在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
古文漢文要らない
大学入試の科目(東大など科目数が多いケース)
文系でも統計などで数学は使うので、最低限の数学は必要。
理系でも現代文が読めて書けなければ話にならないので、現国は必要。
グローバル社会の中で、英語はどの分野に行くにも当然必要。
文系の人でも、理科的思考はある程度経験した方がいい。
理系の人でも、世界の地理や歴史の基本的なことは、たしなみとして知らなければ恥ずかしい。
ところで、古文、漢文、大学入試にある意義はなんでしょうか?
東大なんか、理系の2次でも古文、漢文ありますが、その後の人生でほぼ何にも役に立ちません。
ここから改革してほしいです。
皆さんどう思われますか?
人文系の学問は別に「たしなみ」として趣味的に学んでいるわけではないのではないので、恥ずかしいとか関係ない。
むしろ、「人生に役に立つ」というようなことをアプリオリに(所与として)知っていると考えている前提を疑わなければならない。
長々と説明するのも面倒だけど、例えば、200万円のワインとか100億円の絵画なんてものが存在するわけだが、それは人文学的な背景なしにつく値段ではないということ。
しかし、こう言ったからと言ってワインの鑑定をしろと言っているわけではない。
入試範囲には、デジタルにここは範囲にするのが適当、ここは不適当、なんて明確な理由はない。敢えて言えば、全て範囲でも構わない。文理ともに理社全科目範囲にしてもいいところを、受験勉強の都合に合わせて、便宜的に限定してるだけ。知らなくていい話なんかひとつもない。
昨晩のNHK大河ドラマでの壇ノ浦の戦いのシーンをみて、幼い安徳天皇をめぐる平家物語での「『波の下にも都のさぶらふぞ』となぐさめたてまつつて、千ち尋ひろの底へぞ入り給ふ」を思い出した。悲しいシーンである。
私自身は「日本近代法制史」の授業で古文や漢文の知識を必要とした。やはり、日本の文化や文系学問の素地に古文や漢文が存在しているように感じられる。入試での出題範囲に包摂すべきである。




































