女子美の中高大連携授業
早稲田目指してたけど、もう無理。立教で妥協していいっすか?
現役で早稲田に受かるようなのってやっぱ天才なんだなと実感した。
マーチの過去問なら解けるけど、早稲田の問題は全然解けん。あっ、天才だけが解けるヤツなんや。
早慶とマーチの壁ってめちゃくちゃデカイ。
ではなぜ、国は国立大学を組織替えして独法化したのであろうか。その狙いが経済合理性の観点による効率化であることは明白ではあるまいか。またそれと同じ文脈で、先の国立大学の官選差別化(カテゴライズ)、特定大学にのみ優遇の国際卓越大学、さらに今般の国立大学法人法改悪につながっている。とくに国立大学法人法改悪強行については、国立大学協会でさえ異例の反対声明を出すほどの異常な内容であった。その結果、多くの国立大学が今後内部的にも市場原理化され、効率性の観点による再編成が強行されることは火を見るより明らかだ。さしずめ、企業のカネもうけに直結しない哲学や文学等の人文科学系講座が国立大学から姿を消すことになろう。それゆえ、その余禄で私学は当分の間、そうした受験生を集めることになるのかもしれない。
早稲田を目指してくださるのなら、それに全力を傾注すればよし。また入学試験制度は豊富なので、よく研究なさることが大切。さらに、私がとくに訴えたいことは、大学HPやガイドブックで明記されている各学部ごとのアドミッションポリシーを熟読することだ。当然ながら、入試はそのための選考であるということである。したがって、ヒントもそこに散りばめられている。
> その狙いが経済合理性の観点による効率化であることは明白ではあるまいか。
違うね。国立大学に埋もれている研究成果を事業化して日本を活性化するためだよ。経済合理性なんかは国立大学のままでもできる。国の機関と公務員が研究成果を使ってビジネスをするのは障害があるから、独法化したんだよ。
>国立大学に埋もれている研究成果を事業化して日本を活性化するためだよ
君は、なにゆえ国立大学協会が今回の強引な改悪に反対したのか、まったく論点が理解できていないらしい。そもそも物事は「点」ではなく「線」で、かつ「形式」ではなく「実質」で判断すべきものだ。それは社会科学のみならず、学問全体に通ずるイロハのイである。まず、それを指摘しておこう。
そのうえで、今回の改悪は、国立大学独法化への組織替えから続く一連の制度的改変の一環として位置付けられるものだ。だからこそ、国立大学関係者は異例の反対を表明した。それは何より、憲法で保障された学問の自由(大学の自治)が外部勢力によって歪められてしまうことへの当然の反応であったといえる。十分に理解ができる。
とりわけ、その「事業化」「活性化」なる美辞麗句が問題だ。いったい、どのような視座・尺度でもって、かつ誰がそれを判断・評価するというのかね。大前提たるべきその当然の議論が、すっぽりと―狡猾にも恣意的に―抜け落ちているではないか。もっとも、そんな欺瞞に欺かれる単純な御仁は、少なくとも大学人にはおるまいがね。だからみな、反対したのである。




































