女子美の中高大連携授業
死刑にしないで
お願いします。
16歳の少年の悲劇です。
彼はまだ子供です。
両親に言われるままに頑張ってきたのです。
どうでもいいけど- さんへ:
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> ほんとうです。
> 開学以来、退学処分、停学処分など、一般の学校で考えられる処分というものがありません。過去、通常なら一般的に当然処分(停学・退学・謹慎等)対象となるものでも、この学校では自主退学、自主停学、自主謹慎?です。
> 学校側が何らかの強制力を持って処分するというのはないのです。自分の行為を自分で考えさせ、自ら処す。これが伝統です。無論、その間には、教師、保護者との話し合い得お持ちちますが、最終的には本人の意思によります。
お下劣きわまりない事件のときもそうだったんですね!
でもね、
>通常なら一般的に当然処分(停学・退学・謹慎等)対象となるものでも、この学校では自主退学、自主停学、自主謹慎?です。
> 学校側が何らかの強制力を持って処分するというのはないのです。自分の行為を自分で考えさせ、自ら処す。これが伝統です。
って、一見いいことのようですけど、
これって、単に、学校が引導を渡したくない、渡さないってことだけで、
結局は、そうさせるよう、誘導し、追い詰めていっているだけでは?
例えば、万引きしました。
で、親共々、学校と話し合いました。
でも、自分は、自主停学も、自主謹慎もしません。
と開き直って何食わぬ顔で次の日から登校した子どもが今までいたのでしょうか?
きっといなかったのでは?
それは、自分からそうするように、学校が促したわけであり、
それこそ、学校は直に手を下さなくても、思い通りの結末に至っているのでは?
今回も、きっとそう。
彼の親が、退学届けを出したが、学校は、保留。
じゃ、もし、彼が無罪放免で出てきたとき、学校に今まで通り戻るといえば、
学校やクラスメイトたちは、大手を広げて彼を歓迎するのでしょうか?
学校も、彼の周りの生徒や保護者全てが、『そうは、ならないこと。』をわかっていながら、それを前提に
嘆願書だの署名だの退学届けの保留だのと、懐の深いところを見せ付けているだけの
ような気がしてなりません。
本当に、今、皆さんのところに彼が戻ってきても、今まで通りの付き合いができるのでしょうかね?
少なくとも、『今、それはありえない。』と思っているんじゃないのでしょうかね?
どうでもいいけど- さんへ:
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> ほんとうです。
> 開学以来、退学処分、停学処分など、一般の学校で考えられる処分というものがありません。過去、通常なら一般的に当然処分(停学・退学・謹慎等)対象となるものでも、この学校では自主退学、自主停学、自主謹慎?です。
> 学校側が何らかの強制力を持って処分するというのはないのです。自分の行為を自分で考えさせ、自ら処す。これが伝統です。無論、その間には、教師、保護者との話し合い得お持ちちますが、最終的には本人の意思によります。
中庭事件の子達も、退学や停学にはならずに、普通に卒業したのですか?
>人にはいろいろつらいことがあるはず。
それを、人はみんな抱えて生きている。
彼は、それができなかったのか。
以前大阪で、中学生の子供さんが父親からの暴力などの虐待から、
最後は歩くことも出来ず衰弱した状態で発見されましたね。
小学生のときは明るく成績も優秀だったそうですが、治療の甲斐もなく、
植物人間になってしまった大変悲しい出来事でした。
どんな事情があろうとも、人を殺めることは絶対にいけません。
弱者に対しての暴力もまた絶対にしてはなりません。
暴力でもって育てられている子供たちのSOSに気づかず、
世間一般のさまざまな環境を持ち出してきて我慢しなさいと言うのも、
あまりにも無責任な意見ではないかと思います。
えっと さんへ:
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> どうでもいいけど- さんへ:
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> > ほんとうです。
> >
> 開学以来、退学処分、停学処分など、一般の学校で考えられる処分というものがありません。過去、通常なら一般的に当然処分(停学・退学・謹慎等)対象となるものでも、この学校では自主退学、自主停学、自主謹慎?です。
> >
> 学校側が何らかの強制力を持って処分するというのはないのです。自分の行為を自分で考えさせ、自ら処す。これが伝統です。無論、その間には、教師、保護者との話し合い得お持ちちますが、最終的には本人の意思によります。
>
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> 中庭事件の子達も、退学や停学にはならずに、普通に卒業したのですか?
さっき、別の返信にも書きましたが、入学する保護者の質が変わるにつれて、建学の精神は薄れていっています。
アノ-さんの言われる通りでね。
本来この「校則がない」ということは、校則にかわる内容、自主精神が生徒側の健全なる意思によって担保されているべきものです。あくまで「学びたい者のための場所」=生徒として集う者のたちのものが「学校」である、という基本理念があるんです。
だから、遠い昔には、教師側、寺側、保護者、生徒会側の対立となった事件もあります。様々な対立も互いに最終的に「相手を信じる」という元に決着しています。
が、それはノスタルジア。すでに失われた理想郷にしか過ぎなくなっていると思います。
個々の事件についてのことはコメントしません。
アノ さんへ:
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> どうでもいいけど- さんへ:
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> 学校も、彼の周りの生徒や保護者全てが、『そうは、ならないこと。』をわかっていながら、それを前提に
> 嘆願書だの署名だの退学届けの保留だのと、懐の深いところを見せ付けているだけの
> ような気がしてなりません。
あなたのお疑いは、無理なからんところです。
あの学校を知る者として、私もこのような事件が起こることを危惧していました。
>>先走って勝手に退学届け出しちゃって
先走っているのではなく、弁護士の戦術でしょう。
子供ではなく、父親が悪かったことを全面に押し出し、学校からも追い出され、
かわいそうな生徒とひどい父親という心象を世間に与えることで、裁判や審理を有利に展開するという人権派弁護士の手法でしょう。
それに応えて父親も、いかに自分がひどい人でなしの親であったかという観点から
これから社会やマスコミに登場してくるでしょう。




































