女子美の中高大連携授業
京都大学はなぜ公立天国になってしまったのか?
もはや京医が理一に抜かれるのも時間の問題になってきました。
近年、「女子枠」という制度が急速に広まっています。
その結果、分数の計算やアルファベットが書けなくても、「女性である」というだけで国立大学に入学できるケースが増加しています。もちろん、入試でも定員割れが頻発。これが現代の「多様性推進」の形なのでしょうか。
一方で、男子の親御さんたちの心情はいかがでしょうか。
必死に勉強しても、性別という見えない壁に阻まれ、合格が遠のく。頑張った分だけ、理不尽さが増していく構図です。
さらに興味深いのは、この「公平」な制度を推進している層が、甘い汁を吸ってきた高齢男性たちだという点です。
若者に負担を押し付け、自分たちは「社会貢献」を気取る。これが本当に平等で公正な社会なのでしょうか?
「女子枠」は本当に許し難い制度です。
まず、大学入学の難易度が性別を理由に差をつけられることは、基本的にあってはなりません。営利を目的に私立大学が導入するならまだしも、国公立大学が平然と男子学生を差別しているのはおかしいでしょう。「これまで男が女を差別してきた代償として受け入れるべき」という意見もありますが、その代償を受けるべきなのは年配の男性であって、若い男子学生にその代償を押し付ける構図になっているのはあまりにも理不尽です。
理系の中でも女子から特に不人気な機電系含む工科系に進学したいと思う土台には、幼少期のうちからロボットやプラレールなど工学への興味につながる遊びに楽しみを見出す経験を積むことが望ましいですが、
その経験を積む女児の母数が少ない以上、工科系を受験する女子が少ないのも当然で、進化心理学の観点でも女児は男児と比べて鉄道やロボット等の「モノ」には関心を向けにくいという性差が指摘されています。
しかも、この性差は男女平等が進んでいるとされる北欧の児童にも同様の傾向が見られるという調査もあることから、恐らく男女の本能に由来するのでしょう。
2015年以後、数学の学力テストの男子の成績が優位になり、統計的に有意になりました。加えて、PISA2012からPISA2022の10年間、数学の成績は世界トップクラスですが、男女ともに算数不安が先進国最悪です。
OECDは、「多くの生徒が学校での成績を心配し、試験を受けるときに不安を感じるが、特に数学について不安を感じる生徒の割合は大きいと報告されている。算数不安症の人は、算数に対して痛みに似た身体的反応を経験することがある。その結果、一般的に数学、数学コース、及び数学スキルの習得を必要とするキャリアパスを避ける傾向がある」と言います。
女子の科学の成績は男子に負けません。読解力は確実に女子が優位です。日本では、なぜか、算数不安が話題にもなりません。女子枠云々の前に偉い方々が考えなければならない問題があるように思います。
欧米では、大学入試で女子だけの特別な枠を作るという方法は、基本的に法律に違反すると見なされているので、認められていません。こういった法律上の問題や、世界各国での動向を考えると、慎重に検討する必要があると思います。




































