女子美の中高大連携授業
「カーネーション」スレッド
本日より「カーネーション」スタートです。
皆さま、ご自由に感想をどうぞ。
誠に勝手ながら、ネタばれは禁止とさせていただきます。
ホームページ、新聞予告等での情報はお控え下さいませ。
それでは半年間よろしくお願いいたします。
最近電話のシーンはなかったように思いますが、神戸に電話するときは
木之元電器店で借りてましたよね。
ならば、木之元のおっちゃんが自分のうちにかければ早いと
思いましたが、夜だから電話の交換手がいなかったとか?
または戦時中のため、使えない状態であったのでしょうか。
当時の電話は、まず交換手に欠けたい相手の番号を伝えて、いったん電話を切って、交換手が相手との電話回線がつながったら、もう一度電話が鳴って話ができるという回りくどいものでした。
特に、遠距離電話の場合はつながるまでに何時間も待つということもあったようです。
危篤の知らせは、電報の方が確実だったのだと思います。
摂津人様へ
軍服×→国民服○ なのですね。勉強になります。
私も、戦時中に温泉旅行なんぞ行けたものか?と疑問に感じました。
確かに当時は交通の便も悪く、長旅で健康な人でも
疲れたでしょうね。
最期にお父ちゃんが、隣の下駄屋のおばさんに「糸子を頼みます」って泣けました。こういう不思議なことってあるのですかね??
やけどをされてから、めっきり大人しく弱々しくなってしまったお父様。
声のはりもなく、一回り小さくなったような。
少しお声が出るようになって回復されたかなと思っていた矢先でした。
国民服をきたお父様、本当にうれしそうで、可愛らしくて、人が変わったように顔つきも柔和になられていました。
今日はなぜだか、最初から泣けて泣けて涙が止まりませんでした。
今思い出しても涙が出てきます。
お父様の最後のニコニコ笑っている幻のお顔が忘れられません。
私も、あの時局の中で、まだ温泉旅行に行けたのだなと思いました…そういう意味でも「行けるうちに」だったのかなと思います。
木岡さんの奥さんがお父さんに会った場面…伝言とか、自分が姿を見た経験はないのですが、父が亡くなった時、他界を知らせた方から「え?〜日前にお会いしたのに。」ということを言われました。実際には入院しているはずの日付でした。父の場合、入院も短く、それまで元気でしたので、単に「ついこの間お会いしたと思ったのに…」という意味だと思いますが、日頃親しい方でしたので、もしかすると虫が知らせるとかあったのかな…と思っていました。
ドラマなのでデフォルメはあるかも知れませんが、似たようなことはあったかも知れないと思います。




































