在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地元の旧帝大より東京の有名私立大学
早慶、上智、MARCH etc...など東京の有名私大が旧帝や神戸大などの地方難関国立よりあらゆる面で勝っています。
これは残念ですが事実です。
賢い人は地方に都落ちはしませんし、地方の人は東京の私大へ来ます。
その証拠に有名企業就職率、大企業役員、政治家などあらゆる分野で地方旧帝は東京有名私大にノックアウトされています。
賢い人が多いからですね。
我が国の首相も、世界のトヨタの社長も早稲田卒です。
地方旧帝で活躍してる方って思い浮かびません。
地方のナンバーワン進学校である灘や西大和学園も大挙して東大や早慶にやって来ます。
あなたのご意見とかの御仁による「大学とは最先端の研究を行い、その成果に基づき教育を行う場」とは、まったく異なるのではないか。ちなみに、多くの研究者らにとり「最先端」の研究だとの主観的な自惚れてあっても、多くの場合には客観性に乏しいものだと思われる。
>でも私は今でも研究と教育は大学の両輪で一体不可分だと思っています。
それなら同感だ。だが、はたしてその「最先端の研究」ができる人士がこの国にどれだけあろうか。少なくとも文系の場合には、決して多くはあるまい。ただ私の恩師はいった。理系の場合には、やはり研究の「旬※」があるようだ。だが、文系(社会科学)にはそれは少ない、と。何歳から始めても、相応の成果が期待できるとも。それはおそらく、能力は努力次第で変えられるという考え(能力変化観)であったものと思われた。
すなわち、そうした考えの持ち主は、能力は固定的でコントロールできないものだという考え(能力固定観)にくらべ、内発的に動機づけられやすい。それゆえ、他者から思うような評価が得られなくとも、目標達成に対する意欲を喪失することはない。自分の有能さを他者に示すことよりも、自らの能力を高めることに関心を有するからだ。それゆえ他者からの評価や目先の成功・失敗に拘泥することは少ない。僭越ながら、多くの文系研究者はこのタイプだと思われる。
※年齢的な限界
それもまた、一面の評価に過ぎまい。また、仮にそうであるなら、やはり英語圏は優位になろう。他方で、外国語に翻訳されにくい学問や文化は相対的に不利な立場になる。物理や化学などに比べ、日本人作家がノーベル賞を受賞しにくい事情もそこにあるのではあるまいか。
>それゆえ、他者から思うような評価が得られなくとも、目標達成に対する意欲を喪失することはない。自分の有能さを他者に示すことよりも、自らの能力を高めることに関心を有するからだ。
ごめんなさい、何言ってるか全く分かりません。
他者から評価されないけど自らの能力を高める???
これこそ貴方の言う自惚れ???
>一面の評価に過ぎまい。また、仮にそうであるなら、やはり英語圏は優位になろう。
申し訳ないですが、言い訳にしか聞こえないです。英語圏以外の中での評価や比較なら納得できるということですか?
日本のトップ論文数の国際順位が低下していることはどう考えているのでしょうか?アメリカや中国は遠い存在、イギリス、ドイツなどにも抜かれ、、、




































