女子美の中高大連携授業
「カーネーション」スレッド
本日より「カーネーション」スタートです。
皆さま、ご自由に感想をどうぞ。
誠に勝手ながら、ネタばれは禁止とさせていただきます。
ホームページ、新聞予告等での情報はお控え下さいませ。
それでは半年間よろしくお願いいたします。
糸ちゃんは鈍感なのでしょうね。人の気持ちというものに。
あれだけ幼いころから一緒にいたのに、ある意味家族のような勘介の繊細さに
気付かないでいられるとは。
今まで何を見てきたのでしょうね。
テレビの前の視聴者ですら、さまざまな場面で彼の弱い部分を見せられてきたのに。
八重子さんは糸ちゃんから 自分は家族じゃないから我慢しないといわれたけど、
八重子さんだって、血もつながっていないし糸ちゃんから責められるいわれはないでしょう。
ただ、立場上 とりなそうとしただけで。
糸ちゃんから責められて、少し驚いたような、悲しそうな八重子さんは気の毒でした。
いろいろ相談にのったり、自分が糸ちゃんの友人だともお姉さんだとも思っていたことでしょう。
ああ、糸ちゃん、あとで後悔するなら、口に出す前に考えたらとテレビの前で溜息を吐きました。
周りを巻き込む台風のような彼女。成功するための運を引き寄せる強さを感じます。
決して嫌いではありませんが、彼女のように生きて成功する人は少ないでしょうね。
結果論でその生き方は素晴らしいとも言えるのですが、同じようにしても時代の波に
乗れなかったり、周りの人に理解されなかったりして、社会的に成功を収められずに
失意のうちに… という人も沢山いたでしょう。
糸ちゃんは可愛いところもあるけど、周りがあんな人ばかりだと疲れると正直思いました。
糸子への「毒」という表現、突き刺さりますね。
あの強さと鈍感力は、思いやりあふれる人間へは
確かに毒かもしれませんね。
何故あの場にサエさん?とどなたかが仰ってました。
別スレと被ってすみませんが、今まで糸子は
泣きながらやってきた子守の子に、甘いものを渡してなだめたり、
奈津のお父さんが亡くなった時も甘いものを届けようとしてたりしました。
(この時は自分の鈍感さを勘助に指摘されて、奈津を傷つけずに済みましたが・・)
自分自身も辛いときは甘いもので気を取り直していたのでしょうね。
今回は勘助が甘いものでは喜ばないことを知ってたので、
「他に何か勘助の好きなもの、好きなもの・・」と考え、
以前勘助が「好きなんや~」と言っていたサエさんにたどり着いたのかな、
と思っています。
でもそうだとしたら「そんなもんで傷が癒えるか~」とテレビに向かって叫びたくなりたいほどの、
かなりの鈍感力ですよね。
しかも勘助の自殺騒動&おばちゃんの詰問にかなり凹むかと思いきや、あの態度・・。
結婚してながらも、恋愛すらまだ未経験の糸子。
可哀想だけど、ここらでもう少しお灸を据えられることを、ついつい期待してしまいます。
糸子は本当に強いんだと思います。
だから弱さが理解できないんだと思います。
勘助の事もヘタレだとは思っていても、本質的な弱さには気づかないのでしょう。
実社会でもいますよね。悪気はないけど無神経な人。
みんな自分と同じように強いと思ってる人。
髪の毛ぐちゃぐちゃにされて泣いてる子守りの女の子を甘いものでなだめようとしていたし、「ごめんな。」とは言ってたけど、どちらかというと謝るより、他に誰に頼んだら…を考えていただろうと思います。木岡靴店の奥さんにもあまり謝ってませんでしたね。先週から昨日まで見てて、多分ほんまに自分に必死なのと、あまり「謝る」という発想がないのかなと思います。非を認めること=弱気みたいな。いつも謝ってるお母さんを見てきた反動かなとも思います。前にも書いたように、それでも戦争以前は周りに余裕があり、糸ちゃんも若かったので、家族や周りに守られてあまり摩擦も起こさず来たのでしょう。今日の糸ちゃんは初めてお嫁さん、奥さんに見えました。小学校の時に、女の人はええお嫁さんにならないと…と言われても反発を感じていた小さい糸ちゃんを思い出しました。
あと…おばあちゃんあまり出てこなくて心配しましたが、元気そうで良かった。
私もおばあちゃん元気そうでよかった!
と同じこと思いました。
ホームページによると、照枝姉ちゃん(おばあちゃん)は
自分で運転してスタジオに来られているんですね。
びっくりしました。
「カメが寝ててどないする」は常日頃、子供たちに
言っている言葉です。気が合うわあ。
勘助のような人の存在は、あの時代で許されていたのかな。
軍国主義で全体主義の日本では、ぶん殴られて蹴り倒されただけでしょう。
たとえ母親であっても、公の場では息子をかばえなかったはず。
たぶん、精神的に弱い人や全体主義になじめない人を思いやる風潮は、
糸子だけでなく誰にも無かったと思います。
ふと思い出したんですが、子どもの頃の勘助くんは、もうちょっと強くなかったです?糸ちゃんとやりあってましたよね。初回だったか、大工方の泰蔵兄ちゃんを嵩に来て、威張ってたシーンもありました。多分かなり早い時期に自分の出来ること出来ないことを悟ってしまったのではないでしょうか。確か根岸先生の送別会で、自分のことを自分で「へたれ」って言ってましたよね。悟る…というより、限界を決めつけてしまったみたいな。だから心優しいけど気弱な大人になっちゃったのかなと思います。挫折と言えば、糸ちゃんも、もっと早い時期に女であるが故に大工方を挫折してるんですけどね…。それからすぐ夢を見つけて今日まで来てますよね。そこが違ってて、でも糸ちゃんにはそれがなかなかわからないのだろうなと思います。
糸子の「家族じゃない」の心理について、経験から共感しました。
以前、友人が精神的に不安定になり、常識はずれな言動が多くなってきた時、ご家族から「病気だから大目に見て我慢して付き合って欲しい」と間接的に頼まれました。でもそのうちにこちらの方が肉体的にも精神的にも疲れ果て、関係に距離を置くようになりました。
その時自分の後ろめたい気持ちへの言い訳が「家族じゃないから」でした。冷たいと思われても、家族ではないのだから自分を守るための距離を置く権利があるのでないかと。
それからは普通のお付き合いで、忙しい時は断わり、だらだらと話を聞くことをやめました。あのまま彼女のペースで付き合っていたら、こちらがいつか爆発していたと思います。
人間、きっかけがないと爆発しない感情ってあると思います。ドラマの場合、勘助の病状悪化という強力な起爆剤によって爆発したのでしょう。
おばちゃんは、女手ひとつで大工方に抜擢されるような長男を育て、おしゃれで綺麗で・・きっと町内でも一目置かれる存在だったのに、今は可愛がっていた近所の女の子に食べ物を恵んでもらっているのです。
糸子から野菜をもらっている時の無表情なお礼の言い方、糸子が「パーマの機械を大目に見てもらったら」と気軽に言っているのを聞いていた時の微妙な表情に、安岡のおばちゃんの心の中の僻みやプライド、悲しみや情けなさを感じました。
気持ちはわかるけど、「毒だからかかわるな」とまで言われた糸子は、今後歩み寄る努力をする必要はないと思います。
家族じゃないんだから無理に今までの関係を続けなければならない理由はありません。それがお互いのためでもあるのでは。




































