アートの才能を伸ばす女子教育
灘と甲陽で迷っています
灘か甲陽かで迷っている者です。
塾内偏差値が63以上で灘コースを受講していますが算数が時々60くらいに落ち、国語は70超える事もあり変動が大きい6年生です。
時間があれば机に向かう生活にようやく慣れ、膨大かつエンドレスな課題を回せる様になってきました。
灘は性格的に成熟しており猛烈な根性がないと合格出来ないのは知っていますが、のんびり屋の息子なりにやる気が出てきております。
ただ入塾して2年目で最レ受講が6年の夏前と遅れましたので未だ見た事も無い問題に遭遇し、後3か月と言うのに未だ成績が伸びようとしています。この時期この状態で灘受験はリスク大でしょうか。
甲陽と迷って灘を受けた方、逆に灘から甲陽にされた方、短期で最難関に合格された方などのアドバイスを頂けたら、と思います。
よろしくお願い致します。
要は灘落ちの下がないというのがこの議論の核心ですよね。
甲陽同日実施のため両方受験できない。東大寺は均等配点なので社会選択者の逆転もあり、すこしのミスで落ちることもある。
洛南はすこし校風が違うため考えていない。
以上が前提のはなしで、あくまで灘を捨てきれないとお子さんが考えていることが見て取れるが親としては大学受験を見据えてほしいと考えているというところですよね。
だれがこういったとか偉い人がこのようにいったから正しいとかではなく、
経験者がこういったかた同じ考えでいいのではないのかというものでもない。
灘の自主性の学習方法を進めていきたいという考えている浜学園西宮M灘1組保護者数十名の親御さんですよね。
それ以外の外野の人はあまり意見を出す必要もなく、まして数十年前という意見は参考程度ですよね。
私は決めました、親が算数と理科の出題を予想して徹底的に鍛えて最悪玉砕覚悟で臨みます。
今までずっとそのために多くの犠牲を払い、時間を使い、友達との遊びを我慢させ、習い事を切ってきたのです。甲陽ならそこまでせずともよかったという気持ちが私の中にもこどもの中にもあるので、チャレンジします。
いろいろ親が迷ってはこどもに伝わるものです。いい加減やめます。
灘(もしくは甲陽)のみ受けて、
ダメなら公立中という人もいますね。
自分の知ってるだけでも3~4人います。
我が家も同じ考えでした。
結果的に合格しましたが、
奈良や京都の学校は遠距離をカバー出来る程の魅力を感じず、
落ちたら公立ね、と子供に言い聞かせていました。
僅差で公立中に進んだ子達も、高校入試や大学入試で
リベンジ出来る優秀な子ばかりです。
その子達は どのルートを通っても、
(真面目に頑張り続ければ、ですが)
同じ目標地点に到達する事が出来ると思います。
灘を受けるにしろ、甲陽を受けるにしろ、迷い続ける人も居るのも確か。
灘と甲陽両方出願して、当日までに決める子も一定数いる(10人程度?)
灘も甲陽も同じ2日間入試。どちらかしか受験できないので、迷う気もあるでしょう。別日に設ければ、とは思うかもしれないが、受験者側ではなく、学校側の立場から考えてみたらどうだろうか。(すみません、甲陽寄りになってしまいますが)
6年間預かる身としては、自分の学校にあった子が来てほしい、と願っている。
甲陽はどうしても灘を意識している(していないとは表では言うけれど、実際に通っているお子さんがいる保護者の方なら感じられるだろう)。
灘を受けないで甲陽を第一志望として受けに来た。この事実に対して、
甲陽は入試に対してどのような態度で臨むのか。
算数は解答欄以外に空白に計算式や考え方を記載する。理科も、考え方があって、計算が間違っていたり、1問目が間違ってしまったためにそのあとの数値が全て違ってしまった場合、0点にはしない(・・・ようですが、正直理科の大問まるまる間違うと合格は厳しいのでは…かとw)、国語はあらゆる観点から採点する。
ギリギリまで採点に時間をかけるため、発表が午後4時になるし、受験者も400人前後の今が限界、と言われております。
学校としても、最大限の配慮をもって真正面からぶつかっていきます。
甲陽の合格通知書には、「心からの喜びを添えて通知いたします」と記載されています。(なお、西大和学園の合格通知書には「おめでとうございます」と記載されています。)
ここに甲陽の受験生に対する向き合い方が凝縮されていると思います。
灘と甲陽、どちらを受けるにしても、最大限頑張った結果は返ってきます。
それが後悔にならないように、親子、お互いに現実と理想に向き合って行ってください。
ちょっと気合い入れ過ぎです
学習内容に関して親が余計なことしない方が
良いと思いますよ
浜の課題をこなすだけでも精一杯と思いますので
それで十分です
親はスケジュール作成とか資料の整理とか(メシとか)
そのサポートに徹した方が良いです
少なくとも「どんな問題が出るか予想」して
灘の受験に臨んだ人は知り合いにいません
そういうのは定期テストのように範囲が狭いときには
有効かもしれませんが、受験では無意味というか、
むしろ害だと思います
一生懸命なのは分かりますが
本当に一生懸命にならないといけないのは
お子さんであって、親ではありません
親にできるのは頑張る子のサポートだけです
浜から十分な学習指導を受けているのですから
プロでもなんでもない「ただの親」がそこに
口出しするのは、どう考えてもマイナスです
あと、確かに受験は通ればいいものですし
ギャンブルのように熱中できるものでもあります
ただ、一回のギャンブルでの成功体験が後に尾を
引くことを非常に危惧します
上にも書きましたが中受は中受でしかありません
受験という意味では本当にただの通過点です
































