女子美の中高大連携授業
野心の残り火なの?
振り返れば、頑張ってきたなーと。
1人で上京して勉強して仕事して。
結婚もして子供達にも恵まれて、必死に子育てして。
子供達の中学受験が終わると働きにも出かけて、趣味もやって、相変わらず家庭も回して。
一つ一つ、手に入れてきたものです。
家庭も仕事も趣味も、どれも愛おしい。
ですが、たまに、何も上手くいかなかった人生だと悲観してしまうことがあります。
「私は何も手に入れなれなかった」と。
女ではありますが青雲の志を持って上京したにも関わらず、あの頃イメージした通りに世間に名前を広めることもなく(若者特有の気質でお恥ずかしいですが、それなりの人物になれる気がしていました。)、半分専業主婦。
仕事は能力を評価されたもので給与共に恵まれてはいますが、「夢中」にはなれない。
趣味は良い仲間に恵まれたけど、無償で引き受けている役割も多く苦労もあるので、時々「何のためにこんな事を続けてるんだろ。」と思う。
他の人は、もっとノホホンと生きていて気楽そうに見える。
楽して生きれる人生が良かった…と、他人が羨ましく見える。(他人様の本当のことは分からないにもかかわらず)
ですが、そこら辺の人と人生を取り替えたいとは思わないほどは、自分のことは気に入っている。
自己肯定感があるんだか、ないんだか。
地方出身者なので、向上心を持って真面目な方だとは思いますが、その割には損をしている気分が否めません。
人生に完璧なものも、人によっては手に入らないものもあると重々承知の上ですが、足るを知る心境になれません。
皆さま、こんなものでしょうか?
私はもうすぐ50歳になります。
子供達の受験もあと2年ほどで終わりそうです。
人生のグラフはこれからどうなるのでしょうか。
早速のお返事ありがとうございます。
>気休めになれば様
単純な更年期作用とはまた違うかも知れません。
より、哲学的な救いの方面な気もいたしますし。
主治医の先生のお言葉、よろしければ聞きたいです。
>匿名様
頑丈ではありません。
2人目の子供ができてから、どうしてもそれまでやっていた仕事と家庭との両立が出来ませんでした。
ワーママで自分を失わない人もいるのに、私には無理でした。
大きな挫折でしたが、選択したのは自分です。
>能力様
自分の能力以上のものを心に描くのが「夢を持つ」と言う事ではないでしょうか。
私は夢をまだ追っているのでしょうか。
引き続きお返事ありがとうございます。
>理解不能様
人のせいにするつもりは、一切ありません。
簡単な人生というわけではなかった、その時その時に苦労しつつも自分なりに精一杯の選択をして現在に至るはずなのに、何故満足しないのかを知りたいのです。
>自分に優しく
HNのお言葉がポイントなのかも知れないです。
これから自分が衰えてどんどん無力になっていく時に、私は他人にも自分にも優しくなれるのか。今はその淵にいる気がします。
私自身は40代半ばですが、まわりで「我が人生に悔い無し」と言う人は、全員自己中心的な人です。
他人の犠牲の上に自分の成功がある人は、心残りは無いのでしょう。
子どもすら犠牲に出来るくらいでないと、スレ主様のモヤモヤは晴れないのでは?
古くは岡本太郎の母、最近は瀬戸内寂聴、わが子より自分の幸せ最優先。私の実母もそうでした。
私は母と同じく自己愛が強い人間なので、仕事は手放しませんでしたが、反面教師で家族が犠牲にならないように、自分も諦める部分は諦めました。
50代以降、どんな人生かはわかりませんが、このまま仕事を続けながら老いて旅だっていくのだろうなと思っています。それも悪くないかなとも。
共感できることが多いです。
若いころに思い描いていたであろう自分の人生は、かなり軌道修正されて、青写真のようにはにはいっていません。
当時必死で勉強して、最年少で難関国家資格を取り、将来の自分に夢を描いていましたが、結婚出産などの節目節目の自分の選択で欲張りすぎたのかもしれません。
皆が持っているものは確実に欲しくて、それ以外に自分特有のものを満足させるには、今思えば自分のキャパが足りなかったのだろうと思ってます。
子供がいて、佳き夫に恵まれて、経済的な苦労もなく幸せと思わなきゃダメよと言い切る人に、何故生活の満足だけが幸せ?思い、自分の考えとの違いにジレンマを感じたこともありました。
考えると鬱になりそうな時期もありましたが、今になってみると、その時々の確実な積み重ねと、自分にできる範囲内の継続でよかったのかなと、自己満足、というより自己認定するようにしています。
スレ主様のような人が楽して生きれる人生を選んでいたら、生活の満足では飽き足らず、後悔のネガティブな感情に支配されていたと思います。
ですので、完璧を目指すのは無理と心得ないと、あまりストイックになると息苦しくなってしまいます。
私は、もう少し自分に甘くなることにしました。
子供を育てたことだけでも平均と思えば、気楽になれます。
そして今となってみれば、いつのまにか、子供が自分にとって一番の癒しになっていることも不思議です。
皆様、返信ありがとうございます。
どのご意見も尊いです。
>わかる気がする様
私も心配性です。困った性癖ですよねこれがなければ、もう少し良い意味でのノホホンができたかもしれません。
ただ、出来はどうであれ子供達を持てたことは今までの私の人生で一番貴重な事でありました。
若い頃はもっとキラキラした何かを追いかけていましたが、結局、見つけられていません。
>田舎者様
何度も返信ありがとうございます。
そうなんです!
苦労を積み重ねて努力で一歩一歩克服してきて得た「人生の安定」は、実は「社会の枠に納まった平凡」でありました。
それを知り、若い頃の野心家で尖っていた自分が顔を出し、これで良いのかと私に問うている気がしています。
皆様、返信感謝いたします。
>ラオウ様
HNと内容にニヤリとさせていただきました。
私もああやって終わりたいのかも知れません。
「明日のジョー」にも憧れますが、彼も魅力と引き換えにした多大なる身勝手な人物でしたね。
仰る通り私は子供を犠牲には出来ません。
母親からは降りられないことは、人生の謳歌と言う点においては大きな枷ですね。
でもきっと、家族という平和な小世界は、私には辻褄の合った結果なのでしょう。
>共感様
私も共感様に共感いたします。(駄ジャレではなく)
言いたいことは沢山あるはずなのですが、共感し合えたという事実そのものが私には奇跡みたいなことなので、今はいっぱいいっぱいです。
思わず涙が出てしまいました。
そうだ、私はこういうことを今まで誰にも言えなかったんだ。。。
こちらに書き込んで良かった。
私もわかる気がします。
みなさんよりちょっと上の55歳。
学生時代の友達や会社同期の中には
裁判官や大学教授、医師、上場企業役員夫人など
傍から見たら成功している人がたくさんいます。
それに対して、
小さなベンチャーのサラリーマンと結婚して東京を離れ、
私が手にしたのはまさに「社会の枠に納まった平凡」。
私は社会的成功を収めている同級生たちを羨ましいとも思いますが
その彼らも私の平凡な幸せを羨ましく思っているだろう、と
思うこともできます。
子どもたちは成人し家を離れ、夫も平凡に定年退職しました。
もう、サラリーマンや受験生のサポートは無くなりました。
介護も目途がついてきました。
このまま、平凡に安定に老いて逝く事もできるし
一歩踏み出して、これまで培ってきた平凡な自分を試す事もできます。
私は私の貯蓄を元手に一歩踏み出すことに決めました。
老後資金に手を付けないので、小さな一歩しか踏み出せませんが。
同級生のような華やかな成功はないかもしれないけど、
悔いなく人生を楽しもうと思います。




































