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親の責任

【980367】
スレッド作成者: 壁の穴 (ID:uiLCO.rkFeo)
2008年 07月 14日 14:20

親子関係のほうでは、手に負えないお子さんを育てている親御さんの書き込みをよく目にします。
壁に穴を開けたり、親に向かって暴言(ウザイくらいならまだしも、○ネ!も頻繁にあるようです)を吐いたり、ひどいお子さんだと親に殴りかかったり。しかも道具を持って。
兄弟(主に下のお子さんですが)への暴力行為、教師への反抗も少なくないようです。(お子さんが先生を拳骨で殴ってしまった話を、まるで武勇伝のように書いていらっしゃるお母様もいてびっくりしました)


真ッサラの状態で産まれたはずなのにこのように育ってしまう子がいる、それはどこに原因があるのでしょうか?遺伝?もって産まれた資質?親の育て方?それとも何らかの病?
また、そのような暴力が家庭内でとどまっているという保証はあるのでしょうか?現代の社会問題のひとつである「通り魔事件」のような形に発展する可能性はないのでしょうか?
こういうお子さんを持ってしまったら親はどうすればいいのでしょうか?それ以前に、親の育て方にも関わってくるのなら、こういう子にしないために私たち親はどんなことに気をつけたらいいのでしょう?
正直、うちの子ども(もうある程度の年齢ですが)も身内の子たちも、暴力はもちろん暴言さえ吐いたことがなかったので、そういうお子さんを放置している(少なくとも私にはそう見えます)親御さんが不思議でならないのです。


実は、先日親子関係カテで、私がずっと抱いていたこのような疑問について語り合うスレッドができ、興味深く拝見していたのですが、なぜかスレストどころかスレごと削除されていました。
とても残念でしたが、あちらはどちらかといえば「問題を抱えているお子さんをお持ちの方」が多く、どうしてもそういう子と親に甘くなり勝ちのような気がしていました。
こちらの教育論カテは「教師」の立場の方もいらっしゃるようですし、こちらのほうがふさわしいと思い、私はこちらに立てさせていただきました。


1つ皆様にお願いですが、他のサイトの紹介はなさらないようにしてください。
特に伏字でもURLを書き込むと、それが原因で削除されてしまうようです。親子関係のスレッドもおそらくそれが削除の理由だと思います。


たくさんのお子さんと関わってこられた学校や塾の先生方、カウンセラーの方からの、守秘義務の範囲内でのご意見もお待ちしております。

【991686】 投稿者: 空の蒼   (ID:GJMyPzZ.aK.)
投稿日時:2008年 07月 29日 07:51

>壁の穴さんは瑣末なことにはお答えして反論
まあ、そのように思えますね。


確かに、スレ主さんに同調、または中立意見は多い。
むしろ「スレ主さんの言いたい事はわかるけれども・・・」
的な意見が多数です。

ただ、思うのですが、このような人って
世の中には必要なのではないでしょうか?
あまり、色々と考えすぎると、話が進まなくなる事はありますし
逆に物事の本質を見失う事もある。
スレ主さんは、何かの活動をなさる(?)ようですが
そういった、他人からは(?)と思われる事が多い主旨でも
ほかの大きな流れの小さなブレーキとして、効力を出す事もある。

この様な見方が、育児中の親を無駄に苦しめるという事で
社会整備の必要性を高くするのかもしれません。
個への攻撃でどうにかなるほど、この問題は簡単ではない。
親の責任を追求して、こうした問題が減り、そしてそれが国益につながるのであれば
何処の国でも既に採用してるのでは?

単純に考えるだけでも、過剰な親の責任の追及は出生数などへの影響が
現れるでしょう。また、子殺し、虐待も増加の可能性があります。
スレ主さんのように、優雅に育児を楽しめる層のみが育児を出来る社会になるかも。

そちらとのバランスを考えると、親の責任追及のみでは
かなり「非現実的」な策であると思えます。

【991691】 投稿者: 子どもを信じる   (ID:z1uePO9UVLg)
投稿日時:2008年 07月 29日 07:58

壁の穴さん、


確かに掲示板で別ハンドルで何度も書き込む場合、一人芝居だったりすればはルール違反だと思います。
ですが、この板のこの方の場合は、単に書き込みたい意見タイトルを書いているだけにすぎず、意見をたくさん書き込んでいることだって、それだけ壁の穴さんのスレに対して真剣に考えてくださたという現れではないでしょうか?
あなたの意見に対して、それだけ反応してくれて、時間を割いてくれた人なんですよ。
アラシだとかからかっているだけだとか、傷つけているだけだとか、そういった悪意は感じられませんでしたよ。


確かに意見が合意することはなかった。
でも、意見は食い違ったとしても、一つのことについてネットで論じ合った仲間でもあるように思います。
日常生活でもいますよね?
いくら話しても分かり合えない人って。
私にはいます。
話しても話しても結局は分かり合えなかった人。



執着ぶりに恐怖だとか、時間に余裕があるのねなどと、嫌味を言うのはどうかな・・・・。
1つ1つさかのぼってしらべあげて、あらためて報告するほうもするほうだと思います。
壁の穴さんは、この板で、最初のほうでもHNの違いを指摘されていましたよね。
私は別ハンドルでどうだとか、以前○○と言っていた人と同一人物だとか詮索チェックをする人は、掲示板では一番嫌いです。


「真剣に書き込んでくださった方のご意見がなかったもののように扱われるのはスレ主として心外」と、壁の穴さんは書いていらっしゃいますが、反対の立場でかかれている方だって、真剣に書きこんで下さっていますよ。
あなたは答えたくない意見に対しては何もお答えにならずスルー、気に入った意見には返事を書き、ご自分が頭に来た意見にはまっこうから反論する。
何もあなたに同意してくださっている方々ばかりが真剣に書いているわけではないのです。
みんな、普段一生懸命子育てしているからこそ、普段からいろいろな思いがあるからこそ、
あなたの話題提供に対して真剣に意見を述べているわけです。


あなたの書き込みに反対の意見に対しても、スレ主としてきちんと受け止めて対応していれば、このスレの進み具合は全く別のものになっていたと思います。


「ご自分に不都合な意見は見ないふり」と批判されていらっしゃいますが、
壁の穴さんも同じです。
どうぞそれにお気づき下さい。


是非、今回、「私に対しての批判だわ!」と感じる意見について、気分を落ち着かせてから、プリントでもしてじっくりお読みになってみてください。
あなたの子育ての指針にしたほうがいい意見がたくさんつまっていますよ。
もっと、周りの意見にも耳を傾けてください。
あなたの子育てが一番完璧ではないんですよ。


ふと思ったのですが、あなたは、子育てを、何かの作品作りと同じように考えていませんか?
こう育てたからこうなった、うちの子は立派に育てているから立派だわ!と。

子どもは一人の人間です。
確かに親や周囲の影響を受けながら育ちますが、子どもは自らが育つのです。
そして親自身も、子育てしながら親育ちをします。
失敗しながら反省しながら親自身も親として育ちます。
親も子も同じ一人の人間。
私はそう思っています。
日々反省しながら生きていますよ。

壁の穴さん、あなたはいかがですか?

ご自分の子育てについてどう思っていらっしゃいますか?

子どもが問題を起こしてしまった親についてだけ言及せず、ご自分の子育てについても述べられてはいかがなんでしょうか?

【991745】 投稿者: 罪と罰   (ID:LobkUzNsWS.)
投稿日時:2008年 07月 29日 09:26

スレ主さんの過激な「理想論」は到底受け入れにくいものですが、
かえって議論を活発化する起爆剤になっていますね。
(これって賛成意見や共感意見じゃないこと、分かりますよね?)
 
おかげさまでいろいろ考えることが出来ました。
 
 
戦争と平和の問題にしても、
個人間の事件にしても
基本的に肉親が「殺される」のは同じように理不尽なことなのに、
こと個人間のことになると、
憎む対象がはっきりあるので
人はたやすく断罪を叫びやすくなるのだなということも考えていました。
 

被害者の肉親として断罪を叫ぶことは許されると思います。
でもそうでない第3者がそれを堂々と叫ぶことは「愚か」で「幼稚」で「滑稽」なことだと、どうか気付いてほしいです。

【991783】 投稿者: 私からもお願いします。です。   (ID:iQO16ew.x2.)
投稿日時:2008年 07月 29日 10:17

>被害者の肉親として断罪を叫ぶことは許されると思います。
>でもそうでない第3者がそれを堂々と叫ぶことは「愚か」で「幼稚」で「滑稽」なことだと、どうか気付いてほしいです。
>
そうそう、そこですね。
私がこのスレに対して感じていたなんだか気持ちの悪い違和感。
ここには現実に被害を被っている被害者もいなければ、加害者もいない。
すべてスレ主様が頭の中で考えだした
《親の教育の仕方が甘かったせいで問題児となり、凶悪犯罪を犯してしまう犯人》
という図式の仮定での話なんですね。
それでスレ主様の思いついた親の教育の悪い例が
『自転車3人乗りのルール知らずのひどい母親』だったので、
あまりにも飛躍した考えにちょっとついていけなくなりました。


親に間違った育てられ方をした子供も、またその親も社会全体でフォロー
しなければならないと気付かせてくれた意味ではとても意味のあるスレでした。
昨日も駅構内でナイフを使った無差別傷害事件が起こりましたが、
今までと違う視点でも見れるようになった気がします。

【991834】 投稿者: 難しいのかも。   (ID:qd9Ch7k07nc)
投稿日時:2008年 07月 29日 11:18

壁の穴様。おそらく、私とあなたの意見について、異なっているところ。それは平凡な人が多数を占める社会では親の教育が物を言う、しかし非凡な人が多くなればなるほど、教育よりも資質が占める割合が高くなり、しかも上下の差が激しくなる、というものです。




あなたが平凡な人に囲まれ、安心して暮らしていらっしゃったのだとしたら。それはそれで幸福なことであり、個人的にそう感じていらっしゃる分には、そう責められたものでもありません。問題なのは、それが普遍的なものなのか、それとも一定の範囲において真で有り得るものなのか、という区別がついていらっしゃるかどうか、が決め手でしょう。

【991867】 投稿者: ひと言だけ   (ID:y2NL/Ihx5js)
投稿日時:2008年 07月 29日 12:12

スレ主様のおっしゃりたいことは、明らかにおかしいと思わざるを得ない
「凶暴性」や「冷酷さ」のようなものを、もし親自身がわが子に対して感じたとき、
決して目をつむらず、逃げず、何らかの方法で、最善を尽くして、
子どもを助けてやることが親の義務、社会の一員としての義務だと思う、
ということではないですか?
冷酷な犯罪を犯した少年少女の親の多くは、子どもの「小動物虐待」「弱い者への暴力」
などを知っていて、見過ごしてきています。あるいは、「知らなかった」と言い逃れをしたり。繰り返される自分の子どもの異常な行動を、「知らない」ということは、子どものあまりにも無関心ということでしょう。
私も、小動物に対して、人に対しての行為に、あれっ?と思うところがわが子にないか
高校生くらいまでは、気をつけて見守りたいと思っています。

【991895】 投稿者: 全面的に同意します   (ID:aiZZRz9du3E)
投稿日時:2008年 07月 29日 12:49

壁の穴 さんへ:
-------------------------------------------------------
> 「子どもがどんな人間になるかにおいて、親の責任は他のどんな要素よりも大きい。私的には7〜8割だと考える。少なくとも5割を下ることはない。先天的な遺伝子、後天的な育て方を含め」ということです。

> 「育てにくい」と感じるお子さんを持つ親御さん、家庭内や学校での暴力行為が既に見られるお子さんをお持ちの親御さん、「危険性」を認識してください。

> 特に、少年法の改正に何らかの形で声をあげていきたいです。もちろん、現在より厳罰を希望します。
> そして、未成年だけでなく無能力者が凶悪犯罪を犯した場合、本人が罰せられないのなら、その管理責任者が本来加害者が受けるべき処罰を受けてほしい、そう訴えたいと思います。
> 「殺され損」などという言葉が、この世からなくなることを強く期待して。


私が常日頃から感じていたことをそのままスレ主さんが仰いました。
こちらのスレを見つけたと思ったら、もう、〆られたのですね。 

全面的に同意します。 

「育てたように子は育つ」

【991959】 投稿者: 柔軟性   (ID:JH8NS0YwPT.)
投稿日時:2008年 07月 29日 14:15

確かに人格形成をする上で親は大きな割合を占めるかもしれません。
でも、それはほんの一部なのではないかと思います。


親の言うことを聞く素直な子ども以外は、もう自分自身で形成していることでしょう。
早ければ小学校高学年、大体は中学生ごろでしょうか。
たまに成人前後になっても親の言うことを素直に聞いている場合もありますが、
それとて、この強烈な親に逆らっても疲れるだけと認識し、いろいろな諸条件をかんがみて、
取りあえず言いなりになっておこうと思っている可能性だってあります。


前にも言いましたが、親であっても子どもの心の中身すべては分からないんです。
言わないことを信じているだけ。見えない行動も信じているだけ。
分からないからこそ、親は一生懸命子どもを信じ、
届かないかもしれない言葉を何とかの一つ覚えのように言い続ける。
親だからこそ言い続けるんだと思います。
今大変な思いをして子どもと対峙されている方は、親の責任があるからこそ闘っている。
放棄したら、一切争いは起こらなくて平和なのに。
ただ、親が譲れないとこだわっている内容が、子どもの自由の範疇に入っているならば、
親はそこを考えないといけないとは思います。


親はどうしても子どもが素直だったころが懐かしい。
それは結局自分の言葉をよく聞いて、思いどおりに動かせたことが懐かしいようなものです。
子どもは自分のものではない、子どもを1人の人間として認識できたら、
親の課題をまた一つこなせたのかもしれません。


子育てなんて、何が正しいのか分からない兼ね合いが難しいものです。
スーパーで一切お菓子を買い与えないなら、公衆の面前で駄々をこねるようなことはない。
とても我慢強いけれども、物事をあきらめやすく、自己主張に欠けているような気がする。
お小遣いはお使いに行ったお駄賃の数十円だけならば、妥当な金銭感覚を身につけることができる。
無駄遣いもしないけれども、何となくケチで、ボランティア精神に欠けているような気がする。
子どもの人格形成が親だけの責任であれば、子どもは本当に小さな人間になってしまいます。
人間なんて、どんなに立派な人でも欠点だらけ。
いろいろな人から影響を受けるからこそ、何とかやっていける大人になるんだと思います。


「育てたように子は育つ」否定するつもりはありません。
だからこそ、親は自分の影響は大きい、子どものすることは親の責任と考えて、
今日もまたあれこれ子どもを心配し、朝から小言を言い闘っている。
親だからこそ途方もなく根気と忍耐の要ることをやっているんだと思います。
でも、本当は親の力なんてちっぽけなんだと思います。
1人の人間のしでかしたことをすべて別の人間の責任なんて、本当は言えないんじゃないでしょうか。

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