在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
懐かしい思い出
昔懐かしい話しです。
母の背中はとっても大きく感じていました。
新聞を読むとき、母は必ず座って畳の上に新聞を置きかがんで
読んでいました。背中を全部天井にむけるので、私は母が新聞を読み出すと
必ず上に乗って遊んでいました。母は一度も怒る事なく私を乗せたまま
一生懸命に読んでいました。
今ではその母の背中も小さくなってしまいました。
私は44歳、母は73歳です。
幼い時の母との何気ない日常生活は一生の宝物となりました。
私の子供も中学生になりましたが、私との些細な日常生活を将来思い出し
懐かしんでくれる日が来るのかなと考えてしまいました。
もしよければ、皆さんもお母さんとの思い出を懐かしんでみてください。
わたしは、母に抱きしめられた思い出も、手を握った思い出もない。
叱られていた記憶ばかり。
そのぶん今、自分の息子二人を、思いっきり抱きしめています。
皆さんの記憶がうらやましいような、物語のような感じがします。
小学生のころ友達がお母さんに叱られたとき、泣きながら
「お母さんごめんなさーい」とお母さんに抱きつくところを見て
信じられず、固まってしまったことを思い出しました。
今日、母と二人で父のお墓に行ってきました。
母は中学しか出ていません。私が小さい頃は和裁の仕事をしていたので、
学校から帰るといつも「おかえり」と待っていてくれました。
事態か変わったのは中学1年の春、父が倒れ働けなくなり入退院を繰り返し
家族の生活費を稼ぐために母が初めて働きに出ることになりました。
学歴もない、引っ込み思案で田舎育ちの母が外に出て働くことは大変なことだったと思うのです。
でも毎日朝から晩まで一生懸命働いて、私立の高い学費を払い無事に卒業させてくれたのです。卒業式の日に母の目は涙でいっぱいだったのを覚えています。
その後少しして父も他界し、72歳の母は一人暮らししています。
体が弱って歩くのもやっとの母ですが、いつまでも長生きして欲しいです。
久しぶりに父の墓参りをした母の背中はとても小さく感じられて、
大切にしなければと思った一日でした。
ご自分自身の母親の思い出が、甘く美しい人も、逆に、切なく悲しい人も、
今ではご自分自身が我が子にとっては誰にも変え難い存在なのですね。
どのような境遇で育ったにせよ、皆様は精一杯母親としての使命を全うされていらっしゃる・・・・・。
何よりも素晴らしい尊敬できる方々が集う尊いスレだと思います。
スレ主さん、皆様、ありがとうございます。頭が下がります。
私自身も、皆様に負けないように、母親道を邁進したいと思います。
「ためいき」さん、私も同じです。
母も抱きしめられた思い出、温かい思い出、一度もありません。
小さい頃から傷つけられるか無視されるかで育ってきました。
家を離れて寮に住むようになった時、他の部屋には実家から果物だの身の回りの物がいっぱいつまった小包が届くのを見て、親子ってこういう世界なの?とショックを受けました。
よその家では、おかあさんってどういう人なんだろうと何度も想像してみましたが、
私にはよくわかりませんでした。
また、自分も母のようになるのかと思うと、自分が子どもを生むのがとても怖かったです。
しかし実際に子どもを持ってみて初めて、親は子どもがこういう風に愛しいものなのだとやっと実感できました。
子どもと添い寝をしていた時、お母さんに抱かれている子どもが急に羨ましくなって、子どもに「おかあさん役して。」とお願いして、自分が子ども役になって背中をトントンしてもらった事があります。
それは本当に甘美というか、たとえお願いしてやってもらったまねっこだったとしても、
本当に包み込まれるような幸せでした。
おかあさんに愛されるというのは、こういう事かと。
もう子どもも大きくなって、あれこれと欠点ばかりに目がいってしまう毎日なんですが、
このスレッドを見てまたその幸せな感覚、思い出します。
この子がいつか子どもを育てる時、おかあさんにこうしてもらったなあと幸せな気持ちで思い返せるようなおかあさんでありたい!
沢山のお母さんのぬくもりをこのスレで感じとりました。
お母さんに優しくされた覚えのない人も自分の子供さんには
愛情をもって接しておられることも感じました。
母親とはどんな時でも自分の子供を信じ、守らなければならないと
教えられました。
その思いは、いつまでも我が子の心に残りそれが安らぎとなって
生きる力となっていくのだとも思いました。
ここからは少し叫ばせて頂きます。
「温かい皆さんの心を有難う。
忘れかけていた包み込まれるような気持ちを思い出させて
くれて有難う。
お母さん、愛情いっぱいに育ててくれて有難う。
我が子よ!毎日たいへんなこともあるけど楽しませてくれて
有難う!!」
何かつらいことがあったらこのスレにいつでも戻ってきて
母の背中を思い出してくださいね。
また何かありましたら、レスしてください。お待ちしております。
皆さんの文章を読み、涙が出ていました。
私一人娘38歳・母62?63?(昭和20年生まれです)
母の年齢もうろ覚えです(反省)
早くに離婚し、会社勤めと病院関係のアルバイト、仕事を二つ掛け持ちしながら一人娘の私を育てました。
全てにおいて非常に厳しく、怖くて反抗すら出来ずに大人になりました。
母に甘えた記憶など無く、いつも怖い存在でした。
一人前に私を育てる事と、親子二人お金に困らないよう食べていくのが精一杯だったのでしょうね。
結婚し、唯一の孫である私の子供達には甘いですが、やはり何かと注意されています。
子供の頃私に言っていたのと同じ様なこと。
食事の仕方やテレビを近くで見ると目が悪くなる、しないといけない事はさっさとしなさいなどなど・・。
だらだらするのが嫌な性分なんでしょう。
今、こうやって義父母と上手くやりながら、そこそこ暮らせているのも母のお陰と思っています。
今頃の季節になると、私たち家族が一年間食べる新米を持って来てくれ、食用油や洗濯洗剤、ゼリーや子供達のおやつ、何かと有難いです。
母あってこそですね・・
みなさん ありがとう。




































