アートの才能を伸ばす女子教育
灘への思いが断ち切れない
今年ご縁をいただきました中1生の親です。
入学して半年。息子は通学にも大量の課題にも慣れ
甲陽での中学生活を楽しんでおります。
しかし、ときどきふと「やっぱり灘に行きたかったな」とこぼします。
その時は「なに言うてんの。今年の(大学進学実績)日本一は甲陽やで。いい学校に入れてよかったな!」と返すのですが、
実は親の私も灘への思いが断ち切れずにいます。
幼い頃から灘を目指し親子で頑張ってきました。
親が誘導したところもありますが
息子自身も灘の文化祭や体育祭に足を運び
「絶対ここにいきたい!」と自ら目標にしてやってきました。
しかし、結局成績が届かず、断腸の思いで志望校を下げることにしました。
長年の夢が消えたときの絶望感は、今でも思い出すと胸が苦しくなります。
同じように灘を目標にされ親子で頑張ってきたけど
成績の関係で甲陽を受験されたという方。
気持ちの切り替えはできましたか?
灘への未練はありませんか?
灘に合格されたお友達を羨ましく思いませんか?
本当に愚かなことを言っていると自覚しております。
でもどうしても心の重りが取れません。
同じように気持ちにモヤモヤを抱えている方、
この心の重りを共有しませんか?
僕は道を歩いていて、ときどきクスッと笑うことがある。
「ああ、自分は灘高生なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。
厳しい受験、その激戦区を突破して掴んだ灘の合格通知・・・
灘に入学した、あの時の喜びが未だに続いている。
「日本屈指の名門エリート養成機関、
『天下一の灘』と言わしめる、神戸が世界に誇る灘高・・・」
その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります。
先輩、OBの方々に恥じない自分であっただろうか・・・・。
しかし、先輩方は僕に語りかけるのです。
「いいかい?伝統というものは学生が作りあげていくものなのだよ」と。
僕は感動に打ち震えます。
「灘高が何をしてくれるかを問うてはならない。
君が灘高で何をなしうるかを問いたまえ。」
僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。
でもそれは将来の日本を支える僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。
灘高を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。
灘高に入学することにより、僕たち学生は伝統を日々紡いでゆくのです。
嗚呼、灘高等学校、なんと素晴しき学び舎哉。
知名度は世界的。名実ともに他者の追随を許さぬ進学校の王者、
一流の教員陣、まるでベルサイユ宮殿を思わせる絢爛なカフェテリア。
輝かしい合格実績、希望に満ち溢れた顔の学生たち。
余計な説明は一切いらない。
ただ周りの人には「灘高生です」の一言で羨望の眼差しが。
そして、言わば灘高校の「看板」を背負い日々通学するたび
周りの人から寄せられる、将来の日本を担っていく僕たち灘高生への、
絶大な信頼感と期待の眼差し。
灘高に入学して本当によかった。
今年の浜の灘合格者数が減ったのは、優秀層が甲陽に流れたから。
昨年の甲陽の大学進学実績がことのほかよかったので
無理して灘じゃなくても甲陽でおkって流れが関西にできつつあるのかも。
灘で深海魚で放置されるより、甲陽で手をかけてもらった方がいいから。
といっても甲陽で手をかけてもらえるのは中学だけだけど、
それでも6年後の結果は違ってくるのだろう。
あと10年もしたら甲陽と灘の立場が入れ替わっているかも!?
って、さすがにそれはないかw
やっぱり灘は別格。
2015年の甲陽の国公立大合格者数は221人。
2015年の卒業生数は195人だから、進路決定者が多かっただけのこと。
いわば、手持ちの弾を撃ち尽くした状態だから、
2016年の甲陽は大学合格者数を減らすのが確実。
灘>>甲陽は変わらない。
敢えて甲陽と鼻高々に言える2015の進学実績
それは実績に振り回される母親のみ方向転換しただけ
灘だけを見ろと
がむしゃらに子供のお尻叩いてきたのにね
むろん甲陽合格の瞬間は嬉しいだろうけど
子供達がそう簡単に割り切れていないのを母親は知らないんだよ































