女子美の中高大連携授業
妹からのお年玉要求
妹には3人子ども(小中高)、我が家は一人っ子(高校生)です。
お年玉の額に不公平感をもってからやり取りするのがとても嫌でたまりません。
妹家族は実家近くのマンション住まいなので、帰省するとスル―できません。
しかも近年妹は祖父母にお年玉を預けて旅行にいくので、お正月に顔を合わせません。
「ただのお金の移動だしもうやり取りはうちはいいわ」とか「進学もあるし節約したいのよ」と苦し紛れのいいわけをして今年はやり取りしませんでした。(祖父母に預けていたのは「妹家族の役に立てて~」とこれも苦し紛れ)
正直なところ、妹一家とは普段から何の交流もなく、子どもたちも遊びにおいでと言っても来ないし可愛いと思えません。
たまに妹と電話で話すと「だからさ、姉ちゃんも今度はお年玉頼むよ!子どもたちも楽しみにしてるんだからさ」という閉めの言葉。「もうそういうの面倒でねぇ~」と言葉を濁しますが。
GWや夏休みに帰省し祖父母と外食に行く時には声をかけ、妹と子ども1~2人を連れて来る時は我が家で費用は捻出します。妹は財布すら出しませんがそれは気にしないようにしています。
私の考え方は世間的にみておかしいのでしょうか?皆様のご意見をお聞きしたいです。よろしくお願い致します。
すごい家風ですね様
不公平さに目をつぶれないんです。少しでも多くふんだくろうとしている感じで。
姉妹で年収の話はしませんがやはりうちの方が経済的に余裕はあると思います。
私がこどもっぽいのかなと思います。
妹が老後の両親をみるのは当然な感じになってます。
母と会うたびに「小学生の時、私2着しか洋服もってなかったよね?」とか「叔父さんに胸触られそうだった時『ふざけただけよ』ってとり合ってくれなかったよね?」とか思い出して話すと「年寄りをいじめにきたのか!あんたといると早くボケそうだわ」と言われますから。
妹は妹でランドセルが私のお古だったり高校は交通費のかからない近いところを選べとか図工の彫刻刀は高いし使うことないからと買ってもらえなかったことをグチグチ言ってるようですが、私よりは母と気が合っているようです。
まあ様
物を大切にする、捨てられないというより本当にケチでした。
ホント様
「毎日洗濯しなくていい」とのことで数日置いたパンツの汚れは落ちませんでした。しかも洗剤の量もケチってました。しかも・・・・母が歯磨きして口をすすぎ、洗濯機の中に吐き出してるところを見ました。私が驚いて「何してるの?」と言うと「同じせっけんだから」と。そうかーと小学生の私は納得していました。実話です。
ペーパーで拭くのが普通だと知ったのは小6の時でした。
休み時間に友達とトイレにいって「そこ、紙なかったでしょ?」と言われ「うん、でもおしっこだから大丈夫」と答えた時に自分が変だったことを知りました。
習い事もさせてもらえず本当に貧しい[削除しました]育ちです。
きっといまだに気づかずおかしなことをしているかもしれません。
ポッチャン様
お年玉を落としてしまったとは災難でしたね。(すみません、想像して笑ってしまいました)
そんな状況でしたら私は今でも全力で取り返します!
臭っていたはずです。家では気づきませんでしたが学校の友達に言われました。
「こっち来ないで。臭いのがうつる!」って。
中3まで言われました。黒歴史というやつです。大学生になりアルバイトを始めてからやっと一人の人間になった感じです。
あぁ、お年玉からこんな話になってしまいました。
どうしたらいいのでしょう・・・
ここまで催促されると、普通あげたくなくなりませんか?
子供たちにって思う気持ちが消えるほど、催促がすぎます。
私もあげたくなるなぁ~。手土産もあげたくなくなる。
妹さんもやり方が下手ですよね。
「お姉ちゃん、うちは3人で申し訳ないから少な目でいいから3つ包んで欲しいの。子供たちが楽しみにしてるし。だからケーキとかはいらないからね。」って言えば良いのに。図々しすぎて損してます。
私自身は3人兄弟でしたが、親戚は皆2人。
母はすごく気を遣って、それぞれのお宅にお土産を別途渡していました。
やっぱり毎年のことですし、気持ちがないと。
「ウチは3人分も頂いて~」って毎年言ってました。
現在、私の兄弟は子供がいません。
兄弟たちは私の子供たちにお年玉くれます。
貰ってばかりで申し訳ないので、お年賀+プレゼントを渡しています。
あ、様
学費は親が出しました。「先生」と言われるものになって欲しかったそうで、私も英語の教師を目指していました。
ただ、塾講師をして反抗的な生徒や私の似顔絵をかいて笑っている生徒を前にして自分は教師に向いていないと思い、路線変更して平凡なOLになりました。
一人暮らしを始めるまでは「英文科なのに英語話せないの~?」とか、ど忘れして漢字を尋ねると「なにぃ~?大学出ててこんなのも書けないの?」と事あるごとになじられました。




































