女子美の中高大連携授業
死刑にしないで
お願いします。
16歳の少年の悲劇です。
彼はまだ子供です。
両親に言われるままに頑張ってきたのです。
部外者 さま、悲惨 さまのご意見、もっともだと思いました。
嘆願書も結構ですが、本当にそれで少年の今後の人生によいのでしょうか?
彼自身が長い間病んできた心を癒し、生まれ変わって、
起こした罪の重さを受け止められるまで(時間が必要です)、
そして出所したときの受け皿が保障されてからでないと、
結局のところ、人生をやり直せないのではないでしょうか?
ここで嘆願書をと叫ばれる方の中で、自分自身の生活のかかわりの中に、
万が一この少年が社会復帰したとして、支えてあげられるほどの勇気をお持ちの方が、
どれほどいるのか、知りたいです。
減刑嘆願に協力させていただきたいです。
理由はいくつもありますが、この少年と、光市の事件や東大阪のリンチ殺人事件、古くは女子高校生コンクリート詰め殺人事件の
加害者たちとの大きな違いは、再犯の可能性の有無だと思います。
この少年は、ある特定の存在を消したかっただけであり、その他の例に挙げた事件の犯人たちは、相手は誰でもよかった。
少年がもし、もう一度同じ罪を犯すとしてもその相手は父親以外の誰でもないと思います。
そして、父親は、これだけはここにいるほとんどの方が同意してくださると思いますが、
実の息子の手にかけられても文句を言えないことをしてきた鬼畜未満の人間です。
何の罪もない、たまたま犯罪者のそばにいただけで犠牲になった、本村さんの奥さん、赤ちゃんを始めとする
他の凶悪犯罪の被害者の方たちとは同一には語れないと思います。
少なくとも、第三者に対する再犯の可能性がほとんどない以上、極刑を求めるのは「報復主義」であり、現行法の理念になじみません。
少年に関する報道はあまり正確でないようです。ICUだって、少年と父親の二人が「乗り」で命名していたという情報もあります。
卒業生さんが言われる大手進学塾のHやNの影響というのも・・・。彼はそのどちらでもなく、地元のIじゃないんですか(算数オリンピックの代表だったらしいですから)。
少年が生きていてくれたことがわかったときは、正直涙が出ました。犯行後のおかしな行動は、殺人などというような犯行を行ってしまった瞬間に、人は人格的に変わってしまって当然でしょうから、それをもって彼の本質とすることはできません。そんな論理がとおるのなら、ベトナム戦争でベトコンの少年の腹を割いて肝臓を食った米兵の本質がそれだというのと同じでしょう。
少年が深く考えて父親に復習する手段として行ったという解釈は無理がある。彼自身、動機を説明できないのじゃないかな。
勿論少年の更正を心から願うし、原則として殺人事件だから逆送ですが、あくまで原則、この場合は家裁審判になるのではないかと希望を持っているのですが。
正直、腹が立って仕方がない。彼を追い詰めたのは、父親だけですか?保護者会という催しそのもの、更にはそのようなどうでもいい保護者向けサービスを、当たり前に学校に無言で要求しているすべての保護者の感覚が彼を追い込んだとは思いませんか。
成績・進学など、高校生ともなれば、自分で情報を得、自分の判断を優先させていくべきでしょう。東大寺は自主性を重んじる校風と聞きます。自主性とは自らが考え、責任を持ち行動することです。しかし、16歳という年齢は、様々なことに判断がつかず、悩み苦しむ年齢です。そのときに相談する相手は「親」じゃないんです。親は当然自分だと思っているかもしれませんが。愚痴を聞いてくれる友人であり、それにも増して、親の次に近い大人としての教師です。その教師が親の方ばかりを向いているような馬鹿げた保護者会をしている。少年の心の苦しみ、変化が分かるわけはない。なぜ、生徒の側に立ってやれないのか。大学の進学情報や子どもの成績を親が聞いて何の役に立つのか?中学入試ではない。少年と学校の教師に本当の信頼関係があったなら防げた事件でしょう。東大寺の保護者と教師が深く反省すべきじゃないんですか。他のスレにも書きましたが、清水公照師が存命ならば、こんな馬鹿なことをしている学校、とっくに閉校していると思います。
ちなみにこの学校は宗教教育はしません。東大寺及び華厳宗は一般に考えられているような仏教ではありません。東大寺の僧侶になるのは無理です。最後に何の問題意識も持たず、少年に同情して嘆願などといっている東大寺学園の保護者には、失礼ですが反吐が出る。
-?????-さんへ。
>東大寺学園は、あの東大寺が経営する学校です。理事長も東大寺からこられております。
>こんな事件があったときこそ、出番ではないかと思います。この生徒が何らかの刑罰を受けたあとは、東大寺のほうで、死んだ人達をともらい、この少年を再生するように助力してあげる義務があると思います。
東大寺は弔いはしないの。東大寺のお坊さんが亡くなったときでも、よそのお寺からお坊さんを呼んできて弔いをするんです。一般の人が考えている「葬式仏教」ではないんです。華厳では人が[削除しました]ばそれでおしまい。魂も霊魂も何もありません。もともと仏教には弔いはないのです。
東大寺学園の先生も少年を応援さんへ。
受験戦線に復帰するより、人間に復帰するほうが先です。差し入れ本について、馬鹿な解釈をしないように。あなたが言うような意識で論語を差し入れたとしたら、東大寺の教師は救いようもない阿呆の集まりである。そこまで阿呆じゃないと思いたいね。
>簡単に言えば、仏教書は大学入試に出ませんが、論語は漢文なので
>大学受験に関係するのです。つまり、東大寺学園の先生方も、
>少年が無罪釈放されて大学受験の戦列に復帰することを信じておられるのでしょう。
>当然です。教師が可愛い生徒を信じなくて、誰が信じてあげるのでしょう。
>少年はハリーポッターを読んでいるそうなので、ハリーポッターの原書なども
>差し入れるとよいのではないでしょうか。
こんな情けない親がいるから事件が起こる。最低やね。




































