在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
本当の中川昭一
酩酊会見と揶揄されたG7での記者会見。
あのとき お付の官僚 「玉木林太郎」は、あの後、財務省国際局長から
財務省財務官になりました。
中川さんを 貶めたご褒美でしょうか。
これだけでも、中川さんが はめられたことは明らかです。
また、二カ国間融資を断り、IMFへ1000億ドルを拠出する取り決めをしたことで
専務理事のストロスカーン氏に 「人類の歴史上、最大の貢献だ」 と謝意を表明されたこと、
バイアメリカン条項に けん制し、保護主義排除決定の主導役を務めたこと、
韓国による 約2兆8千億円もの借金踏み倒し計画を阻止したことなど、
一切 報道されませんでしたが、世界経済と日本の国益に偉大な功績を残したことを
私達は知らなければなりません。
心よりご冥福をお祈りいたします。
>私も中川家が恐いので、これ以上は書かないつもり。
口からでまかせ吐いておいて、矛盾を突かれたらこの逃げ口上ですか(笑)
当然ご自分の発言には責任を持って
中川夫人への冒涜をしたのでしょうから、
下手な逃げ方はせずきちんと説明してくださいね。
ID:5EFew911MRUさんが嘘・でまかせを平気で吐くのは今に始まったことではないですが、
さすがにこのスレでの暴言の数々はひどいと思いますよ。
まずは、2006年5月の民主党参議院議員山本たかしさんの国会演説をご覧になって下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=skLUObSLNHA
次に、自民党参議院議員尾辻秀久元厚生労働大臣の追悼の名演説をご覧になって下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=SCbhuhos0xA
http://www.youtube.com/watch?v=Xg3dANg_RfM&feature=related
民主党の衆議院代表の方で日本をこよなく愛する議員さんがおられれば、是非とも
議場に請うて追悼の意を表す特別演説されることを望みます。
民主党の先生方から「国を愛する」のことばがどうしても聞きたいです。
中川さんの訃報から一週間。
ほんとにあっという間でした。
心から中川昭一さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
そして、この国日本は日本国民のために存続するものだということを子孫に伝えていきたいと思います。
呆れたさん
だって恐いのよ、あの人。
威圧感ブリブリですもん。
あの「ニッポンイチ!がんばれー!」の時の
中川さんの凍りついたような顔。
覚えてますか?
中川さんはああいうことをされて、ガッツポーズできるような人じゃない。
逃げるように隠れたでしょう。
でもああいうことが普通の人なのよ。
ご主人の頭から水をかけたとか一般にも知られているでしょう。
しかし体調が悪かったと言っていながら
24時間以上放置、その間、ご主人が起きたら
誰がお食事の準備をされるはずだったのかしら?
まさか、またコンビニ?
だからお酒を買っちゃうんでしょ・・。
確かに、あの日本一は「言い慣れている」とか「口癖」とか
「夫を励ますため」とかいろんな説を鑑みても、
不自然というか、あの状況であのセリフは「普通の人」は
言えないなあーとおもいますね。
たとえマスコミがいなくても、不自然な表現に思います。
ですから「日頃の感覚」も少し世間の方々と「ずれている」ことは
想像はできますが、しかし・・・
夫への愛情が「ゼロ」ではないことはここかしこでうかがわれますね。
代わりに北海道へ足を運んだことも、
つかれているんだろうと寝かせてあげていたことも、
お酒を全面的にとりあげなかったところも、
日本一の掛け声も、
ちょっとずれているけれど、「夫への愛情」だとおもえました。
政治家の妻って大変ですね。きちんとやってきちんと頭をさげて当たり前、みたいに
観られるのですもの。かとうかずこさんが政治家の妻にならなかったのは
正解だなーとおもいました。
ID:5EFew911MRU さん
あなたの書き込みは このスレの主旨にまったく副いませんので、今後の書き込みは
一切ご遠慮ください。
このスレは政治家としての中川昭一先生を 語るスレにしたいと思っております。
数年前まで スーパーに大量にあった 中国産の激安ネギや激安しいたけ。
当時は国産の高品質な野菜よりも、安かろう悪かろうを選んでしまう消費者も多かった。
国内の農家にとって良いことではありませんでした。
一度許した輸入をストップさせるのは 簡単なことではありません。
しかし、現在は見かけなくなりました。
農水大臣だった頃の中川先生は 輸入食品の安全性の調査を指示していらっしゃいました。
その後、中川先生が政調会長の時に 起こったのが毒餃子事件です。
中国との間に波風をたてたくない福田総理に対して、
「中国食品の輸入を ストップさせろ」と強くせまったのが 中川先生でした。
日本の消費者と生産者を守ったのです。




































