女子美の中高大連携授業
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
ぽよ〜ん。再掲。みんなみてね。♡
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荒らしはオマエである。これを見ろ。オマエが書き込んでから誰からもレスがなく、退屈したオマエはひまわりを無視して10時間余りの時を経てまた荒らし始めた。荒らす時は必ず「二俣川〜」である。笑
投稿者: 自由(ID:FjVtQEOy0/o)
投稿日時: 16年 03月 17日 18:44
(再掲)
>泊まったのが、シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートの高層階だったのだが、
このホテルはとてもよいホテルで、
海から近いにも拘らず、意外にも、
松泉宮という温泉施設があって、
中浴場 新月
大浴場 月読
海水混じりだが素晴らしい露天風呂。
プレミアムな新月を利用したので、
気がつかなかったのだが、
月読・・
宮崎には日向神話があちこちに広がっている。
投稿者: 自由(ID:YRnhZ72jhL.)
投稿日時: 16年 03月 18日 04:55
二俣川
>冷笑しつつ、眺めている。
はいはい、
じゃあ、そのまま出てくるな。
みなさんの迷惑。
お前は、単なる荒らし。
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よくみると昨日の時点ではひまわりの抑制がよく効いていた。
が、笑
一晩寝ると痴呆が進んだのであろうか?いつもの荒らし屋になって登場している。笑笑
w
もこもこ様
>いいですよね。故郷の桜。
もうすぐあちこちで咲くんですね。^^
日本人は桜の季節がくるとそわそわしますよね?(私はそう思います)
これから夏にかけて、日本は様々な木の花にかこまれる、包まれる。
椿に梅や桃から始まって、山吹、ツツジ、沈丁花、初夏に咲く愛媛や広島のお蜜柑の白い花も美しい。
でも日本中にあちこちにある桜の木だけはなにか特別なものを感じます。
木花咲耶姫の名前の由来は木の花のように美しい姫といわれています。
その木の花は梅か桜か?
この年になると実家の雑事に追われることが多くて。
時間があれば京都から投稿しますね。
ご聖断については、もう少し考えさせてください。
日本人は桜の季節がくるとそわそわしますよね?(私はそう思います)
ひまわりさん
これから夏にかけて、日本は様々な木の花にかこまれる、包まれる。
椿に梅や桃から始まって、山吹、ツツジ、沈丁花、初夏に咲く愛媛や広島のお蜜柑の白い花も美しい。
でも日本中にあちこちにある桜の木だけはなにか特別なものを感じます。
木花咲耶姫の名前の由来は木の花のように美しい姫といわれています。
その木の花は梅か桜か?
ダークホースの桃の可能性もありますね。
桃は不老長寿の象徴であり、桃源郷もこれに由来。
長崎の縄文遺跡からは日本最古6000年前の桃の種も出土してます。
邪馬台国の卑弥呼も祭事には桃を使ったと思われる。
日本初の中央集権体制、纒向遺跡からは籠に入ったままの2000個の桃の種が果肉付きで出土してます。
古来は桃、平安時代からは桜じゃないかな、万葉集、古今和歌集に桜を詠んだ歌がたくさんあります。秀吉の醍醐の花見が桜の散りゆく儚さを自身の人生に重なり合わせ、日本=桜を決定ずけたと思います。
ラグビー日本代表の桜のジャージにも引き継がれている。
私は千鳥ヶ淵の桜が一番好きですね。
横すれでした。
『アベ政権の邪なたくらみ』
富裕層の利益代弁者たるアベ政権は、その本音を隠そうとはしない。
たとえば、今回の「三世代同居」可能なだけの不動産有する富裕層らに対し、
さらに公金「助成」をたくらんでいるとのいう事実だ。しかも、住民票での同居事実の確認すら行わないという。富裕層の「プライバシーの保護」だそうだ 呆
歴史的に見て、封建性による身分社会を粉砕した契機はフランス革命であった。
そこで誕生した市民法は資本制社会による商品交換関係を法的に基礎づけた。商品所有者が市場において自由に等価交換を行うためには、商品所有者に身分制など封建的要素があってはならない。
この市民法は、商品所有者たる個人を法的主体=権利主体と位置付け、自由・平等で独立の法的人格者とする。同時に、権利面からも個々の権利主体に財産権の保障、所有の自由(使用・収益・処分)、自由な意思の合致を建前とした。自由な商品取引を法的確保するためである。
しかしながら、我われは上述に市民法の虚偽性を喝破する。
すなわち、市民法は人間はすべて等質の個人と措定する(抽象的・形式的)。
富裕な資本家も貧しい労働者も、男も女も、である。
そこには、実在する人間の具体的な属性や生活状態はまったく考慮されてはいない。
まさに、「弱肉強食」「ジャングルの自由」である。
しかも、市民法における「自由」とは、労働関係において労働者唯一の商品である労働力の交換過程(流通過程)にのみ着眼し、その裏に存在する労働力の行使を通じてもたらされる剰余価値を生み出す生産過程は隠蔽する。その結果、資本家による剰余価値の横取り=労働力の搾取は黙認される。もって、自由・平等・独立との建前が、逆に労働者を不自由で不平等、さらに資本家に対する従属との関係性を強制するのである。
すなわち、市民法とは商品交換のための法ではなく、支配階級たる資本家の利益を擁護する資本制生産関係を保全するための法だと言わざるを得ない。
だからこそ、アベ政権は共働きをせざるを得ない労働者らのための保育所設置にすら冷淡なのである。カネ持ちは、アベ政権がでっち上げる富裕層優遇政策により、ますます「合法的」に豊かになっていく。
一方で、逆進性高い消費税再増税により労働者からの収奪はより強化される。
「こども6人に1人が貧困層にある」とのわが国の惨状は、よりひどくなるばかりである。
(転載)




































