アートの才能を伸ばす女子教育
灘への思いが断ち切れない
今年ご縁をいただきました中1生の親です。
入学して半年。息子は通学にも大量の課題にも慣れ
甲陽での中学生活を楽しんでおります。
しかし、ときどきふと「やっぱり灘に行きたかったな」とこぼします。
その時は「なに言うてんの。今年の(大学進学実績)日本一は甲陽やで。いい学校に入れてよかったな!」と返すのですが、
実は親の私も灘への思いが断ち切れずにいます。
幼い頃から灘を目指し親子で頑張ってきました。
親が誘導したところもありますが
息子自身も灘の文化祭や体育祭に足を運び
「絶対ここにいきたい!」と自ら目標にしてやってきました。
しかし、結局成績が届かず、断腸の思いで志望校を下げることにしました。
長年の夢が消えたときの絶望感は、今でも思い出すと胸が苦しくなります。
同じように灘を目標にされ親子で頑張ってきたけど
成績の関係で甲陽を受験されたという方。
気持ちの切り替えはできましたか?
灘への未練はありませんか?
灘に合格されたお友達を羨ましく思いませんか?
本当に愚かなことを言っていると自覚しております。
でもどうしても心の重りが取れません。
同じように気持ちにモヤモヤを抱えている方、
この心の重りを共有しませんか?
リベンジで灘高受かって現役で東大受かっても、その後社会人になって何十年たっても、灘中に落ちたことが埋められない傷(古傷)になっているように思える知り合いがいます。
東大出て社会で成功すれば十分だと思うんですけどね。こればっかりは本人にしかわからないことですよ。
甲陽のHPを検索していたら、ふとこのご質問を目にし、返事を書かせていただきました。そもそもこういうネットの質問コーナーに書き込みをするのは初めてですが、親御さんのお気持ちが心苦しく、書いてみることにしました。
私は甲陽の卒業生です(30代後半です)。
私は、小学生の頃、息子さんみたいに優秀ではなく、必死で必死で受験勉強して、手の届かなかった甲陽に運良く合格できた、というような者でした。
しかし、灘にいきたかった、という未練、それはお察しします。
人間として自然な気持ちだと思います。
男子は成長期がおそく、中学3年間〜高校前半あたりで、人格が形成されます。ちょうどその時期に、甲陽に行ってて、本当に良かったと思っています。かけがえの無い友達・仲間ができたからです。この年齢になっても、いまだに彼らは特別な存在です。甲陽は、そういう友達関係を築く環境としては、なにかしら最高の環境を持ち合わせていると思います。そういった仲間と日々過ごして行くうちに、息子さんの気持ちも変わって行くと思います。この時期の男子の成長は早いです。中学三年になったら、また違う気持ちになっていると思いますよ。そして高校になって甲陽線を使って甲陽園にいくようなれば、またそこで成長します。中学三年間に甲陽が教育してきた方針・考えの、真意が高校になって理解できます。親御さんじやなく、それは生徒本人が気付くようになります。その真意がわかり、僕らは驚いたものです。社会のトップリーダーとして活躍するための、絶対的な価値観を備え付けられるようになっています。そしたら、次は大学受験、そして社会人としての人生設計を悩むようになります。塾に通えば、トップクラスに配属されますから、灘や六甲、神戸女学院の友達もできます。ここまできたら、学校がどうのこうのいうレベルではありません。どういう職業になりたいか、どの大学、どの学部にいきたいか、そういう話になってきます。
今から息子さんは、いろいろなことを学び、知り、人間としても成長していきます。甲陽の教育レベルは、間違いなく日本トップクラスです。いろいろ興味のある物事に触れていくにつれ、小学生の頃の気持ちや中学受験の時の気持ちが、いつしか無くなっていくとおもいます。
ただ、気をつけてほしいのは、この時期がちょうど成長期にあたるということです。灘に行きたかったという未練が膨らみすぎて、もしかしたら息子さんが思いっきり泣きわめいてしまうことがあるかもしれません。しかし、まだ自分で自分の気持ちをコントロールできない年齢ですので、その時は周りの大人が寛大にそしい冷静に守ってあげてください。そうやって、人間は成長して行くものです。
大量の課題と書かれていますが、そんなたいしたことないですよ。これから、社会に出て、組織のトップとして活躍していくような人材になっていくわけですから、そんなの序の口です。息子さんは中学生一年生ですが、甲陽の中学一年生ということは、もう社会へ飛び立つ訓練を受けているということです。
灘にいきたかったなあという話題が出たら、
それを否定せず、受け入れてあげて、
その理由、をきいてみてあげてください。
その理由も受け入れて、だからといって親御さん自身の意見も言わないようにして、そのまま受け入れるだけにしてみてはいかかですか? その答えは本人が探すはずです。というか、その答えを探し出せる人間になってほしいです。
これによって現役東大、京大
医学部ではありませんか?
特に塾に行かれて悪いことしているわけでもなく
人様のお役に立つよう頑張られているのに
妬みかひがみ根性です。
こんなしょうもない掲示板に代わりに
返信しときました。
甲陽生頑張ってくださいね!
同じではありません。
中学受験が一番難しいですし
勝手な独りよがりです。
リベンジなんか
しょうもないこだわりを持った人がするだけで
なんの意味があるんでしょうか?
中学受験に間に合わなかっただけの戯言の暴走し受験じゃないの?
意味わからない!
上の卒業生の方の文章を読ませて頂くだけで、充分、甲陽の教育の良さが伝わってきます。
上の卒業生様が、おっしゃる通り、中高という思春期を通して、本人が克服し、卒業される頃には、親子ともども、この学校で本当に良かったと、ご子息が思えるような学校生活が送られますことお祈りいたします。
余談ですが、うちの長男は、灘残念組です。6年生の一年間、A判定を取り続けていたにもかかわらず、当日の精神状態で絶対でないのが中学入試の恐ろしさです。普段自分より、ずっと危ない成績だった友達が、多数合格されましたが、腐っていても仕方ありません。正直中一の一年間は、第2志望で入学した学校に納得せず、文句も言わないでもなかったですが、本人の心の持ちようで、時が解決してくれます。『置かれた場所で、咲くしかない。楽しくなければ、楽しくすれば良い。』と、今では、その学校で青春を満喫しております。そして、全ては何かのお導きなんだろうから、ここで良かったと意味があったと満足しております。
幸い、投稿者様は、甲陽には、何の不満も無いようですから、あとは、気持ち次第。素敵な思い出を、甲陽で作って下さいね。。。。
私も甲陽出身ですが確かに灘とは雰囲気が
違いますね。中学はつまらない我慢の時期だと思って高校で甲陽ライフを楽しむか
いっそ高校で受験をして灘を目指すのはどうでしょうか。もちろん高校受験はお子さんにとってしんどいものだし金銭面での問題もあるかと思いますがつまらないと思いながら6年過ごすのではなく灘高校合格を目指してもう一度頑張るというのもありだと思います。
灘→甲陽ではなく、甲陽→六甲のパターンですが、僕自身は甲陽の他にも、六甲の文化祭にも行き、甲陽と同じくらい六甲が気に入っていたので、ランクを下げた時は、少しは悔しい思いもしましたけれど、すんなり切り替えることができ、6年後一応国立の医学部に現役で入ることができました。
あのとき無理をして甲陽に何とか入っていても、その後ついていけず落ちこぼれていた可能性を考えると妥協して安全をとったのは正解でした。
どこの学校に入っても結局はその後(直近では大学入試)です。確かに灘と甲陽は差があるのは明確ですが、甲陽は伝統も格式もある名門校です。
これから頑張れば何も関係ありません。
特に中学受験は浪人できないのですから、あなた様のとった選択は絶対正しいですよ。































