在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
早稲田目指してたけど、もう無理。立教で妥協していいっすか?
現役で早稲田に受かるようなのってやっぱ天才なんだなと実感した。
マーチの過去問なら解けるけど、早稲田の問題は全然解けん。あっ、天才だけが解けるヤツなんや。
早慶とマーチの壁ってめちゃくちゃデカイ。
要はその動機如何である。もし権力者らがそれにより個々の研究者の研究内容にまで介在・制約しようとするのであれば、国公立、私学等の所属を問わず憲法23条の学問の自由、とりわけ「学問研究の自由」の保障に抵触する虞がある。
既述のように、それは思想の自由(19条)※と密接に関わるものだからだ。したがって、「(イデオロギーは)国公立大学では許されないが、私学でなら可」などの如き珍論は見当違いになる。大学は、前後期中等教育とは異なる場だ。法学部の試験でなら、そんな答案は100%落第になろう。
※家内の買い物に付き合わねばならぬゆえ、詳細はのちほど。
どんな研究が三十年後に社会の役に立つかを
政治家と官僚が判断する知能を持っていたら
うまく機能するでしょうね。
同じく政治家が神の知能持ってたら経済うまくいくと考えてたのが共産主義でしたが。
でも政治家や官僚は科学の素人で
人事異動も多く
科学や資本主義経済の発展について
なんの専門性もない人たち
がそれを判断できるのでしょうか。
> こういう研究者にも賛同者や資金提供者が多ければ、
研究に没頭してくれればいいのですが、一部の人が社会活動家になりますからね。そうなるともはや研究者ではないので、国から資金提供する(基金による運用益も含む)ことの理由がつかなくなります。国立大学以外のところでやってもらうしかないですね。
> どんな研究が三十年後に社会の役に立つかを政治家と官僚が判断する知能を持っていたらうまく機能するでしょうね。
政治家や官僚は研究内容の良し悪しなんて判断できないから、形式的には有識者で構成された委員会などがするのでしょうね。お抱えの有識者であったり、忖度もあったりするかもしれませんが。ただし、政治家や官僚はその研究者が政治的にまともなのかそうでないかは見るはずです。
どんな研究が三十年後に社会の役に立つのは誰も確実なことは言えませんが、研究資金は有限ですし、細切れにすれば得られる成果が小さくなるので、何かを残し何かを捨てるしかありません。その選別を大学内でやろうが、日本学術会議がやろうが同じです。必ず政治的な影響を受けます。
東アジアのある国はガリレオ以前の中世時代。
行政は法律に基づかないで権力者側の印象だけで決められる人治主義。
大学教員はどんな活動も行政から恣意的に社会活動に認定されかねないので萎縮し
人目につかない地味な銅鉄研究だけやるのが個人としての最適解。
そんな国が経済成長するわけがない。世界最貧国も近い。まあ若い人は大学か大学院でもっと自由に研究できる海外に出たほうがいいでしょうね。
> 大学教員はどんな活動も行政から恣意的に社会活動に認定されかねないので萎縮し人目につかない地味な銅鉄研究だけやるのが個人としての最適解。
私立大学やその他の私組織、個人でやるなら自由に研究できますよ。私立大学は国立大学よりずっと数が多いので、国立大学でできないことが日本が経済成長できない理由にはならないですよ。




































