女子美の中高大連携授業
親の責任
親子関係のほうでは、手に負えないお子さんを育てている親御さんの書き込みをよく目にします。
壁に穴を開けたり、親に向かって暴言(ウザイくらいならまだしも、○ネ!も頻繁にあるようです)を吐いたり、ひどいお子さんだと親に殴りかかったり。しかも道具を持って。
兄弟(主に下のお子さんですが)への暴力行為、教師への反抗も少なくないようです。(お子さんが先生を拳骨で殴ってしまった話を、まるで武勇伝のように書いていらっしゃるお母様もいてびっくりしました)
真ッサラの状態で産まれたはずなのにこのように育ってしまう子がいる、それはどこに原因があるのでしょうか?遺伝?もって産まれた資質?親の育て方?それとも何らかの病?
また、そのような暴力が家庭内でとどまっているという保証はあるのでしょうか?現代の社会問題のひとつである「通り魔事件」のような形に発展する可能性はないのでしょうか?
こういうお子さんを持ってしまったら親はどうすればいいのでしょうか?それ以前に、親の育て方にも関わってくるのなら、こういう子にしないために私たち親はどんなことに気をつけたらいいのでしょう?
正直、うちの子ども(もうある程度の年齢ですが)も身内の子たちも、暴力はもちろん暴言さえ吐いたことがなかったので、そういうお子さんを放置している(少なくとも私にはそう見えます)親御さんが不思議でならないのです。
実は、先日親子関係カテで、私がずっと抱いていたこのような疑問について語り合うスレッドができ、興味深く拝見していたのですが、なぜかスレストどころかスレごと削除されていました。
とても残念でしたが、あちらはどちらかといえば「問題を抱えているお子さんをお持ちの方」が多く、どうしてもそういう子と親に甘くなり勝ちのような気がしていました。
こちらの教育論カテは「教師」の立場の方もいらっしゃるようですし、こちらのほうがふさわしいと思い、私はこちらに立てさせていただきました。
1つ皆様にお願いですが、他のサイトの紹介はなさらないようにしてください。
特に伏字でもURLを書き込むと、それが原因で削除されてしまうようです。親子関係のスレッドもおそらくそれが削除の理由だと思います。
たくさんのお子さんと関わってこられた学校や塾の先生方、カウンセラーの方からの、守秘義務の範囲内でのご意見もお待ちしております。
久しぶりにのぞいたら、何だかすごいことに・・・・
「自転車事件」
これは、スレ主さんのご意見に私は賛成です。
どけどけベルは困ります。
お母さんがやると、子どもまでやります。
ベルってどけどけをやるためについていると思っている子どもすらいます。
すっごく常識あると思っていたお母さまが思いっきりどけどけベルを当たり前のようにやっていたときには、がっかりしました。
ああ、この人まで・・・と思いました。
それが当然だと勘違いしている。
悪気はないんだろうけど、そうしてもいいのだと、それが普通だと勘違いをしているのです。
ベルは、曲がり角などで、見通しが悪いところで、向こうから自転車や歩行者が来るかもしれないので、ベルを鳴らして、こちらから自転車がいきますよ〜というのを知らせるためについています。
どけどけベルでは決してありません。
それはスレ主さんのおっしゃる通り。
でも、だからといって、どけどけをすることがいけないことだと勘違いをしている人に対して、いきなり間違いを指摘するのはどうかなと思います。
その人に勘違いさせたのは、その人が悪いわけではありません。
この社会が、その人の親を含めた小さいときに関わった大人すべてが悪いのです。
社会が大人が率先して、その間違いを正すべきなのです。
その人に対してだけ責めるのはおかしいです。
社会全体の問題で、道路交通法も変わったし、これからに期待したいものです。
確かに前にも後ろにも子どもを乗せていたら大変です。
私もそうしていたし分かります。
だったら少しスピード緩めて、前の歩行者が気付くのをちょっとでいいから待ってあげてください。
そうすれば、歩行者の方だって、「何だか大変そうだし、通してあげようかな」と譲って道を開けてくださるでしょう。
私は子どもには、絶対にどけどけベルは鳴らしてはいけないよと、いつも教えています。
私も絶対にそういうベルは鳴らしません。
もう一つ私が気になっているのは、駅などのエスカレーターで、どんどん横を登っていく人たちのことです。
エスカレーターは、真中に乗ることと、書いてありますし、エスカレーターはどちらか片一方に重心がかかったり、上からどんどん歩かれたりということを想定して作っていないので、ああいう風にどんどんとかた一方だけどんどんのぼっていかれたりすると、壊れるのが早いのだそうです。
だから本来、すっと乗ったらそのまま立っているのが正解。横を登ったり下ったりするのは本来NGなのです。
それなのに、当然のように登ってくるひとが多い。
一度なんか、子どもを連れていて、荷物も多く、確かに横を登るのにはじゃまだったのかもしれませんが、思いっきりにらまれて、ぐいっとひじで押し付けられました。
あたかも俺が通るんだ!じゃまだ!というように。
すごく悲しかった!
大人に向かって、「○○くんのママ、ちょっとどいて!」と言う子も気になります。
「どうして私がどかなければならないの?」と聞くと、「私がそこを通りたいから。狭いから。」と言います。
そういうときはね、「ちょっと後ろ失礼します」とか言うもんだよ。自分がそこを通りたいからといって、いきなりどいて!はどうかなあ・・・と言ったことがあります。
とにかくすべてが自分中心なんです。
前を歩く人が自転車にはじゃまだ、だからどけどけベル。
俺は急いでるんだ!少し横にどいてろ!エスカレーターを登っていけば1本早い電車に乗れるぞ!
私が歩くさきに誰もいないで!
なんだかなあ〜と思います。
もっと相手のことを思いやった社会になって欲しい。
このスレにのっとった話ではないですが、途中まで読んで思ったことです。
新幹線での子どもの声、お菓子をあげるかどうかについて
うちの子は、新幹線では常にしゃべっているうるさい子なので、お菓子くらいでは黙らない。
最近は絵を書かせるようにしています。
でも、この前、通路挟んでお隣の席のお子さんは、幼稚園と小学校くらいの姉妹でしたが、ずうっとDSをやっていました。確かに静かで助かりました。
うちの子はその間、絵を書きながら新幹線の本を見ながら、新幹線のおもちゃで遊びながら新幹線の話をしていました。
その間、約4時間。
う〜ん・・・確かに周りは静かで助かりましたが、どうなんでしょう?
子どもの声を多少は受け入れる周りのキャパって、どうなんでしょう?
それを当然だ!とは思いませんけど、子どもは多少はああだこうだ騒ぐものだという認識ってないんでしょうか?
ギャーギャーさわぐわけでもなかったようだし。
同じことを何度も言う程度のもんだったようだし。
う〜ん難しいですけどねえ。
. さんへ:
-------------------------------------------------------
> 壁の穴 さんへ:
> -------------------------------------------------------
>
> > 先天的要因、つまり遺伝による子どもの資質について、それも含めて「親の責任」があると思っております。
>
>
> “それを含めて”?
> このことばに、とても驚きました。
>
>
> もちろん、先天的要因を持っている“子ども”自身には責任はありませんから、
> 親の責任というならそうなのかもしれませんが…。
> あまりに非常識かつ、非情なことば、本当にお子さんがいらっしゃる方なのでしょうか?
>
>
同感です。私も驚きました。
そしてスレ主さんは、お子さんのいない方だと思いました。
親を装って書き込みしている方ではないか、と疑ってしまいます。
エデュには、そういう方の書き込みも時々見られるので。
生まれつきの疾患、障害で、手足の不自由な子がいます。
毎日辛いリハビリに耐え、訓練を重ねてきましたが、なかなか健常児と同じような
すばやい行動は取れません。
居住している自治体の方針で普通学級に通っていますが、健常児や教師の手を煩わせることもあり、親子共に落ち込んでいます。
時には、同級生の親から白い目で見られることも多々あります。
このような場合でも、「生まれつきの傷害」であることも含め、親の責任と捕らえ、
または、健常な子供に迷惑をかけ、健常児と同等のレベルまで身体能力を
引き上げることが出来ない我が子を、厳しく叱咤するべきなのでしょうか?
しばらく見ていなかったら話の展開が分かりづらくなっています・・・。
私はここで話題になっている「ほかのスレ」を見ていなかったので
何人かの方がおっしゃっていることがさっぱり理解できません・・・。
とにかくスレストになると中途半端な気持ちが残るので
このスレもそうならないといいと思います。
そもそも「壁の穴」さんがこのスレを立てたきっかけが
他スレでの欲求不満にあったとしたら
問題にしたい「無責任な親」の対象がかなり限定されていたということなのでしょうか。
親に向かって悪態・暴言を吐く娘、という対象に限るのならば、
たしかにそれまでの過程で親がどうにかできなかったのかと思えます。
ただ、その親が少しでも悩んでいるのなら、その親に追い打ちをかけてバッシングすることはやはり大人げないかなと思いますが。
一番だれが悲しいって、わが子にそんなことを言われた親ではないでしょうか。
自転車の親子の件ですが、
スレ主さん、警察沙汰になさるようなので少々驚きました。
書かれたことだけからしか想像できませんが、
そのお母さんは確かに下品で非常識ですが、
そこまで「正義」を貫く必要があると思われた重大さが私には理解できませんでした。
それにその母親が母であることとは関係のない「出来事」だと思いました。
誰かに、自転車をぶつけられたことを訴えるかどうかだけの問題だと思います。
分からないやつに「思いしらせる」ということが必要だと思いなのでしょうか。
「思い知らせる」という発想からは、たぶん、期待なさっているような結果は得られないと思います。
犯罪者の親を市中引き回しの刑、の発想となるほど同じですね。
普通の神経の親ならば、どなたかもおっしゃっているように、
社会的な制裁を十分すぎるほど、永久に受けるわけで、
被害者の親より加害者の親の方が「ある意味でいえば」つらい立場だと私は思います。
辛くてもそのつらさは引き受けざるを得ない、それが親というものです。
「引き受けろ」「引き受けろ」と周りが叫ぶまでもないことだと思いますが。
悲しみ、苦しみの表わし方は人によって違います。
誰にも言わずに耐える人もいれば、
わざと明るくふるまう人もいます。
家族の恥ともいうようなことを他人に言う人、決して言わない人、両方います。
口に出すことで楽になることも多いです。
掲示板もそういう意味で使われることもあるのではないでしょうか。
「責任」という言葉の解釈も人によっていろいろなのかもしれませんね。
子供(未成年)のしたことは親に責任があるということは、一般的な常識で、
いまさら言うまでもないことですが、
一般の有罪無罪をきめるさいにも、
「そのことが予見できたかどうか」がポイントになります。
医療ミスなどはまさにそうでしょう。
そして裁判で「無罪」といわれても、
「責任」と「良心の呵責」を感じる「加害者」は多いと思います。
親というのは一生子供のしたことに責任を感じ続けるものだと思います。
私が「永遠の業」とHNをしたのもそういう思いがあったからですが。
ただ、それは他の人が押し付ける「責任」とは違うものです。
もっと内的な個人的なものだと思うのです。
それを知る立場にない他人がとやかく言うようなものではないと思っています。
他人ができることは
同じ子を持つ親として、
親の悲しみ、つらさを想像して我が身を振り返ることぐらいではないでしょうか。
遺伝的な問題があった場合はなおさらです。
親はつらいです。「責任」を感じるでしょう。でも他人がその「責任」を追求するべきではないと思いますが。
マナーの問題、言葉遣いの問題は、親の育った環境に大きく左右されますから
またそれゆえに努力して直すことができる部分だと思います。
親に教えられなくとも子ども自身が気づくこともできるでしょう。
周りの他人が直接影響も与えられる部分だと思います。
ですから「○ね!」という娘さんに、それが親に言うような言葉ではないということを教えることはできるでしょう。
時間はかかっても。
ゆゆしき事態ですが、しいて言えばそれほど深刻な問題でもないとおもいます。
でもそれを言っている子の心の中の思い・状況までは他人は分かりません。
スレ主さんは「問題のある子供」の問題を全部いっしょくたに考えているので
所々で共感されたり反発されたりするのでは…と思います。
「自分が不快である」ということが一般的にも重大な「問題」と。
その「問題」は解決されるべきであると。
「解決」すべきはその問題に「責任」のある、この場合「親」でしょうと。
それを知らないなら思い知らせてやりましょうと。
どうもそういうことのような気がするのですが。
でもこういう考え方、スレ主さんに限らず、世の中に結構多いですね。
じつは多くの人々の本音で、「何で関係のない私たちが迷惑しなくちゃいけないの」という
自己防衛の本能のようなものが、
体のいい「理屈」を借りて言わせているのかなと思います。
私は、「壁の穴」さんの考えに全く反対は致しません。
どこかで、誰かが、踏ん張らないと、
日本の教育は駄目になっていくばかりである・・
という危機感がおありになるということについては、とても共感いたします。
誰かがどこかで踏ん張らないと・・・
踏ん張れるのは誰なんでしょう?
親であり、教育関係者であり・・・祖父母、ご近所を始めとする世間、社会。。
彼らに苦言を呈したいというお気持ちを痛い程感じます。
易きに流れてはいけないという正義感。
それを間違っているとばかりは言えないと思います。
でも、どうすれば、それが実現可能なのか・・・
そこのところを具体的かつ現実的に話す機会がなかったのが残念です。
実は、私は、分りません(笑)
一つを許せば二つ目を要求する人間の性。
似たものが寄り集まって慰めあう人間の甘え。
「壁の穴」さんがそんなものに嫌悪感を抱いていらっしゃることはよく理解できましたが、
そんな人に寄り添って、同じ土俵で物を見て感じて話しかけることから始めないと、自分の気持ちは相手に伝わらないのではと思いました。
君はすごいよ、頑張ってるよ、自信持ってね。
人間って、本当に甘い生き物ですね。
色んな価値観の人がいるおかげで
まだこの日本もなんとかタガがはずれずにすんでいるんだと思います。
でも、これからどうなるか。
ますますユルくなっていくんでしょうね。モラルとか常識の範囲とか。
ここの多くの皆さんが大変心根のやさしい方だというのはわかります。
私自身、色んな場でできる人はできない人の気持ちがわからないものだな、
困ったな、と思うことがあります。
そういう方を説得するにはちょっと時間をかけないと無理かもしれませんね。
でも、、正直何かちょっとうまく言えないのですが
皆さんおやさしい方なのに
壁の穴さんや耳鼻科のおばあさんに対してはフェアじゃないな
という気がしました。
耳鼻科のおばあさんは昔の方のようですから今まで生きてきた時代背景が違いますね。
戦前はお姑さんに理不尽な扱いを受けてもじっと我慢、我慢が当たり前
嫁は口答えなどいっさいできないという時代があり、そのような
時代を過ごしてきた方なのでは?と思います。
子どもができないから、と離縁される嫁も多かった時代。
それでも仕方がない、誰を責めることもできずに女がひっそりと耐えて生きた
時代もあったと聞いています。そんなおばあさんが過ごした時代背景、その人生を
少しでも想像する必要があったんじゃないか、と思えるのです。
このスレで例にあげられ非難されるだけのおばあさんが気の毒に思えました。




































