女子美の中高大連携授業
地元の旧帝大より東京の有名私立大学
早慶、上智、MARCH etc...など東京の有名私大が旧帝や神戸大などの地方難関国立よりあらゆる面で勝っています。
これは残念ですが事実です。
賢い人は地方に都落ちはしませんし、地方の人は東京の私大へ来ます。
その証拠に有名企業就職率、大企業役員、政治家などあらゆる分野で地方旧帝は東京有名私大にノックアウトされています。
賢い人が多いからですね。
我が国の首相も、世界のトヨタの社長も早稲田卒です。
地方旧帝で活躍してる方って思い浮かびません。
地方のナンバーワン進学校である灘や西大和学園も大挙して東大や早慶にやって来ます。
> 他方で、外国語に翻訳されにくい学問や文化は相対的に不利な立場になる。
AIと共存していくにはどのような法規制が必要か、自動運転における法的な責任は誰がどこまでとるか、などは世界各国が議論しているのだから、法律家が英語で論文を書くことに意義があると思うけど。
法律英語の話ではない。そもそも、研究者は外国語の読み書きは比較的得意(語学が苦手だと、博士後期課程の院試に通らない)。この私でさえ、中国語と韓国語は比較的得意(最近は、ドイツ語も)。しかも、社会科学は一般にtechnicaltermが限られており、ほぼ世界共通。構文も比較的簡単だ。他方で、日本の文学作品などはその微妙なニュアンスにつき、正確に外国語化するのは大変ではあるまいか。
>世界の研究者から参照される英語論文を、なぜ文系の研究者は書けないのかを問うている。
三つの理由があります。第一に、著名なジャーナルは海外の大学・研究機関が発行しており、掲載されるためには、その研究コミュニティに認知される必要があります。日本にいては、セミナーひとつとっても、研究者コミュニティとの日常的な関わりが乏しくなります。第二に、日本に対する関心の低下があります。米国の大学の日本研究のポストが減少して、日本研究を志す外国人が枯渇してきました。これは日本の国際関係・外交にも影響する大きな問題でもあります。第三に、日本語でしか書けないこと、日本国内に向けた研究があるということです。海外の有力誌に掲載するためには、外国人の関心を集める(海外の雑誌にウケる)テーマを選ぶ必要がありますが、それが日本国内の社会問題の解決につながるテーマと同じであるとは限りません。政府の白書に引用されている論文が、英文論文ばかりではなく和文論文も多いのはそうした理由によります。これらの三つの課題の克服に向けて、大学人は日々努力しているところです。




































