自分自身を分析しています・・・。


世の中にいろいろなアンテナを持った人が混在するがゆえに
一方方向に流れない歯止めが利いているのでしょうが
それをなぎ倒すような魔力のようなミームが今後やってこないことを願います。
きっと『ミーム』に『はまる』のはそのものの持つ力とタイミングとと言った諸条件が一致する状況があるのでしょうね。

【672804】 投稿者: 胡乱   (ID:KmtKTerVml.)
投稿日時:2007年 07月 01日 19:42

家族とおでかけ、哲学は休憩(byふむふむさん)していました。


そろそろ自由発散型のスレとはいえ、途中経過の振り返りも必要だし・・
と思っていたら、哲学堂さんが、なさってくださいました♪


ミジンコさんは、詩を書いておられたのですね。
論を集めるとミニ本ができそう、と思って見ていました。
感覚的には、拡張放散そして集約の樹形図みたいな論説だと
思っていました。語句リレー方式が面白いですよね。
結文がいつどんな形でやってくるのか、わくわくどきどきです。


哲学堂さん、
私の苦悩は小さいのですが、それでも堂々巡りです。
結論的なことを知りたいのですが、終わりがあるのは困るんですよね。
あ、ほら、矛盾です。限りない可能性を信じたいから思考を
スパイラルにしないといけないのに、たった数語句で表せる、
究極に平たい結文を生み出したい。この矛盾は科学にも似た現象があると
漠然と思うのですよね・・
そりゃそうですよね。始まりに終わりがあるのと同じく、終わりは同時に
始まりとなるのですもの。堂々巡りしてしまうのです、科学も。





【672807】 投稿者: あひゃ〜   (ID:xScMcr7/.xk)
投稿日時:2007年 07月 01日 19:52

>>から騒ぎさん。
あひゃ〜を構成する、ミームフローラのかなりの部分が
共鳴しています。
逆に、
レイ・カーツワイルの
ポスト・ヒューマン誕生を、
タマシイと言う名のテクノロジーを
意識しながら読んで戴ければ、
たぶん?あひゃ〜に
共鳴して下さるでしょう。

【672849】 投稿者: 胡乱   (ID:KmtKTerVml.)
投稿日時:2007年 07月 01日 21:31

あひゃ〜 さんへ:
-------------------------------------------------------
> どんなバグが在るかだって、解らないし!
それです!
まるで否定的みたいで何度も書こうとして書かなかったこと。
まさにカオスで、どんなバグがあるのか想定できない。


> 「死の哲学」なんて!、要らなくなるのよ!!!
同時に、生の哲学もいらなくなるってことですよね・・
やっぱり哲学(人間味)は消滅してしまう恐れがあるんですね。


> >不老不死はいいとは思えない。。。
> それは!主観の問題ね!!
> 誰も、貴方にVer.1.5への移行を、強制したりしないでしょう。
> Ver.1.0を固守するマイナーカルトは、保護されるでしょう!

それでは、Ver.1.1以上の脱人間(通常の生物学的進化を飛び越える人間)さんたち
では、人間味のある人間という種の保存→遺伝子上の変異の想定はどうなっているので
しょう?解決しておいた方がよい疑問と思い、質問させていただきます☆
私としては、映画A.I.の結末場面があひゃ〜さんが紹介するVer.1.5くらいの
未来を描いているとみています。人間は能力的には進化をするけれど生物学的(生化学的)
には相当な退化を代償としてしまうのでは?そして、生物学的に失われたものは、
もう違う系統になってしまったが故に元に戻れない、戻せない。



ミジンコさん風に♪
情報処理能力が高まると、無駄な思考を取捨選択によりしなくなる。
苦労して得る・体得するという概念が消失する。
多種多様な価値観は淘汰され、効率的な一つの価値観に集約される。
一つの価値観への集約方向世界では芸術は異端のものであり、必要としなくなる。
芸術を必要としなくなるということは、人間味がなくなる。
人間味がなくなると、死生観が薄くなる。
生きる意味を見出せず、自死が増える。


===人間は無駄なことを延々と思考する時間を費やすという贅沢を許された、
それを楽しんでいた、葦だったのに!!!===


何の映画か忘れましたが、強烈な印象の世紀末映画を観たことがあります。
顔面を白く塗りたくった無機質な表情の若者集団が何となく崖から集団
飛び降り自殺します。理由は、単に生きる価値が見出せないから。
なにもかも得て、なにもかも失った。そんな世界の終末。
なにがテーマだったのかふっとぶくらい衝撃のラストシーン。



考える無駄(贅沢)、答えが一つではない多様性とその受容社会、
オリジナリティ、複雑単純回帰性、生まれては死に、死んでは進化して
生まれる循環性、わからないことがあるがゆえそのうちの一つくらいは
知ってやろうと追求していこうとする欲、また納得できないことだらけ・
不条理への耐性、もろもろ。


どろくさいのが人間で、どろくさいのが哲学。



また巡り巡って、どろくさい人間に戻ってきてしまいました。
が、以前と違うのは、それでも可能性を主張できるところです。
Ver.1.0の人間のままの可能性も探ってみたくなりました。
これについても科学と同じく限界を設けません。(私の中では)



【672861】 投稿者: あひゃ〜   (ID:xScMcr7/.xk)
投稿日時:2007年 07月 01日 21:50

>>胡乱さん。
バグは、急速に進化するエキスパートシステムと
人工知能が、改善するでしょう。
もちろん、扱う情報量の級数的増大の前には
完全なデバッグは!在り得ません!!!
これもある種の、不完全性です。
もちろん!!!
Ver.1.0の人間に、対処できるはずもありません。

【672863】 投稿者: あひゃ〜   (ID:xScMcr7/.xk)
投稿日時:2007年 07月 01日 21:54

>>胡乱さん。
>同時に、生の哲学もいらなくなるってことですよね・・
死が無くなれば、生の哲学は!!!より重要に成るのでは?

【672868】 投稿者: あひゃ〜   (ID:xScMcr7/.xk)
投稿日時:2007年 07月 01日 22:02

>>胡乱さん。
例えば、Ver.1.5の人間は、
核の戦術使用に対し、Ver1.0の人間以上に
強い嫌悪感を持つでしょう。


EMP?の影響を、疑似体験したVer.1.5は、
核の先制不使用と戦術核であろうとも全面核報復を、
正当化するでしょう。

【672880】 投稿者: あひゃ〜   (ID:xScMcr7/.xk)
投稿日時:2007年 07月 01日 22:18

>>胡乱さん。
>それでは、Ver.1.1以上の脱人間
>(通常の生物学的進化を飛び越える人間)
>さんたち では、人間味のある人間という
>種の保存→遺伝子上の変異の想定は
>どうなっているので しょう?
>解決しておいた方がよい疑問と思い、
>質問させていただきます☆
Ver.1.5の人間は、タマシイと言う名のテクノロジー
に、サポートされた人間に過ぎません!
交配すれば、Ver.1.0となんら問題?変わりなく?
子供を作れます!!!
もちろん!?
創りたいか?どうか?なぞですが???


通常子供は、Ver.1.0として生まれるわけですが。
バージョンを決める家庭内文化ギャップには、
誰しも関与したく無いでしょう!!!

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