女子美の中高大連携授業
母との関係
私の母のことで相談させてください。
60半ばの母は、優しく良い人です。マイ・ペースな父に尽くし、女性としても頑張る人だと思っております。
しかしながら私が子供の頃は「気分屋」のところがある人で、機嫌の悪いときは猛烈に怒る人でした。それもヒステリックに怒鳴り、叩き、今なら近所に通報されそうな「おしおき」をされ、アザも作りました。言葉も信じられないほどきつく、他人より母親に傷付けられることの方が多かったです。怒ったときは私の意見など聞きません。痛烈に批判しますし、ひと言、言おうものなら手が飛んでくるので絶対服従です。
普段は本当に優しい人で、三人の子供に教育をしっかり付けようと仕事をしながら育ててくれました。そのことには感謝し、応えようと努力もしたつもりです。
でも兄妹全員、大人になっての母の印象は「怖くてヒステリックだった」ことのほうが強烈です。
困ったことに、私自身が母親になったことで疑問はさらに増えました。母のヒステリーや体罰は、子育てに全く必要の無いものだと解ってしまったからです。子供って対話で十分なんですよね。どうしてあんなことされた(言われた)んだろう...と暗い気持ちになります。
しかし母は、懸命に子育てした自分に感謝し、「優しいお母さん有難う」という気持ちで接するよう私達兄妹には望むらしく、話の流れで「そういえばお母さん厳しかったよねー」なんて笑い話で済ませられるようなひと言にも顔色が変わり、ひどい子供たちだとヘソを曲げるのです。
私も出来る限りの孝行をしているつもりです。でも、こうしてヘソを曲げられる度に「あんなに傷付けられたのに」と思う気持ちと、「悪いこと言ってしまったんだろうか」と悩む気持ちで落ち込んでしまうのです。
皆さんはお母様との関係は良好ですか。
私の母は18で私を産み、当時板前だった父と小さなぼろアパート(風呂なし)から結婚生活を始めました。私を生んでしばらくは父の実家で同居をしていたようですが、義弟もおり、なにより姑が気の強いほうなので、独立をしたようです。
私が記憶している母の姿はいつもいらいらして私達兄弟をしかっている姿でした。
特に同じ女である娘の私にはとても厳しく、保育園の年中の頃から毎日家でひらがなや漢字の書き取りをさせられていたことを思い出します。その時の気分でうまく書けないとヒステリックに殴ることもありました。
小さい頃の私はいつも母の影におびえていたのです。
成長し、父の店も軌道に乗り始めると今度は全くほうって置かれるようになりました。
朝食を食べたければ、テーブルや母の枕元などから小銭を集め、弟の手を引き、近所のお菓子屋へパンを買いに行きました。当然身の回りも手入れはされず、女の子として恥ずかしい思いもしました。
その頃は別に水商売もしていたそうです。
10歳になった時、春休みに突然母は家出をしました。書置きを残して私達を捨てていってしまったのです。
しばらくして、両親の離婚が成立し、子供をどちらが引き取るかと言うことで意外にも母は私達兄弟を引き取ることを希望したのです。
でも、私は母に言いました。「父のところに残る」と。
これ以上この母の元にいたら自分はだめになるということを10歳で感じたのです。
それ以来母には会っていません。弟は結局母に引き取られました。
今自分が母親になって、当時の母の苛立ちやあせりもなんとなく理解できるようになりました。幸せなことに、母のように経済的に辛いことも、姑問題もあまり感じることのない現在ですが、いまなら母を許せます。
ただ寂しいことは、その母にはもうあえないということだけです。
皆さんも大変な思いをされたのであろうと思います。
でも、「なぜ、あの時こんなにきつい仕打ちをしたのか」と聞ける状況の方がうらやましいです。私も聞いて見たかったなぁ。
想いを、こう思っていた、辛い仕打ちだった、謝ってほしい、と怖がらずに一言告げたことがあります。
若い頃ですが。
返ってきた言葉は、「ごめんね、、こんな風に育てちゃって。」と言う言葉でした。睨みつけられましたよ。
多分、スレ主様のお母様も同じようなかたかもしれませんね。
まず、共通点があると思います。子供よりも自分が可愛い、よく言えば、年を取った今でも母、というよりは女性らしい女性。
これを理解するには、やはり自分の子供に対する思いと、母の私に対する言動がどうも違うようだと気付いてからでした。
でも、一度ぶつかっておくと、そして、またしても傷つけられたとしても、この母という女性と、自分の違い、というものがきちんと認識でき、黒雲がサッと晴れ、すっきりするのです。モヤモヤがなくなります。
自分の思いを面と向かって思い切って伝えてみることは、案外勇気がいったのですが、その後、精神的に自立でたように思います。
癖なのか、母はいまだに辛らつなことを平気で口にすることもありますが、精神的にこちらが一歩引きながら、今のは人としてどうなのかしらね?と注意できるようにもなりましたし、大目に見てあげることもありますよ。
いついつまでも母、ではなく、あくまでも一人の女性、として見る比重が大きくなり、そうなると、あちらも気が引き締まるようですよ。親しき仲にこそ、礼儀が必要だと思います。
子供に虐待や暴言を浴びせて平気な人は、結局甘えているのです。
諭してあげられるようになれるといいですね。。それにはやはり、怯えず、恐れず、自信を持って、いけないことをしてきたことを反省するべき、という姿勢で本音で話し合ってみることが、人生に1回くらい必要ですよ。
それを言われるお母様が、今、お年を召したから可哀相、とは思いません。
悪いことをしてしまったら反省してこその人生、ではないでしょうか。反省も何もなく、人を傷つけてきたことさえ認めないのでは、それこそ先がありませんから。そこから学ぶことがお互いに大きいのだと思っています。そして、精神的に一段階学びを得たほうが、有難いということもあるのではないでしょうか。。
母に何度か自分の気持ちを言いましたよ。
なぜそうだったのか問い、自分の辛さをわかってほしいと。
母は「今更そんなことを言って、どうなるの?」とか「そんなこと私はしていない」とか「被害妄想だ」とか、そんなこんなで徹底的に逃げました。
私、謝ってもらえれば・・・母もいろいろあるのだと思うから・・・まだ違うと思うのです。
でも謝るどころか、叱られるし、言った直後はさけられたりするし。
上の方でいらっしゃいましたけど、子供より自分がかわいいタイプと言うことについては同感です。
母は自分のことしか考えていなかったし、今でもそうです。
暇になると連絡してきます。私は自分からは連絡しないし、車で1時間ほどのところに住んでいますが、年に1、2回しか帰りません。
私だけじゃなく、子供たちにも厳しいので、子供たちもなついてないし。
私の母もそうです。結局は自分が一番なひと。
私に子どもが産まれる時期にちょうどタイミングをあわせ、長期の海外旅行に行ってしまった人。一言、「面倒だから、里帰りなんてしないでね。」
家事が苦手だったんでしょうね。小学校高学年になれば「友達と遊ぶ時間があれば、洗濯物畳んで夕食のおかずを絶対つくっておいて。」
約束を破ったときには、もちろん怒られてしまいます。毎日、毎日。
学生時代のお弁当も私が自分で作るのがあたりまえ。
「作るのがいやならパンにすれば?」と母親。
3人の子どもの母となった今、料理にはこだわります。食育の大切さを思い知ったからです。
だけどどうしても今でも、母のことは理解することができない。
だから考え方が違うって思うようにしてます。
時々、とても育てられ方を疑問に思いながら。
ねずみ さんへ:
> 共働きをしていましたので、祖母に子育てをさせ、年をとってからは老人ホームに入れて。
介護は本当に大変ですよ。老人ホームに入居れたことで、家族にとって
うまくいくこともたくさんあります。「世話をさせられる」とってしまうそんなあなたも
お母様と同じよ。
ねずみさんの子ども時代は介護は家庭で行うもの、
という風潮が今より強かったでしょう。
また、自分の面倒をみてくれた祖母が施設に入居し、
離れて暮らすを残念に思う気持ちが、祖母の面倒をみてくれない
実母への否定的な気持ちにつながっただけで、
介護を施設にお願いすることを否定しているわけでは
ないと私は感じました。
沢山のご意見、お話を有難うございます。
女同士の難しさなのか、親子の問題なのか、相性なのか...長年悩んできましたが、皆さんのご意見それぞれに、こういう考え方もあるのだ、自分だけではないのだと気持ちが少し軽くなったように思います。
色々考えてみて、私は甘えたかったのかもしれないと思いました。そして、ひどい暴言を詫びて欲しいのだとも。
母は自分の理想が高い人です。しかし、実生活は母の理想をすべて埋められるものではありませんでした。三人の子供に高い教育を付けるためには自分が働くしかなく、毎日疲れ、八つ当たりのような時も多々ありました。私は母の留守に家事を引き受け、必死で自分なりに頑張ったつもりです。しかし疲れた母が「これは本当の自分じゃない、こんな生活がしたかったんじゃないと叫びたくなる」と度々言うのは辛かった。子供からすれば、貴女は伴侶を自分で選び、好きで三人の子供を生み、自分の理想の教育、生活のためにしていることなのに...と。そしてとても自分の見られ方を気にする人です。家の中では悪口をさんざんに言っている人達に外で出くわしても、アゼンとするようなお世辞を言って交流していました。
そんな母の性格が私にとっては解らないことだらけだったのです。単純に言って欲しいことでも、母の回りくどさや感情にまかせた暴言は、言っている内容以前に恐怖や「?」が先行しました。しかし、そんな私の反応も余計にいらだったようです。
性格の不一致ということなのかもしれません。
自分が母親になって、子供にぶつような言葉を投げつけたり、感情的に殴ったり怒鳴ったりということだけはすまいと心に誓っています。
でも、自分の理想を叶えるためだけに、私達に教育を与えたわけではない、愛情も無かったわけではないと、私の心も解っているのです。葛藤の最後は、いつもこうして納得させようとしています。
アドバイス頂いた様に、一度本心を話してみたいです。おそらく冷静になど聞いてくれないでしょう。泣いてわめき、責められると思います。考えると心が重くなりますが、自分のためにしてみたいです。
そして何より、自分の主人と子供を精一杯愛していきたいです。




































