充実した教育環境の日大付属高校
文学国語について
プレジデント・オンラインで灘中・灘高の井上志音先生が、
新学習指導要領だと文学をほとんど読まないことになると
危惧してしました。
一応、文学を読まないことの問題点も書かれていましたが、
私にはあまりピンときませんでした。
文学を読むことの効用(文学を読まないことの問題点)
などを教えてください。
なお、以下の記事を見て書き込みました。
「高校3年間を通して「羅生門」しか読まなくていいのか…灘中学の国語科教師が懸念する"文学離れのマズさ"」
>文学的な思考や態度を学ぶ術が、文学作品を読む事からでしか得られないという様な灘の国語教師の考え
参照された記事ではどうやらそのようには言っていないようです。井上さんは、国語の授業で評論を読むのは日本特有の文化であることに触れた上で、次のように言っています。
>【加藤】学校での文学離れは、今後どのような問題を生じさせると思われますか。
>【井上】個人の体験や具体的な経験をないがしろにする風潮に拍車をかけるのではないかと危惧しています。 ある人にしかわからない体験など、客観性がないのだからどうでもいい、という風潮が生まれてくるのではないかと。(中略)中学受験では、「あなた自身がどう考えるかは問題ではない」と子どもたちが抑圧されている面があります。筆者が言っていることをかいつまんで説明しなさいとか、これを書いた人の視点に立って答えなさい、といった設問が多いために、子どもたちからすれば「あなたの意見はどうでもいい」と遠回しに言われているように感じるのではないでしょうか。
>【井上】評論に慣れすぎてしまうと、客観性ばかりを重視するようになります。すると、それこそ随筆やエッセイのように、体験から始まってそこでの気づきで話を落とすような文章などは、よほど意識的に指導しないと書けるようにはなりません。
つまり、井上さんのいう「個人の体験や具体的な経験からの気づき」=文学的な体験であり、それは、小野さんがお兄さんやしーちゃんから受け取った体験でもあります。中学受験で「あなた自身がどう考えるかは問題ではない」と抑圧された子どもたちが(小野さんのいう)「他者を受け入れて、他者の存在に真剣に注意を傾ける」ようになるためには、文学的な体験をする機会を得ることが望ましく、その導きとなるのは文学でもいいし、しーちゃんみたいな文学的な人物からでもよい、ということではないでしょうか。体験か読書かではなく、体験も読書もではないでしょうか。ちなみに、ネット上でみつけた記事によると、井上さんは橋本武先生の遺品のひとつであるカエルの人形を大切にされているようです。スローリーディングについても、ご自身の本のなかで触れていますね。井上さんにとって橋本先生は導きの存在のようです。
小野さんのコメントを記載していただき、ありがとうございます。
なるほどと思いました。
微妙に違うかもしれませんが、坂口安吾の「文学のふるさと」を思い出しました。
坂口安吾はモラル以前の原体験的なものをふるさとと言っているようです。
おそらく人間の本質に関わる問題だが、言語化されていないもの、秩序化されていないもの、社会化されていないものを、文学のふるさとと言っているのかなぁと。
橋本先生のスローリーディングについて。
これも前から気になっていました。何が良いのか?と。
良くないと言いたいのではなく、どのような理由で何に効果があるのかがいまいち分かりません。
インタラクティブ読書のようなものかなぁと思ってペンディングしています。
読書の際に色々と問いかけをしたり、物語の続きを作ったりするとIQが上がると言われています。
目で追って読んだだけではあまり読書は効果がないのかもしれません。
「銀の匙で出てきたこの場面はこういうことだよね」みたいなことをみんなで話しながら読んでいくと読書の効果が上がるのかもしれません。
ペンディング中なのでいまいち言語化できていませんが。
>文学的な体験をする機会を得ることが望ましく、その導きとなるのは文学でもいいし、しーちゃんみたいな文学的な人物からでもよい、ということではないでしょうか。体験か読書かではなく、体験も読書もではないでしょうか。ちなみに、ネット上でみつけた記事によると、井上さんは橋本武先生の遺品のひとつであるカエルの人形を大切にされているようです。スローリーディングについても、ご自身の本のなかで触れていますね。井上さんにとって橋本先生は導きの存在のようです。
全く浅はかなのは、私の方でしたね。
記事のタイトルだけで中身を読んでもいませんでした。しかも橋本先生の導きもあったとは。
本当に失礼しました。ご指摘感謝致します
>橋本先生のスローリーディングについて。
これも前から気になっていました。何が良いのか?と。
良くないと言いたいのではなく、どのような理由で何に効果があるのかがいまいち分かりません。
インタラクティブ読書のようなものかなぁと思ってペンディングしています。
昔の人にありがちな読書百遍的なものではないかと思っています。私はしたことはないですが。
何度も読み込むことで筆者の立場に立ち、なぜこの題材をこのタイミングで書くに至り、この言葉や表現を選んだのかということまで考えさせようという追想の擬似体験のようなものではないかと。






























