在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私は本郷学園で学生生活を過ごして後悔しています
私は本郷学園で学生生活を過ごして後悔しています。
私の本郷生活は地獄でした。
私は、在校生の生徒さんと大して年齢は変わりません。
私は、本郷に通っていた間ずっとイジメを受けていました。
生半可なイジメではありません。
殴る蹴るの暴行を受け、革靴も何十回も捨てられました。
そして暴言を毎日吐かれて、教科書やノートも取られたり捨てられたりしました。
一つだけ勘違いしてほしくないのが、このようなことが本郷の各クラスで日常的に起っていることではありません。
だからこそ、私は余計に悔しい思いをしています。
たしかに私にイジメを受ける原因があったのかもしれません。しかし、私が受けたイジメは今でも深く傷ついています。
体にも当時クラスメイトから受けた傷も残っています。
死のうと思ったことは何度もありました。なんなら本郷の中で首吊り自殺をしようと思ったこともありました。
高校1年の時が、私が一番ヒドイイジメを受けました。
中学までは担任の先生が私のイジメ問題に対応してくださっていたのですが、高一の時は担任が私へのイジメに加わりました。
ここに実名を書きたいくらい憎いですが、まだその教師は在籍中なので名前は伏せます。
高一に限れば、生徒より教師から受けたイジメの方が傷ついています。
そして当時の教頭も私へのイジメを把握しておきながら、黙視していたのもとても印象に残りました。
高二以降も日常的に激しいイジメにあったいましたが、僕自身が不登校気味になっていたので、それほど印象に残っていません。
私へのイジメで一番協力してくださった親には本当に感謝しています。
親だから当然。 なんて意見もあるかもしれませんが、親の精神的なフォローがなければ死んでいたかもしれません。
ですから、本郷の説明会での「本校には一切イジメはないという嘯き」などを完全に信じるのはよくないと思います。
2003年の教師からのイジメでの飛び降り自殺や、同年のイジメでの集団退学のように本郷の悪い部分もたくさんあります。
ぜひとも、皆様のお子様は楽しく学生生活を過ごせるようにと願っています。
本郷の実情 Ⅹ 帰宅
喫茶店でB・Cと別れてから母は抜け殻状態が続いていた。
何も考えられなかった。 ただもうそこにいることができなかった。
喫茶店を出てからはほとんど記憶が無い、気づいたら家の近くまで戻っていた。
やっと冷静に考えられるようになってきた。 世界が違う!
昔同じスタートラインにいた子達が今ではもう手の届かない別世界に行ってしまっている。
考えないようにしていた6年前を・・・あの日の子供の笑顔を・・・・そして希望の終焉の日々を。
家の前に着いた。 夫に慰めてほしい、家には夫が待っている。
泣きそうな顔のまま家に入り、リビングを覗くとそこにはうなだれてソファーに座っている夫がいた,何かの雑誌を見ているようだ。
その時母は悟った、もしかしたら夫も同じ悩みを持ち帰ってきているのではないか・・・
母「ただいま」
父「おかえり」
夫は何気なく雑誌を隠すが表紙は目に入ってしまった。
某週刊誌の学校別進学特集・・・そういえばこの時期に販売してたことを思い出す。
父「遅かったね」
母「ごめんね、買い物途中で知り合いに会っちゃって」
父「知り合いってどちらさん?」
母「昔お世話になった料理教室のお母さん連中なの、久々に料理の話で盛り上がっちゃったわ」
父「そうか、じゃあ今日の夕食は楽しみだな」
母「まかせて、今日はあなたの好物のおいしいお魚料理よ」
夫のうなだれた後姿に同じ悲しみを見て母は本当の事が言えなかった。
魚を卸している時になぜか涙がぽろぽろ流れた。
ビールを取りに来た夫が気づいて声をかける
父「どうしたの?」
母「玉ねぎが目にしみたの・・・・」
夫も妻の悲しみを悟った、今日何かあったことも。
暫くの間二人は黙って立ち続けていた・・・・・
4月15日付けの朝日新聞「声」に高校教員の投稿がありました。本郷の教員の中にも同じように話す方が一部いらっしゃいますが、できればもっと増えてくださると生徒も↑のタイトルのように思って卒業しないと思います。すべての生徒たちの声に耳を傾けていただきたいです。
息子が4大を目指しております。子どもを全面的にお任せしようと思い入学して合格実績に関しては変動するものと気にしたことはありませんでしたが、クラス懇親会で担任の先生に今回の真相をうかがってみます。本郷生は、みんな良い生徒さんばかりで、保護者の方も気さくであたたかい方ばかりのいい学校だと思っています。




































