在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地元の旧帝大より東京の有名私立大学
早慶、上智、MARCH etc...など東京の有名私大が旧帝や神戸大などの地方難関国立よりあらゆる面で勝っています。
これは残念ですが事実です。
賢い人は地方に都落ちはしませんし、地方の人は東京の私大へ来ます。
その証拠に有名企業就職率、大企業役員、政治家などあらゆる分野で地方旧帝は東京有名私大にノックアウトされています。
賢い人が多いからですね。
我が国の首相も、世界のトヨタの社長も早稲田卒です。
地方旧帝で活躍してる方って思い浮かびません。
地方のナンバーワン進学校である灘や西大和学園も大挙して東大や早慶にやって来ます。
>大学とは最先端の研究を行い、その成果に基づき教育を行う場
それは君の私見に過ぎまい。なぜなら、学校教育法第83条には「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」とあるからだ。日本は議会制民主主義に基づき、法の支配にある国柄。大学制度もこうした法的根拠で設置されている。そうであるなら、まずはこうした実定法を前提にした議論をなすべきであろう。立法論や政策論と混同すべきではあるまい。いたずらに議論を混乱させるだけである。
>学校は企業のように利潤最大化が目的ではないので、単純に比較できません。
仰せの通り。それぞれ目的や理念が本質的に異なるのに、機械的一律に特定の「ものさし」を押し付け比較評価しようとする乱暴さに辟易する。学校教育法や教育基本法といった教育法分野と会社法等商法のそれとの相違がご理解ではないらしい。
もっともそれは、アベ政権以降露骨になった高等教育分野に対する市場原理主義導入の悪しき表れだと言えなくもない。マスコミでも最近、それに苦しむ地方国立大学関係者らの悲鳴を目にするようになった。
> 「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」
各地の国立大学に教養部があった時代に作られた定義だろうけど、これだけ大学が増え細分化されると、もう少し目的を絞ったほうがいいと思うけどね。
ちなみに、教育基本法に
「大学は、学術の中心として高い教養の専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」とあります。
?さんのご指摘の通り、真理の探究と新たな知見の創造、すなわち、社会全体から利用される論文や研究成果による知見の創造あっての大学ですね。
私の恩師の口癖は「最先端の研究を行っていない大学に真の大学教育はできない」でした。
当時は何を言っているか良く分かりませんでしたが、今は全く同意見です。自らの努力で突き詰め究めた人ほど、本質を端的に分かりやすく説明できるということ。学生もそういう人から学びたいと思うはず。例えば、野球でも草野球のコーチより第一線で活躍した経験のある人から学びたいと思うのと同じこと。
その先生は、ノーベル賞の時期になると毎年マスコミの記者が集まりましたが、結局、受賞には至りませんでした。研究にはとても厳しいかったですが、人間的にも尊敬できる方でした。
もちろん、最先端の研究なんかしてなくても、真の大学教育はできるという意見の人もいるかもしれませんね。でも私は今でも研究と教育は大学の両輪で一体不可分だと思っています。




































