女子美の中高大連携授業
母との関係
私の母のことで相談させてください。
60半ばの母は、優しく良い人です。マイ・ペースな父に尽くし、女性としても頑張る人だと思っております。
しかしながら私が子供の頃は「気分屋」のところがある人で、機嫌の悪いときは猛烈に怒る人でした。それもヒステリックに怒鳴り、叩き、今なら近所に通報されそうな「おしおき」をされ、アザも作りました。言葉も信じられないほどきつく、他人より母親に傷付けられることの方が多かったです。怒ったときは私の意見など聞きません。痛烈に批判しますし、ひと言、言おうものなら手が飛んでくるので絶対服従です。
普段は本当に優しい人で、三人の子供に教育をしっかり付けようと仕事をしながら育ててくれました。そのことには感謝し、応えようと努力もしたつもりです。
でも兄妹全員、大人になっての母の印象は「怖くてヒステリックだった」ことのほうが強烈です。
困ったことに、私自身が母親になったことで疑問はさらに増えました。母のヒステリーや体罰は、子育てに全く必要の無いものだと解ってしまったからです。子供って対話で十分なんですよね。どうしてあんなことされた(言われた)んだろう...と暗い気持ちになります。
しかし母は、懸命に子育てした自分に感謝し、「優しいお母さん有難う」という気持ちで接するよう私達兄妹には望むらしく、話の流れで「そういえばお母さん厳しかったよねー」なんて笑い話で済ませられるようなひと言にも顔色が変わり、ひどい子供たちだとヘソを曲げるのです。
私も出来る限りの孝行をしているつもりです。でも、こうしてヘソを曲げられる度に「あんなに傷付けられたのに」と思う気持ちと、「悪いこと言ってしまったんだろうか」と悩む気持ちで落ち込んでしまうのです。
皆さんはお母様との関係は良好ですか。
〆た後にすみません。
私も母に赤ん坊の頃から殴られ、青あざが耐えなかったと父や親戚から聞いています。
抱いてあやしていても、泣き止まないと「キー」っとなって窓から捨てそうになったこともあったそうです。
挙句に3歳の私を捨て、家を出て行ってしまいました。
その後、父が再婚した相手からも死ぬほどの虐待を受け、この歳まで生きているのが不思議なくらいです。 いずれ虐待死するだろうと自分では思っていました。
あまりの虐待に、心配した父が私の実母を探し出し、父に万が一のことがあったら引き取って育ててやって欲しいと、私と実母を引き合わせました。
それ以来、時々会っていますが、以前「何故私を捨てたのか?」と聞いたところ「別に産みたかったわけじゃない。まだやりたいことがあった。無理やり子供を作らされた。」といってました。
ショックでした。
でも、自分が母になって子育ての大変さを知りました。
いつもは優しく接することが出来る我が子に対しても、精神的・肉体的につかれきった時はいつもより厳しくしてしまう自分にも気がついています。
今では「きっとあの時の母は精神的・肉体的に病んでいたのでは。」と思うようになりました。 穏やかな父も当時はかなり厳しい性格の様でしたし。
母の言動を見ると私に暴力を振るったことはすっからかんに忘れているようです。
私もあえて攻めるようなことはしません。 ただ、なぜ母が我が子に暴力を振るわなくてはいけないほど病んでいたのか、親戚などに会うとそれとなく当時のことをリサーチして、分析してみたりします。
母も当時の事はあまり思い出したくないようだし、私も知らん顔をしています。
今は私も人並みの家庭を築いているし、過去を穿り出してお互い嫌な気分になるのも気が滅入るので、出来るだけ前向きにこれからの関係を良くしていけるように勤めたいと思っています。
許すと言うことは、そんなに簡単なことではありませんよね。 小さい時に足を引っ張られ股関節を脱臼したまま大人になったので、私もいまだに歩き方がおかしいですし、心にも体にも残る傷跡は決して消えません。
でも、自分の人生を楽しくするためにも過去には一線を引き、今を楽しく生きて行きたいなあと思っています。 スレ主さんのお母様も本当は叩きたくて叩いていたわけではないのではないですか? 今は後悔するからこそばつが悪くて不機嫌になってしまうのだと思います。
スレ主さんがお子さんに優しく接している姿を見て、意外とお母様も心の中で自分の過去の母親振りを反省しているかもしれません。 いずれ機会があれば「お母さんは優しかったけど、叩かれるのだけは嫌だったなあ」と何気なく言われてみては如何でしょうか?
参考になればと思いまして・・・・
許せれば様
お話して下さり、有難うございます。涙しながら読ませていただきました。
そうですね、私も楽しい未来に向かって歩んで行きたいのです。今の母親の元に生まれたのも、きっと色々な勉強をするために、そしてわが子を大切に育てるためにと為されたことなのかもしれません。
叩かれるって辛いことですね。本や1メートル物差しは、今も時々「怖い物」という感覚を覚えます。一度南部鉄器で殴られたこともあり、なぜか大アザよりも心がキリキリ痛んだことが忘れられません。 何があっても殴ることは肯定出来ない自分がいます。
皆さんが貴重な時間を割いて書き込んで下さったことは、何より慰めになりました。
頑張りますね。
〆られた後にすみません。
私も皆様と同じような状態です。現在、講談社+α文庫の「毒になる親」を読んでいるところです。
母親を理解して自分に言い聞かせる事もこれからの生活を少しでも平穏に過ごすための方法のひとつではあると思うのですが、それは応急処置でしかないというのも感じます。
母親の事は母親の事として、傷ついた子どもの頃の自分を癒す事が大事なようです。それは大変な事でもあるようですが・・・。
良かったら、読んでみてください。
言葉足らずでした。
まだ、介護を全く必要ともしていない元気な祖母を老人ホームに入所させたのです。
自分の事は自分ででき、足は少し弱ってはいたものの、杖をついて歩く事も可能でした。
食事の用意の手伝いなどもしていたのに、途中からは全ての手伝いさえも取り上げてしまいました。
祖母の洗濯物は絶対に洗濯機で洗濯してあげず、祖母はお風呂場で手で洗濯していました。
もちろん冬でも水でです。
母の目を盗んで、私が休みの日は洗濯機で洗濯をしてあげた事も。
食卓のいすも家族分しか購入せず、祖母だけが違ういすでの食事。
とにかく、祖母に辛くあたっている姿の冷たい母でしかありません。
みどりさんと本当によく似た体験をしました。
ただ違うのは、本気で話をしてみようとは思わないところです。
未だに母に気を遣っています。
そしてその母に未だに人格否定されます。
親になった今、幼稚園の子からおじいちゃん、おばあちゃんまで色んな人に
「あなたは優しいね〜」
って言われますが
そんな事ないです。
心の中で母の事恨んでいます。世界でたった1人大嫌いな人です。
> 心の中で母の事恨んでいます。世界でたった1人大嫌いな人です。
凄い暴力はあまりないけれど、言葉の暴力はつい興奮してかけてしまいます。
たまにババアシね等と書かれた紙切れをゴミ箱から見つけます。
〜世界でたった一人の大嫌いな人かぁ〜
そう思われてるのかな?
本人は気付いてないようですが、最近何でも私のせいにする娘・・・。
母親も一人の人間。彼女なりに、人間として、精一杯だったんだと思います。
自分は、あんなひどいことは子供にしない、なんて思っても、
今の我が子にしてみれば、母親から受けた、口には出せない、
ひどいことの被害者意識、を胸に秘め、成長し、親になるのかもしれません。
人も羨むような立派な母親に憧れ、嘆いても、違うものは違うわけです。
恨みつらみで生育暦を呪っても、親を変えるわけにはいかないし、
隣人が暖かい家庭で里帰り出産をしようと、自分に無いものはないのです。
その程度の親だったわけだし、その子供なのです。
そして、誰もが、その子を育てるのも初めて。更年期など自分の老いも初めて。
戸惑いの中、完全な人なんかいません。
それが彼女の、その時代の、その時の、全てだった、というだけなのではないでしょうか?
生育暦を引きずって、親と相性が悪いとか、外傷ストレスの尾を引きずってるとか、
不幸気分に浸るのも、楽しみのひとつかもしれないけれど、もう、大人です。
忘れるとか、記憶をうまく変えるとか、なんでも出来るのです。
出来ないと嘆く気持ちは、とても理解できるけれど、幸せになれません。
自分が幸せにならないことが、親への復讐だという事ならば、仕方ないけれど。
私は他人に預けられたり戻されたりでした。今の自分が、生きる為に何をすべきかが、
子供の頃も、今も大事です。つまらない親なら、理想を重ねる暇があったら、
見切りをつけて、自分が幸せになる道を進むしかないんじゃないですか?
親も含め他人は変えられないけれど、自分は変えられる。でも難しい。親だって同じ。
自分が変わらない限り、他人なんか変わらない。
親を責めるより、まずは、自分の気持ちを変えて、自分の道を進むことだと私は思います。
幸せになりましょうよ。
『It(それ)と呼ばれた子』を読まれたことある方いらしゃいますか?
虐待されて育った男性の話なのですが、胸をつくのはどんなに酷い虐待をうけても著者が常に恨む気持ちを持ちながらも母を許そうとする心を持ち、母がいつか自分に謝ってくれる…そういう期待を持ちながら母はついに謝る事亡くなる…といった実際の話です。
私自身、極々フツーに育ったので理解できないのだ!とお叱りを受けてしまうかもしれませんが、驚きだったのはそこまでされて尚且つ『母を求める』ココロが止まない事でした。
『アンタのなんか大した事ない』と言われてしまいそうですが、小さい頃から母と私は全く違うナ、親子じゃなければ絶対付き合わないタイプの人間だ…と思っていたので醒めた目で見、『他人』としてみていた部分が大きかったので、ある意味そこまで『母』と思う(思いたいと思う)気持ちに衝撃を受けました。
私の場合特段仲が悪いというわけではありませんが、それほど強く思う気持ちが自分にあるという風にも思えません。
だからこそ逆に自分の子供に対してこの先あまり『深く思い入れて』しまってはいけないのかな…と自戒を誓う日々です。




































