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よろしくお願いします。
「理系は文系に負け続けてる」なんて話、まるで料理人が農家をバカにしているようなもの。
一流レストランのシェフ(文系)が表舞台に立ち、華やかな演出で客を魅了するかもしれないが、その料理の根幹を支えているのは、間違いなく質の高い食材を育てる農家(理系)だ。農家がいなければ、シェフは何も作れない。
結局のところ、「文系が理系を支配している」というのは、シェフが「俺がいなきゃ農家は何もできない」と勘違いしているようなもの。
本当に価値があるのはどちらか、冷静に考えてみるべきだな。
法律や制度の必要性や意味を理解せずに、世界は大混乱。北斗の拳のヒャッハーの世界になっていたことでしょう。
幸い世界は権利章典、独立宣言、人権宣言、諸国民の富など、法秩序、経済システムという文系的な考え方を中心にできてきたので、現代の理系的な研究もできる場所になりました。
「法律や制度がなければ北斗の拳の世界」という話は、「道路標識があるから車が走れる」と言っているようなものだ。確かに法律や経済システムは社会の安定に貢献しているが、それがなければ発展できなかったわけではない。
実際には、技術(車)がなければ、標識や道路の意味はない。 産業革命もインターネットも、法律や制度が生み出したのではなく、理系の研究と技術革新によって実現されたものだ。
また、歴史を見れば、技術が先に進み、法律が後から整備されることがほとんどだ。車ができた後に交通ルールが作られ、インターネットが普及してから情報保護法が整った。
「法律がなければ無法地帯」かもしれないが、技術がなければ人類はいまだに原始時代。
「ルールのおかげで発展した」のではなく、「発展したからルールが必要になった」のが現実だろう。




































