女子美の中高大連携授業
少数派ですが首都圏からわざわざ地方旧帝(非医学部)に行く理由は?
少数派とはいえ首都圏から医学部でもないのにわざわざ北大、東北大、九大へ行く方もいらっしゃいます。
なぜなんでしょうか?
東一工は無理。かといって首都圏のその他国公立大は嫌だ。
早慶にも届かなかった。
地方都市の生活がしたかった。
その大学でしか学べないことがあるのでしょうか?
他に理由はあるでしょうか?
早慶は生涯賃金が高いよ~って喧伝で私大の難易度評価が成立するの?
所得や賃金収入が示すもの、それでマウントみたいな発想って実は現代的な発想らしいです。
都市というスタイルに社会が変容して行ってる訳で、従来というか数十年前までは農村型社会だったから労働力の価値をコストや賃金では比較しにくかった後での今現在に至る変化があり、給与所得を以て換算みたいなので、全員が平伏するとかは無いよ。
首都圏から旧帝を含む地方の国公立大への受験や進学は個人の自由や意思だと思うから、別に構わないんじゃないかな?
「東京一極集中バンザイ」では、日本の国力低下を止めることは出来ないと考えます。
『TSMC誘致でありJSRの産業革新投資機構(JIC)による買収』は、日本の停滞した経済再生を促すトリガーとなるやもしれません。
グローバル化の進展、日本の少子化問題、そしてインダストリー5.0への移行は、日本経済にとって重要なテーマです。
グローバル化は世界中の市場や社会をつなげ、経済活動の国際的な統合を促進していますが、これにより国内産業が国際競争にさらされることでもあります。
日本の少子化は、労働力不足を招き、経済成長に影響を与える。国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の人口は2050年代に1億人を割り込むと推計されていて、これは消費者市場の縮小を意味し、経済にとって大きな挑戦です。
一方で、インダストリー5.0は、サイバー空間とフィジカル空間の融合を通じて、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を目指しています。
これは日本の「Society 5.0」に相当し、「持続可能性と強靭性を備えた社会を実現する」が日本のビジョン。
これらの課題に対処するためには、教育や人材育成の強化、新たな産業の創出、DXの推進が鍵かと。
DXは、製造業におけるデジタル技術の活用を強化し、Connected Industriesという新たな産業の在り方を目指す。
日本のGDPにおける製造業割合は約21%で、製造業一人当たりの名目労働生産性は、非製造と比較して高い水準にあり、日本は製造業戦略が国力維持の大きな役割を担うと考えます。
ドイツも日本同様に国内GDPに占める製造業割合は20%(米国は、10%程度)と、上記(名目労働生産性の高さ)を踏まえてのドイツの国家戦略「インダストリー4.0→5.0」であり、これに対抗するには、日本もしっかり理系人材を育成し地方創生や多極分散型国土形成の取り組みが必須です。
私立大学に堕ちることは避けたいだけではないでしょうか?
私立大学に進学するってことは進学校に進学したり塾に行った意味がないどころか、時間も金もドブに捨てたってことでしょう。
それに行けるのであればできるだけ格上の大学に行きたいよね。
地方創生と多極分散がなぜ国力向上に繋がるのか理解できません
しれっとindustry5.0の忍び込ませていますけど、むしろそれをやると重い足枷になってしまうのでは?
90年代以降の日本は今より遥かに資本と技術の相対的優位性があったにも関わらず、地方重視、年寄り重視で、近い将来間違いなく使われなくなるであろう地方インフラ投資に資本を無駄に分散したせいで、競争力の源泉となり得べき領域にほとんど資本を投下できず失われた30年の一因となっていたことはあきらかです
それだけ甘やかされた地方に更に追加投資を行い一体どのような成果を期待しているのでしょうか?
教育も同じで、海外はとっくに優秀層の育成重視に舵を切っていたにも関わらず、公教育は中低学力層の育成に比重を置き続け、地方優遇の予算配分を一向に変えようともしません
これだけ地方旧帝と東京一工の偏差値レベルがかけ離れ、地方国立の中には大学の態を成さないものも生まれているのに、国立大学の統廃合や地方の定員減や首都圏の定員増について議論さえ行われないのがその表れです
地方はすでに立ち枯れ状態にあるにも関わらず、昭和平成と変わらぬ教育行政を続けるとは狂気の沙汰としか思えません
地方高齢者優遇についても同じですよね
インフラ維持コストがバカ高い地方で生産性のない高齢者のために予算を無駄に使い続け、挙句財政危機を招くとは、衆愚政治もここに極まれり、です
政府民間いずれも資本も技術の相対的優位性が失われようとしています
このままでは貧困国へまっしぐらですが、その一因が地方創生という美名に踊らされた思考停止による無駄なばら撒きであることにいい加減気づき、方向転換を行うべきです




































